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後日談〜美しい砂(2)

 お母さんの言う通りだった。夕食が始まり少し酒も入って俺もくつろぎ始めた頃、決まり悪そうにお父さんが出てきた。しかし腹も満ち酒が入ると徐々に打ち解け、俺に話し掛けてくれるようになった。


 俺は前から聞きたかったことを聞いてみた。

「美砂さんの名前は誰がつけたんですか」

「夫婦ふたりで、かな」

 何でそんなことを訊く、といた表情をするので、

「『砂』がつくの、珍しいですよね」

 そう言うとお母さんはふふ、と笑って思い出すような目になった。

「・・話せばちょっと長いんだけど。大学時代の話よ」

 子ども二人は何度も聞いた話なのだろう。にやにや笑いながら先を促している。


「私その頃失恋からなかなか立ち直れずにいて、友達が旅行に誘ってくれたのね。女だけ3人で思い切って沖縄に行ったの。その時同じ大学だったこの人達と現地で偶然あったわけ」

 お母さんの頬は酔ったせいか照れているのか、随分と赤かった。

「今はそんなことしないけど、色々面倒を見てくれたのよ。最後にはロマンティックに夕暮れ時の白い砂浜で口説かれて。沖縄の砂浜って色が違うのよね、珊瑚の砂だから真っ白で夢みたいに綺麗なの。ついほだされちゃってね。東京に帰ってもお付き合いしましょうということになったわけ」

 この厳しそうなお父さんが。なんか意外だ。

「でも『夏の日の恋』っていうの?帰って冷静になったら何か違うような気がして。避けだしちゃったのね。そしたらこの人が追う、追う。もう、今で言うストーカー?」

 俺は飲んでいた酒を吹き出しそうになった。

「挙げ句の果てに『どうか時間を作って僕の話を聞いて下さい』って言うわけ。ちょっと怖かったんで、友達と一緒ならって喫茶店で話を聞いたわけ。そしたら、実は旅行も友達と結託してわざと日程を合わせたって言うじゃない。もうびっくりしちゃって」

 そう言いながらお母さんは幸せそうに微笑んでいた。

「失恋してつらそうに泣いてる姿見て気になり始めたんですって。何とかしたくて旅行の計画を立てて、いい加減立ち直らせたいと思ってた私の友達と利害が一致して、実行に移したらしいの。だましてすまない、って深々と頭を下げて、これを出したのよ」

 お母さんはキャビネットの飾り棚から青のグラディエーションがかかった琉球ガラスらしい小瓶を出してきた。その中には白い砂が入っていた。

「この砂はあなたと歩いた沖縄の白い浜辺の砂です。ずっと僕と一緒に人生も歩いてくれませんかって」

「・・・いきなり、プロポーズですか?」

 俺が思わず聞き返すと、お父さんはむっとしたように俺を睨んだ。

「私もそう思ったわ」

 瓶の中の美しい砂はさらさらと動く。

「だから言ったの。まずはお友達からって」

「で、結局押し切られたんだ」

 海君の冷やかしにお母さんは悪びれず、だってねえ、とお父さんを見上げていた。

「すごいよね、お袋と姉貴、親子二代で同じようなシチュエーション」

 これには思わず苦笑いをしたが、俺の中で、多分こんなことだろうと結論は出た。

「よく分かった。美砂って結局、お父さんが大好きなんですよね」

 その言葉を聞いて美砂は否定するように慌てて首を振ったが、お父さんは満面の笑みを浮かべた。一方で俺はまた嫉妬の虫が騒ぎだして、美砂に耳打ちする。

「だいたい周平も時代小説好きじゃないかよ、このファザコン!」


 泊まっていけと散々言われたが、明日は会社なので丁重に辞退した。今は美砂と電車の中で横並びに座っている。

「そういえば、聞きそびれたんだけど、海君の名前はどうして?」

 美砂は笑って「わからない?」という。

「結婚5周年でまた沖縄に行ったの、しかも私をおばあちゃんに預けて二人きりでよ」

「今度は『美しい海』ってわけか」

 自分が結婚を意識して、愛情は脈々と受け継がれていくものだとつくづく思う。愛して愛されては結ばれる。繰り返す波のようなその中で奇跡的に出会った君。そして物語はまた続くんだ。


 美砂が俺の肩に寄りかかる。

「眠い?」

「・・・うん」

 本当は知ってる。美砂が寄りかかる時は甘えたい時だ。肩を抱いて頭を俺の胸元に固定した。彼女は少し照れて俯きながら小さなため息をつく。

「良介」

「ん〜?」

「今日はありがとう・・・すごく、格好良かった」

「!」

 俯いたままぽそっと呟く。こういうとこが質が悪い。電車の中じゃキスひとつ出来やしないのに!

「・・・どんなことだってする、美砂を手に入れるためなら」

 せめてもの抵抗に耳元で囁いた。美砂はびくっと肩をすくめる。自分の罪深さなんて知らないでいい。俺たちはつがいの鳥のように寄り添って目を閉じる。


 電車は俺たちを乗せて走る。

 この中にどんな出会いがあるだろうか。


 俺は祈る。


 指の間をさらさらと落ちる砂のような夥しい人との出会いの中で、誰もが、この世にたったひとりの大切な人をどうか取り零しませんように。


 俺の美しい砂を胸の小瓶にしっかりと閉じ込めて。



 Fin


 これで「種明かしをしようか」は完結です。作者としてはいろいろな種明かしを用意したつもりなのですが、いかがだったでしょうか?次作も沿線の恋が続きます。また私のページに訪れていただけたら嬉しいです。お付き合いいただきありがとうございました。

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