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春めく闇

 三月末の週末、美砂と周平たちの送別会が開かれた。真紀は酔って泣きながら美砂の元を離れない。

「ねえ真紀、あんたのいる場所はここと違うんじゃない?」

 鎌をかけたが、当の真紀は、

「な、何よお。知らないわよ」

 と、しらばっくれている。あげくの果てに、

「美砂は幸せだから私のことなんてどうでもいいんでしょう」

 と絡んでくる。人の気も知らないで。口惜しいので、

「はいはい、お陰様で」

 と惚気てやったら、後ろで聞いていた良介が嬉しそうに微笑んでいる。くすぐったい。


 周平が真紀をちらちら見ているのが分かる。彼が動けば何とか協力してあげたかったのに、真紀のガードも堅くて近付くことさえままならない。そのうち真紀は酔いつぶれてしまった。これでは無理だ。会場の居酒屋からほど近い彼女の部屋に送って戻ってくると、周平もかなり酔っているようだった。彼は酒が弱く、普段冷静で丁寧な物言いをしているのが、酔うと投げ遣りで本音剥き出しになるのですぐわかる。自分でも懲りているからいつもは自重しているのに。今夜はそれだけ別れがつらいのか、何もできない自分に焦れているのか。真紀の性格上ヘタに動くとこじれるだけだから、今日のところは助け船を出さなかったけれど。それでも周平の切なそうな顔は見ていられない。

「真紀は私たちがいなくたって大丈夫よ。課長だってそう思ったから私たち二人を出したんじゃない。」

 最後には仏心を出して囁いたが、周平は「別にそこまで心配してない」と突っ張る。あまりのふがいなさに我慢しきれず、言ってしまった。

「わかってるって。あんたが真紀を好きだってことは」

 ポーカーフェイスの周平が目を見開いている。一方で、声を潜めているものだから自然と周平に寄り添うようにしているのを気にして、良介が背後に忍び寄ってきたのも分かった。

「ばればれなんだよ」

 良介はすっと近づいて周平の肩を叩く。もう一方の手は後ろから美砂の手に絡めてきた。嫉妬深い仕草に美砂は苦笑する。

「真紀ちゃんは俺が見張ってるから。大丈夫、課長は6月に結婚決まってるし」

「はあっ?」

 うちの課長は独身で真紀をやけに可愛がっていた。それは単にからかい甲斐があるからに過ぎなかったのに、周平は妙に目の敵にしていたのだ。

「なあんて、課長を敵視してんのは俺も最近美砂から聞いたんだけど」

 良介はにこにこして美砂の肩を抱いた。あんたも周平を敵視してるじゃないの。肩を抱かれた美砂を見て周平は「まさか」と言って目を見張った。

「美砂の犬と呼ばれて早一年、ついに佐倉、咲きました」

 くだらない駄洒落で交際宣言するのも良介らしいけれど。

「マジかよ?」

 周平が美砂を見る。思い切り頷いてあげると、良介の笑顔がぱっとはじけた。

「てめえら、それを報告したかっただけだろう?」

「そうとも言う」

 良介は悪びれずに言ったが、フォローを入れるのも忘れなかった。

「お前はいいのかよ、このままで」

「そんなこと言ったって」

 ぐずぐずしてるなんて、いつもの周平らしくない。仕事は出来る男なのに、案外自分のことになると判断力がにぶるらしい。もどかしいけど仕方ない、これも恋の醍醐味?

「ま、同期会とか機会は設けてあげるわよ、ね?」

 いつかの良介の台詞。同期のよしみだ、この位の情けはかけてあげよう。


 帰り道、ふたりは酔いを覚ましに回り道をして歩いた。夜風はまだ冷たいが春の気配がなまめかしい。二人は公園の中に入った。一つ、二つ。咲き始めの桜が闇に浮かんでいる。

「・・・不安じゃないのか、美砂は」

 ふと良介が呟いた。

「広報で上手くやっていけるかってこと?」

「・・・仕事は、きっと上手くやれるよ。そうじゃなくて」

 良介はふてくされたように言う。

「俺たちのこと」 

 美砂は彼を見上げた。

「不安、だよ?」

 あれだけ泣いていたのが、あなたのせいだとまだわからないの?

「ほんとかよ」

  後ろから抱きしめられて桜の木の影に引き寄せられる。

「俺は不安だらけだ。俺ばっかり夢中なんじゃないかって、いっつも」

 耳の後ろにキス。思わず吐息が漏れる。

「だから仕事も精一杯頑張る。その上で美砂が不安になる暇ない位また付き纏ってやるさ・・・いつだって見てるから」

 頷くのが精一杯だった。どうしてこんなに欲しい以上の言葉をくれるのだろう。

「・・・俺なんかで、後悔してないか」 

 周平と話す私を見て、そんな気持ちになってしまったのか。美砂は零れる弱気な台詞に苦笑する。

「・・・あの頃の馬鹿なあたしに言ってあげたい。幸せになれるからもう少し待っててって」


 見上げれば甘く見つめ返される幸せ。温かい大きな手に包まれる頬。逃げやしないのに、両手で顔を挟みこんで、じっと目を合わせてくる。右目の脇の傷が小さな刃のように光る。そっと重ねる唇。抱きしめたい、いくら言葉にしても溢れるから。二人分の体温が溶けて身体が震える。桜を散りばめた静かな闇が、二人をそそのかして口付けを深くする。


 こんなに、この人を好きになるなんて思わなかった。


 でもそれは悔しいからまだ言ってあげない。




Fin


 ここまで読んでいただいてありがとうございました。ひとまず本編は完結です。

 この後、恒例(?)の甘めな後日談があります。よろしければもう少しお付き合い下さいませ。


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