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題 人間理性と叡智人の種的限界性に関する個人主義の復古と覚醒願望

造語が多いのは主題の特性故に堪忍願いたい。括弧内に補注が記してある。                                                                  

一 まず以て第一前提として、かつての史実も承認する如く人間の理性には限度が存する。理性とは自らをとり従えて真理へと接近するが如き追及たる明澄の、行動や判断の統御と立法であるが、あくまで意識に局限される以上には、その実質、意識という反映を経ないプロセス(=無意識)へは不干渉である切断が存在上存することとなる。例えばなぜ家族という関係が人間を満足させ、豊穣なる活動を可能にさせるかという問いに、科学的なエビデンスを考慮して回答するも十全の閾には達しない。之は意識外の領域を意識へと含有させる際に生ずる多少の強引という不可抗力の欺瞞、差異と、知覚から人間へ伝導されるシステムとその真実態としての人間性という実在との相剋に端を発する。理性は真実を知るための手段であるために自らを欺いて進行する。これは個人における最善でもあると言える。  

              

二 種としての限界を超える-大言壮語!-には、その種的な超自我という制動(罪の意識等)や極度の飢え(身体上の規則性、もとい同一性ともとれる。これも種的保存のためのプログラムであって、理性を除いて考え併せるならばそれを可能に除去することが叶えばかなりにその方法は、円滑化するであろう)とエネルギーにおける共約負担(共通交通性、存在的に生来は、国家や民族、組織などの理念的集合より手厚い評価を被らねば自己肯定感は増さない。これは全般共通的な感情発露の契機である)による消耗とを集中理論的な除去によって(如上述べたところの人間における人間性把持の為存在するところの制動性、感覚)その積載からエネルギーを精神に完成させる措定と立論より、一時的に、例え身体が持ちこたえなかろうとも(可能であればそれは種的な側面を看過することとなり、ブラックボックスに人間がどうなるかは推定が出来ない)原理上の無視(”そのもの”)、個人主義の現勢化として理念が見神することを可能にすることが理論となるとき、夜明けは、夢から消え、ついに、万人が夢の世界を生きる希望の時代がやってくる。之は、種の願いである。虚言ではなく、真実であろう。ここで、人類の夢は終わり、人類は、歴史を紡ぐ。原理主義者はエネルギッシュにその精神エネルギーを起こせるようになるであろう。あるいは技術者になるかもしれない。之は主客分裂を超えた理解の、断裂が自体崩壊せざるを得ない状況の演出による覚醒である。人間存在、それは精神として社会を形成するべきである。そして精神とは、この以て個人主義たるが種に於き覚醒する予想という段にである。人間の鏡像段階は終焉する。

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