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都会 City Life

作者: tetsuzo
掲載日:2007/04/10

「おとう。泥鰌や鮒、糸ミミズの沢山いる昔の田圃にしてえ」

「農薬つかわねえとカメムシが繁殖しちまう」

「でえじょうぶダス。蛙が食べてくれます。雑草はミミズが食べるので生えません」

「そうか。おらの子供ン時は何処の田圃もクスリなどなんも使わなかったケン、田圃の中にゃ、それこそごちゃごちゃと色んな生き物がおった。それを摂っておかずにしたもんだ」

「そうでがしょ。泥鰌や小魚が一杯棲んでると、それを啄ばみにコウノトリもやってきます。したら、江釣子もコウノトリの里として有名になる。別に有名にならんでもええが、全ての生物に優しい米が出来ます。したらおっとう、世界文化遺産に登録されるのも夢で無くなるンでがす」

「そんだな。世界中の人々が憧れる美しい村里か・・一弥。ムラの皆と力合わせて遣り抜こう」

今年はじめの父との会話だ。農薬は一切辞めにして、自然農法に切り替えると、様々な生物が用水路から流入して繁殖、田圃は生き物で溢れるようになった。

「我が家の田圃に住んでいた小鮒の甘露煮、泥鰌の柳川、田螺の味噌汁です。たんと召し上がりなさい」

「母上。柳川鍋はどのようにして作るのですか?」

「簡単ですよ。泥鰌を開いて頭、中骨、尾を落とし沸騰した湯を潜らせ冷水で締めます。そこで皮をこそぎとり、鰭を落とします。鰹と昆布から取った出し汁に笹掻きした牛蒡の上に泥鰌を乗せ、味醂、濃い口醤油、砂糖で味を整えます。火が通りましたら、軽く溶いた玉子を掛け、三つ葉を散らし、火を止め蓋をして出来上がり。食べる時粉山椒を振りかけても良いでしょう。田螺の味噌汁や小鮒の甘露煮は、食通で知られた池波正太郎先生の著作にも出てきます。昔からの庶民の愛した食べ物ですよ」

「うめえダス。これ以上の食べ物無かんべ。でも一番美味ェのはこの丹精込めた米でがんす。寄り抜いた完全無欠の籾米ヲバ無農薬の自然農法に徹底的に拘り、作付けも稲の間隔を大きくし、毎日毎晩我が子の如く慈しんで、大事に大事に育てました。名付けてカズヒカリ。いい名でござんしょ」

「ウム。未だかってない出来です。こんな美味ェ米、他人に食わせたぐねえ」

「そうでありますか。我が家や近所に分けても余ります。それをキロ百万円で鐡蔵先生にだけ売ろうと思います」

「良いとも、良いとも。全てお前一人で作り上げた米。しかし見事ですねえ。この銀灰色の輝き。つやつやと光っており、他のものとはまるで違います。良くやりました。一弥さん。流石我が息子。母はこんな立派な息子を持って幸せです。あら、いやだ、泣いてしまいました」

「母上。鮒も泥鰌も田螺も皆田圃に張った水の中で生まれ育ちました。彼らが食する糸蚯蚓やミジンコは米を養分とし育っております。つまり植物連鎖でございます。茶碗一杯の飯粒は約二千。一粒たりとも疎かに出来ないのでございます」

「飯は炊き方によっても味が異なる。我が家の如く薪を竈にくべ、刃釜で炊いたものは飯粒が立って、艶やかに光り、軟らかくも腰のある、もちもちした食感で最高だ。このような美味を毎日食している我らは幸せといわずして何と言ったら良いか、私は知らぬ」

「左様でございます。ただ・・」

「ただ?何だ?」

「いえ、そ、その、か、彼女が出来ぬことでございます。ご承知のように一心不乱で米作りに励んでおりますと、女性と出会う機会に巡り合いませぬ。田圃作業の終わる夜も、懸命によりよき米の作り方を研究しております」

「そうか。それは気の毒にのお。どうだ、今度気晴らしに東京へでも出てみい。費用は出してやる。とびっきりのモデル系美女やセクシーガールを捕まえて来い」


1.江釣子6:37→北上6:45、2.北上6:50→一ノ関7:31、3.一ノ関8:00→仙台8:48、4.仙台8:58→白石9:38、5.白石10:51→福島11:25、6.福島11:32→郡山11:48、7.郡山12:05→黒磯13:10、8.黒磯13:15→宇都宮13:20、9.宇都宮13:23→上野15:06、10.上野15:15→原宿15:44。

延々九時間余。北上線、東北本線、山手線を乗り継ぎやっとのことで原宿駅に辿り付いた一弥は疲労困憊していた。途中母上が作ってくれたおむすびを食したものの、空腹で倒れそうだ。ボワっとする熱気。なんという蒸暑さ。それにこの人ごみは何だ。平日の昼間なのに駅からはじき出される膨大な人の列。もみくちゃになり、押されるようにして駅前に出た一弥を迎えたのは、耳をつんざかんばかりの強烈な音響だ。巨大スピーカーを3台も積み、派手に飾ったトラックの上には、得体の知れぬ異国風の装いの男女が、大音響で歌っている。トラック背後には百人ほどの集団が、異様な出で立ちで踊り狂っている。あまりの騒音に耳を覆った。

「こ、ここは日本なのか?」

通りには押し合い圧し合いの大群衆が立ち並んで、珍妙な踊りに見入っていた。胸や脚をこれ見よがしに曝け出し、狸も負けるド派手な化粧の少女達。纏わりつく男か女か不明な若者。巨大なブランドショップが立ち並んでいる。煌びやかに飾り付けられたショーウィンドウ。小さな文字で書かれた値段を見て又仰天した。激しい雑踏と喧騒。一弥は吐きそうになった。聞こえる音と言えば遠くの木立で鳴く蝉の声。眼に沁みる青い稲と穏やかで優しい山並み。清らかなせせらぎ。故郷を思ってその落差の大きさを知る。こんな状態で果たして彼女など見つけられる筈が無い。悄然として歩道の低い柵に腰掛け、溜息を幾度もついた。

俯いて唇を噛み締める。ひどい空腹だ。道には何軒もの食べ物屋も並んでいる。男女がいちゃつきながら、異国風の食べ物を口にしているのを見ると、とても店に入る勇気は湧いてこない。仕方なく駅に戻ってキオスクでパンと牛乳を買い、先ほどの柵に座って黙って食べる。空しい。空しすぎる。母上が貧しい家計を算段し、無理を重ねて用立ててくれた汽車賃。嗚呼。このままで江釣子には戻れぬ。食べながら一弥は泣いていた。いつか夕暮れとなり小雨が降ってきた。風体を無遠慮に見て、クスクス笑いながら通り過ぎる女子高校生。一体この俺が何をしたと言うんだ。


その時である。

「か、カズさん?そうよね?どううしてこんなところにいるの?」

涙に霞んだ目を上げると、細身のジーンズ、薄青の短い薄物のタンクトップの素晴らしいプロポーションの女性が、目の前に立っている。なんと言う美しさ、可愛さなんだろう。一弥は呆然とし、その女性を見た。眼と眼があった!な、な、なんと絵里!!忽ち喉が渇き声が出ない。ワナワナと震える脚。棍棒で強かに殴りつけられたような衝撃!掠れ声で漸く声が出た。

「え、え、絵里・・さん・・」

「そうよ。見違えた?もう二年だもんね。私すっかり都会に馴染んだの。どっかでお茶飲もうよ」

「う、う、うん・・」

絵里に連れられて洒落たオープンテラスのカフェに入った。

「いつこちらに出てきたの?」

「東北線の鈍行を乗り継いで、今朝の6時に家をでてここへ着いたのは夕方の4時前です」

「大変だったのネ。こちらへは何かご用事?」

とても女探しとは言えない。咄嗟に嘘をついた。

「イヤ、何。大したことは無い。以前東京で働いていた時、お世話になったA山氏に挨拶に来た。それにしても絵里ちゃん。前から綺麗だったが、見違えるように素敵になったね。都会の水が合っていたのかな?キミこそどうしてここに?」

「あら、お買い物なの。今日はある人からキャミソール買ってもらうのよ。このテラスで待ち合わせなの」

「そうか・・その人が絵里の恋人なんだね?」

「ううん。そうだったらいいけど。違うの。私一人で東京へ出てきたでしょう。その時今の一弥さんみたいに途方に呉れていたわ。しょんぼりしていた私に親切に声を掛け、美味しいご飯をご馳走してくれたご老人がいたの」

「まるでメルヘンだ」

「そう、その通りよ。その人は凄く優しくてお金持ち。何度もお目にかかるうちに、服やアクセを買ってもらったり、都会の風儀のアレコレを優しく教えて下さったのよ」

「こんな事言う資格は無いけど、恋人いるの?」

「いないよ。私、今でも一弥さんのこと忘れられない」その時背後から痩せた背の高い老紳士が近づいて、絵里さんに会釈した。この男が親切な老人なのか?

「お待たせしました。あッ、お連れ様ですか?」

「いえ。そこで昔馴染みの方に偶然出くわしたのです。一弥さん、ごめんね。今言ったように今日は約束があります。今度又ネ」

「か、一弥さんと聞こえました。お顔、拝見して宜しいですか?な、な、なんと伊藤君ではないか!」

「そ、そ、そういう貴方は、え、え、A山先生!ビックリした!ど、ど、どうしてここに?」

「絵里ちゃんは私の友人です。今日、彼女と一緒に買い物を楽しもうと思っていました」

「するとこのB山先生が絵里ちゃんの言う親切な老人なのか!偶然とは恐ろしい。絵里さん、僕が東京に出てきたのは、この人に会う為です」

「まあ、素敵。三人でお食事しましょうよ」

「そうだな。近くに宮下という和食で美味い店がある。そこへ行こう。その前に買い物だ。参道をもう少し行くとONEビルがある。そこで買って上げよう」

「カズさん。ごめんね。直ぐ済むからちょっと待ってね。一緒に買い物楽しみましょう」

「ね、願っても無いことです。以前絵里ちゃんにプレゼントして失敗してしまいました。ここは是非プロのお手並みを拝見し、勉強させてください」




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