家作るね
死んだはずだった。
トラックのブレーキ音。
掴んだ弥琴の手。
視界を埋めた白い光。
そこで終わったはずなのに。
目を開けると、空だった。
どこまでも青い。
風が草原を揺らしている。
「……お兄ちゃん?」
その声だけで、胸の奥がほどける。
隣を見ると、弥琴が草の上に座っていた。制服のまま。怪我はない。
よかった。
本当に、それだけでいい。
「怪我は?」
「ないよ。お兄ちゃんは?」
「問題ない」
弥琴は立ち上がり、くるっと一回転した。
「異世界だよね、これ」
もう順応している。
「たぶんな」
否定材料はない。むしろ、思い出している。
白い空間。
やたら神々しいのに、やたら軽い女。
腰まである金髪。白いドレス。なのに素足。ネイルはキラキラ。
「いやー! こっちの手違いでごめんねー!」
満面の笑み。
「お姉さん大失敗!」
軽すぎる。
弥琴が前に出る。
「異世界!? チートある!?」
「もちろん!」
女神は弥琴を見て目を細めた。
「素質えぐいね」
嫌な予感しかしない。
「どのくらいくれるの?」
「どのくらい欲しい?」
「無限とか?」
空間が、わずかに歪んだ。
女神は笑った。
「いいじゃんそれ!」
軽い。
「《無限》あげちゃお!」
光が弥琴を包む。空間が震える。
「……あ、ちょっと盛りすぎたかも」
おい。
そして俺を指差す。
「お兄ちゃんは《制御》ね!」
「なんで俺が調整役なんだ」
「だって放置したら世界壊れるよ?」
満面の笑み。
風が吹き、現実に戻る。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ」
「家作るね」
一拍置く。
「……は?」
「やっぱり、住むなら豪邸でしょ!」
胸を張る。
ドヤ顔。
……可愛い。
いや違う、そこじゃない。
「待て、まだ何も確認してない――」
空気が震えた。
草が一斉に伏せる。地面が唸る。
弥琴の周囲に、目に見えない圧が集まっていく。
これが《無限》。
制限なし。上限なし。
「弥琴、出力落とせ」
「えー?」
「半径二十メートル以内に固定」
「はーい、お兄ちゃん」
軽い。
だが圧はちゃんと収束する。
地面が盛り上がり、石が組まれ、木材が生まれ、窓がはまり、屋根が乗る。
数秒。
そして――
三階建ての豪邸が完成していた。
噴水付き。
「できた!」
満面の笑み。
「どう? センスよくない?」
「……否定はしない」
「でしょ?」
得意げに笑う。
袖をちょんと引く。
「これからどうする、お兄ちゃん?」
さっきまで世界を歪ませていたとは思えない顔で聞いてくる。
ただの高校一年生の妹。
俺は小さく息を吐く。
異世界だろうが、チートだろうが。
結局のところ。
妹が可愛いだけなんだ。
「まずは中を確認する」
「はーい、お兄ちゃん!」
弥琴は駆け出す。
振り返って笑う。
草原の真ん中に建つ豪邸。
大事件かもしれない。
だが今は、ただの妹のわがままだ。
俺はその後を追う。




