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進む覚悟

 あの事故の日以来、良介は折に触れて美砂の視界に現れた。

 彼女がひとりでいたくない時を見計らったかのように。

 会社では同僚の域を外れるような態度は噯気おくびにも出さず、駅や帰り道のコンビニで、缶コーヒーを飲みながら美砂を待っていた。

 ・・・わかっている。きっと実家の母や弟の海に頼まれているのだ。彼は引き受けた役目は必ず忠実に果たす男だったから。それでいて彼は美砂が声をかけなければ隣には決して並ばず、距離を空けて付いてきた。

 美砂は時折彼を振り回すように、気付かぬふりで男では入りにくい可愛らしい雑貨屋に立ち寄ったり、地味な長編時代劇の映画を1人で見に行ったりしてみる。すると良介は店のドアの向こうで恥ずかしそうに立っていたり、映画館ではあえて美砂の後ろに座り、ぐうぐう寝ているのだった。

 そんな日々が数ヶ月続いた。周平は相変わらず真紀への執着を隠さなかったが、美砂は胸を痛めることが少なくなっていった。


 入社して3年目にはそろそろ部署替えがある。早春のある日、どうやら周平が企画部に異動になるという噂を聞いた。

 転機がやってくる。鉄の絆の同期もずっとこのままではいられない。美砂は静かに前へ進む覚悟をしていた。


 そんな頃、真紀と良介が付き合っているという噂が立った。

 具合の悪い真紀を家まで送ったとか、帰りに一緒にご飯を食べていたとか、少なくとも何度か二人きりなのを目撃されたらしい。

「こんだけ美砂のストーカーしてんのに。そっちかよ!って心の中で突っ込んじまった」

 と美砂にはこぼしていたが、彼女には違った思いがあった。

 真紀を好きな周平。周平を好きな美砂。この分かりきった事実。しかし、真紀は誰が好きなのだろう。

 美砂が打ち明けられない恋をしているせいか、真紀からも好きな人の話を聞いたことがない。真紀は周平に絶対の信頼を置いていたが、それが恋愛感情なのかどうかはわからなかった。寡黙な周平より気の置けない良介といた方が楽しそうにも見える。そして良介も気まぐれで難しい私より、正直で気立てのいい真紀の方がつき合いやすいのではないか。

 美砂は良介ひとりの前だとどんどん我が儘になり、しかもそれをどこまで許されるか試すようになっているのを自覚していた。

 私は嫌な女だ。

 いくら人が良くても、そろそろ愛想を尽かしたくならない?

 うちの家族に頼まれたからってそこまでしなくていいんだよ?

 そう思うのに、本人を前にすると何も言えなかった。


 そんな時、美砂は部長に呼び出された。

 何かしただろうか。立ち直ってきたとはいえ、精神的にまだ不安定なのは自覚していた。大きなミスをしたのかもしれない。暗澹たる気持ちで部屋をノックした。

 「お呼びでしょうか」

 恐る恐る伺いをたてる美砂に、デスクに座っている部長は面白いものでも見るように口の端を緩ませた。

「まずは、おめでとう」

 部長から声がかかったが、突然で何のことか理解出来なかった。

「は?」

「希望していた広報に移動が決まったよ」

 広報は入社当初からの美砂の希望部署だ。

「・・・ありがとうございます」

 満面の笑みで美砂を見上げる部長に、やっとそう返したが、素直に喜べずにいる自分に戸惑った。いろいろな事が瞬時にぐるぐると頭の中を回り出す。ずっと一緒だった鉄の絆の4人。周平や真紀と離れてしまう。・・・そして良介と。

「!」

 その後の上司の言葉はほとんど覚えていなかった。

 周平の異動の噂を耳にした時は冷静に受け止められたのに。

 私は・・・周平より、真紀より・・・良介との別れに動揺している!

 部長室を出るまで何とか堪えたが、震える手で扉を閉じたらもう駄目だった。美砂は流れる涙をそのままに、近くにあった給湯室に駆け込んだ。




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