パレード電車
ーカンカンカン。
遮断機がけたたましく鳴っている。それを男ー川下広貴はぼうっと聞いている。手には幼子を抱えていた。幼子はすやすやと眠っており、安心しきっていた。
ー幸せそうだな。
広貴は幼子ーこのはの寝顔を見つつ、ため息を吐く。これから自分は死ぬつもりだった。それというのも、会社のリストラにあい、私生活では離婚し、この先、どうやって暮らしていこうか苦悩した末の決断だった。
ー俺とこのはさえ、死ねば…。
もう頭を悩ませることもない。巻き添えをくらわせて可哀想だが、このはを作るんじゃなかったと後悔していた。
ー男には、シングルファザーの制度がないからな。
助けて欲しいのに、誰も助けてくれない。追いこまれた結果の展開だった。広貴は何故か笑いたくなった。
「あはは!! 馬鹿だ!! 馬鹿だ、俺!!」
どこで選択肢を間違えたのだろうと、涙が出てくる。順風満帆とはいかないが、職もあり、妻がいて、それだけで十分なのに、全部なくなった。何の罰なのだろうかと、自分1人孤立しているようだと嘆く。
ーくそ!! くそ!! くそ!! 俺の人生、巻き戻せ!!
強くそう思うが、現実は変わらない。魔法が使えたらいいのだが、本の中の世界じゃあるまいし、あり得なかった。
ー俺だけが辛いのかな…? ううっ。
涙がぼろぼろと溢れ、このはの顔を濡らしていく。
ーもういこう。人生に疲れたし、飽きた。
全て諦めたつもりだった。この先、どうやって暮らしていこうかなんて、たくさん、それこそ頭が痛くなるほど考えた。広貴はこのはの顔を見つめ、言う。
「ーごめんな。いこう」
そろそろ電車が来ると、タイミングを見計らっていた。右側から明かりが近づいてくる。電車が来た証拠だった。
ーよし、最後の勇気だ。
このはを強く抱くと、広貴は腹に力を込めた。たった2人、死んだくらいで世界が変わるわけでもない。誰も悲しんでくれる人もいないし、何だか淋しい人生だったなと諦める。
ー俺なんか、俺なんか、俺なんか…!!
来た、と思い、えいやと線路に飛び込む。目をぎゅっとつむり、痛みに耐えようと我慢しているのだが、なかなか思い通りにいかない。
「何だ…?」
広貴は変に思い、ちらりと電車を見、ぎょっとする。1両なのだが、春の今には合わず、イルミネーションが輝いている。綺麗だな、どこかのパレードみたいだと思っていると、停まった電車のドアが開いた。
ーえ…? 何…?
広貴が戸惑っていると、中から10代くらいの少女が覗き込んでくる。
「乗りませんか?」
「…」
黙っていると、少女が尚も言ってくる。
「楽しいですよ。どうですか?」
「…楽しい」
ぽつりと呟くと、このはが泣き出した。慌てていると、少女が手招きしてくる。
「こっちにおいでください。あたしがどうにかします」
「…はい」
反射的に答えていた。ゆっくり近づき、このはを少女に渡す。死ぬつもりだったのに、おかしいなと電車を見回す。まるで真夜中の流星群のようにピカピカ輝いていた。何故そんな電車が…と思ったが、最後くらい深く考えなくていいかと、頭を使うのをやめた。
「ミルクかな? それともおしめかな? よしよし」
少女は広貴が何か言う前に、このはの面倒をみてくれる。その優しさに癒やされ、まるで期待するかのように近づく。自分も癒やして欲しかったのかもしれない。
ーもういいや。えい!!
電車に乗ると、ドアが閉まった。えっ、と驚いていると、何と電車がゆっくりと浮かび出した。
ーは…? 浮かんでるぞ!!
窓にはりつき、景色を眺める。深夜なので明かりがぽつぽつとつき、暖かい気持ちになってくる。銀河鉄道の真似かと思ったが、電車はどんどんと上昇していく。
「おい!! おい!! 降ろしてくれ!!」
ついに常識から離れており、頭が混乱していた。しかし少女は落ち着いたもので、カップを差し出してくる。
「あなたには、これです」
「…何だ、これ?」
黄色いスープを出され、広貴は戸惑う。どうやらコーンが入っていることから、コーンスープのようだが、匂いを嗅いでみる。
ーいい香りがする。
蝶が蜜を求めるように、一口すすると、ほうと息を吐き出す。どんなスープよりも、美味しいと感じた。すると広貴は号泣し始める。
「何なんだよ、これ…!! 俺は死のうとしているのに…!! ううっ。何でこうなったんだ!! 誰のせいだ!! くそっ!! くそっ!!」
心の声がもう我慢できなかった。少女にあたるつもりはなかったが、ぼろぼろと泣き出す。
「俺は…俺はな…!!」
「いいんですよ、我慢しなくて」
「…は? 何を言っているんだ?」
広貴が怒りをぶつけると、少女は何故か微笑む。
「ここには私と、運転手と、あなたしかいませんから。ゆっくりコーンスープを飲んでください」
「…」
何故か分からず、コーンスープを口にする。色んな恨み言や不満が消えていくようだった。
「…魔法みたいだ」
つい呟くと、少女が優しく言ってくる。
「寒かったのが暖かくなりましたか? 体が冷えていると、頭も働きませんから。考えも上手くまとまらないと思います。たまには誰かに助けを求めてもいいんですよ。優しさを求めてもいいんです」
「…。そう言うけどな」
広貴は強張った表情で、少女の襟首を掴む。
「誰に相談しても助けてくれなかったんだよ!! 色んなところへ行ったし、恥を捨てて頭を下げたりしたけど、誰も他人事だと思って、冷たくあしらったり、面倒くさそうにしたんだよ!! くそっ!! 腹が立つ」
「きゃ!!」
少女の細い体を押すと、広貴はこのまま殴ってやろうかと思ったが、このはが泣き出したのでやめた。広貴は気まずそうに、少女に手を差し出す。
「すまない。事情も知らないのに、怒りをぶつけて」
「いいえ、気にしないでください。怒りを我慢するといけないんですよ。それだけ良い人できたんじゃないんですか? 人を思いやれるということは、自分を後回しにして生きてきたんじゃないですか? 間違ったら、申し訳ありません」
「…。いや、当たっている」
広貴は今までの人生を振り返り、ぼそりと言った。いつもいつも我慢して、自分が後回しだった。だから自分がした分、困った時に助けてくれるかと思ったのだが、現実は酷なものだった。広貴のことを災いをもたらす面倒くさい人間だと、皆、同じく白い目を向けてきたのだ。
「ー俺なんか…! 何でだよ…!!」
このはの元に行くと、抱きかかえ、落とそうとする。それを少女がすかさず止める。
「駄目です!! その子はあなたを助けようとしているんですから!!」
「…は? 助ける…?」
「そうです」
少女は立ち上がり、襟元を直すと、広貴に真面目に言う。
「その子だけはあなたを攻撃していないでしょう? むしろあなたを必要としているんですよ。分かりますか?」
「必要? 何ももたない俺が…?」
広貴はびっくりしたように言い、このはをよく見る。このはは何を欲しているのか分からないが、ひたすら泣いている。今の広貴のように助けを欲していた。広貴はじっと凝視する。
「ちっ。そうかよ。こいつは俺が必要なのかよ」
吐き捨てると、このはを少女に押しつける。するとぴたりと泣き声がやんだ。まるで空気を読んでいるようだった。
ー小さいのに、もう分かるのか。色んなことが。
広貴は肩から力を抜いた。少女が楽しそうにあやす姿を見、安心したということもある。
ー俺って何なんだ? 心の狭い人間か…?
ふらっと窓に近づき、風景を眺める。ライトアップされた桜並木を見、感動する。
ー綺麗だ。癒される。
木は何も言わず、広貴の視線を受け入れてくれる。窓に額を当て、涙を流す。桜並木は広貴を否定しない。むしろ心が癒されるように、さあっと風で動いたように見えた。
「…俺、情けないか…?」
「いいえ。生きているだけ、立派ですよ」
少女は心からそう思っているらしく、優しく微笑んでくれた。広貴は「そうか」と答え、風景を眺めていく。今まで腐っていた気持ちが消失していった。
「椅子に座って眠っていいか?」
少女に聞くと、彼女は嬉しそうにうなずく。
「どうぞ!! ここの主人公はあなたですから」
「…そうか。主人公か」
広貴は少しだけ笑みを浮かべると、椅子に座る。背もたれに体を預け、目を閉じる。
ーこういうのも悪くない。
広貴はリラックスすると、このまま飛んでいたいと願うようになっていた。
「ゆっくり、ゆっくりです」
少女の声が遠くなる。広貴は満足そうに、夢の中に入っていったのだった。




