中、見よっか
豪邸の玄関は、普通に開いた。
「おーぷん」
弥琴が軽く言って扉を押す。
重厚そうな見た目に反して、動きは滑らかだった。
「……すごいな」
「でしょ?」
中に入った瞬間、少しひんやりした空気に包まれる。
吹き抜けの天井。広いホール。左右に伸びる廊下。正面には階段。
「広すぎない?」
「豪邸だよ?」
当然、みたいな顔をする。
床は大理石みたいだし、壁も妙に凝っている。
「ちゃんとイメージしたんだよ?」
「どんな?」
「“お兄ちゃんが迷わない家”」
……それはありがたいのかどうなのか。
「ねぇねぇ」
弥琴はもう走り出している。
「リビングあるよ!」
案内された先は、無駄に広い空間だった。
ソファ、テーブル、暖炉。全部揃っている。
「座っていい?」
「どうぞ」
弥琴が勢いよくソファに飛び込む。
「……沈む」
「感想それか」
俺も腰を下ろす。
ちゃんと柔らかい。
ちゃんと実在する。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ」
「これ、本当に私が作ったんだよね」
「そうだな」
「へへ」
満足そうに笑う。
自分の力を誇る、というより、単純に嬉しそうだ。
「……怖くないのか」
「なにが?」
「さっきの力だ。普通じゃない」
弥琴は少し考えてから、首を傾げた。
「でも、お兄ちゃんがいるし」
即答だった。
疑いも、迷いもない。
俺がいる前提で、世界を見ている。
「……過信するな」
「信用だよ」
にこっと笑う。
可愛い。
本当に、可愛い。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「今度はなんだ」
「キッチン見たい」
案内された先には、ちゃんとしたキッチンがあった。
シンク、棚、調理台。
「水、出るかな」
弥琴が蛇口をひねる。
水が出た。
「……出たね」
「出たね」
二人で同時に言ってしまって、少し笑う。
「これ異世界だよね?」
「そうらしい」
「便利すぎない?」
同感だ。
「ガスは?」
コンロに手を伸ばす。
火がついた。
「おぉ」
「すごーい」
弥琴は拍手する。
なんでお前が感動してるんだ。
「無限、なんでもありだね」
「調子に乗るな」
「はーい」
素直なのが逆に怖い。
「ねぇ、お兄ちゃん」
弥琴は窓の外を見る。
「ここ、私たちだけだよね」
「ああ」
草原。空。風。
本当に、二人きりだ。
「じゃあさ」
弥琴が振り向く。
「しばらくは、のんびりしよ?」
その言葉に、少しだけ救われる。
「……そうだな」
急ぐ理由はない。
敵も、目的も、まだ何も見えていない。
「お風呂あるかな」
「まだ作ってないだろ」
「えー」
弥琴は腕を組んで考える。
嫌な予感がする。
「作る?」
「今日は作らない」
「明日は?」
「考える」
「やった」
やってない。
「ねぇ」
弥琴が俺の袖を引く。
「今日は一緒に寝よ?」
「……子供か」
「異世界初日だよ?」
理由になってない。
でも。
「……分かった」
「やった!」
嬉しそうに笑う。
無限の力を持っていても、こういうところは変わらない。
妹だ。
「お兄ちゃん」
「なんだ」
「ここ、私たちの家だね」
「ああ」
豪邸だろうと、異世界だろうと。
今は、それでいい。
俺はリビングを見回す。
静かだ。
何も起きていない。
だからこそ、少しだけ安心できた。
妹が可愛いだけなんだ。
今日くらいは、それでいい。




