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なすびとシジミ

たまには肉食女子

作者: 小田マキ

 午前八時を回ったところ、鳴り響く電子音に目を覚ます。生来のものと職業病のお陰で瞬時に覚醒した新城は、隣に眠る年下の恋人にその音が届く前にアラームを解除した。


 剥き出しの腰に絡みつく腕を苦笑とともに払い落とすと、上体を起こす。


 そのままベッドから抜け出そうとした身体に抵抗のようなものを感じて、新城はうしろを振り返る。


「……真田……?」


 元のようにふたたび自身の腰に腕を回している彼にも驚いたが、右脇腹に頬を擦り寄せるようにしているその表情に、さらに驚いた。




 見事に熟睡している。




 医療業界では2012年度から、「透明性ガイドライン」が策定されることになった。医薬品製造会社と各種医療機関間の資金提供情報を広く公開することにより、双方の関係の透明性を確保するという少々小難しい理念に基づき、日本製薬工業協会の会員会社は、自社ウェブサイト等を通じて、前年度分の資金提供について各社の決算終了後に公開することになったのだ。


 研究開発費、学会寄附金、原稿執筆料や新薬説明会費にその他接遇費だとか諸々すべてで、それによって資金提供した製薬会社にしかわからなかった医療機関、医師名がもれなく公表されることになる。不景気なご時世ではあったが、この医療業界、製薬会社からの接待当たり前の考えをする医師もまだまだ多い。接待は受けたい……けれど、世間の目を気にして、名前が公表されることに対する承諾書類へのサインはしたくないという者も少なくはなく、一人ひとりの説得は想像以上に骨が折れる作業だった。


 そんなこんなで来年頭から試行される策定に先立ち、各製薬会社では暮れも押し迫った十二月中旬から経理書類をはじめ、社内外の申請書類が軒並み改定となっていた。グレーシア薬品工業もてんやわんやしていたが、丁度この時期に新薬を発売したばかりののぞみ製薬はそれどころではなかっただろう。通常業務に並行して新薬のプロモーション活動、その費用申請書類は慣れない改定版である。プレゼン慣れはしてきたが、パソコン操作が苦手な真田は、書類作りに人の倍はかかっていた。


 今日は二人が付き合い出して初めてのクリスマス、しかも一ヶ月ぶりのお泊りデートだ、と昨夜遅くに京都にやって来た真田はひどく浮かれた様子で、疲労の色なぞ全く見せなかった。せっかく外での待ち合わせもどこにも寄らずにマンション(新城の)に連行されて、玄関に鍵をかけた途端に、あれよあれよという間にのしかかれ……六歳の年の差を遺憾なく見せつけられた。


 それでも、クルクルと表情を変える垂れ目が瞼に遮られてしまえば、その下に刻まれた疲労の影が明るみに出て、ここ二週間の激務を物語っていた。そんな彼の空元気に嘆息を漏らしつつも、新城は口もとに微笑を刻む。


 ドロドロに疲れ切り、正体を失くすほどに寝入っているというのに、瞬時に腕の中の不在に気付いて我が身を求めてくる……もはや彼の本能と化した自分への執着に、至極温かな気持ちになった。


「予定変更、ね……」


 自身の右脇腹に埋められた柔らかな癖毛を撫でながら、新城は呟く。


 今日はショッピングついでに軽くドライブ、と真田の立てたベタなデートプランに付き合うつもりだった。


 さっさと起きて、昨夜はろくに後始末もさせてもらえなかった身体をシャワーで綺麗に洗い流し、たまには自分が朝食を作ってやって、本懐を遂げてスッキリした面構えで惰眠を貪る真田を叩き起こす……十時には出掛けたいから、と逆算してセットした目覚まし時計のアラームは八時。


「起きて、真田……第二ラウンドよ」


 その腰に回された腕をやんわりと解き、新城は口角を上げたままに眠る真田に唇を寄せた。




 たまには、あたしから仕掛けてもいいでしょ?

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。 二人の関係が、良いです。 特に新城さんの思いやりが好きです。 素敵なお話を、ありがとうございました!!
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