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フォボフォビア(恐怖症恐怖症)1話

恐怖症をテーマにした、世界観共通の、オムニバス形式の百合小説です。不定期更新になります。

作品設定

フォビアと呼ばれる恐怖症が常識の世界

フォビアは、現実の恐怖症とは反対の構造を持つ

·現実 対象→恐怖

(例 炎恐怖症の場合、炎を見て恐怖を感じる)

·フォビア 恐怖→対象

(例 炎恐怖症の場合、あらゆる恐怖に反応し炎関係の幻覚、幻聴が現れるが他人は見えず、現実にも干渉しない)


恐怖症の対象には、幻覚、幻聴は起きない

(炎恐怖症は、炎自体への恐怖はあるが、幻覚、幻聴は、炎以外の恐怖にのみ発生、恐怖症の対象が概念的になればなるほど、脳の判断が複雑になり境界線は曖昧になる)


幻覚、幻聴自体には恐怖は感じない

(炎恐怖症は、炎の幻覚、幻聴に恐怖は感じないが、こちらも、恐怖症の対象な程、境界線が曖昧になる)


幻覚、幻聴が見えている間は、恐怖症の対象には恐怖が働かない

(炎恐怖症なら、幻覚、幻聴が発生している際は、実物の炎に恐怖を感じないが、炎自体に幻覚、幻聴が発生しないので、稀)


幼少期からの軽い診察、中学三年間でのスクールカウンセラーによる診断により、中学卒業時に、フォビアが確定

誰でも生涯に一度は『フォビア』と呼ばれる恐怖症を発症する。

それが今の世界の常識。

誰もが恐れを持ち、それが許される世界。

私が産まれる辺りか、それくらい前には、10人に1人が発症すると言われていたらしいけど、徐々に数が増えて、物心ついた時には既に、その常識が世界に染み付いていた。

街を歩けば、すれ違う人が、何食わぬ顔で裏にフォビアを抱えている。

そして、フォビアを抱えるのは少なくとも私が、中学生になった頃には避けては通れない道になっていた。

私達は、幼少期から軽く、フォビアに関する診察に通い、特に中学の三年間で学校のスクールカウンセラーとの問診や身体測定のタイミングなど年に数回、本格的な診断をして、卒業する時には、己が何のフォビアかを伝えられる。

それは、決して後ろ暗いものではなく、桜の季節と共に渡される自身を知る祝福のひとつ。

恐怖にしろ何にしろ人の感情には大きな可能性があるらしい。

フォビア、それを知った時、認めたくはないけど私はきっと恐れを覚えた。

街を歩く人に、家族に、親友に、春に、可能性に、フォビアに繋がる全てに。

数ヶ月前、桜の下で私は、己に渡された、フォボフォビア(恐怖症恐怖症)と書かれた紙を握りつぶした。

私は恐怖なんか感じない。そのはず。

そのために今までの人生があったのだから。


そんな数ヶ月前の記憶を思い出しながら、新しい学校、新しい教室で、行われている自己紹介を眺めている。

「…って言います。炎恐怖症、パイロフォビアです。よろしくお願いします。」

私よりも前の席の生徒が順番に名前と一言を述べているのに、そのほとんどは頭に入ってこない。

そもそも誰が誰だと覚えるつもりもなく、聞き流しているのが原因かもしれない。

それでも、ひとつだけ頭の中に明確に残る情報がある。

唯一、頭に残るのは、さっきのように、フォビアを交えて自己紹介した、そのフォビアの部分だけ。

いつからかなんて知らないが、一般的に恐怖症はフォビアと呼ばれるようになり、SNSなどであるあるを共感したり発信したりするひとつの個性として扱われラベリングされるようになった。

誰かが、全員が通る共通事項だと気付いて目を付けたのだろうか。

だから、初めての場面で、自己紹介として自分のフォビアを述べるケースは珍しくない。

趣味とは違い、考える必要がなく、ただ与えられた名称を名乗るだけで良いし、弱点でもある部分を最初から認知してもらえるのは、不安も多いこの季節、かなり安心するのだろう。

もう、フォビアは恐れるものではなくなっていた。

私としてはたまったものではない。

フォビアというフレーズが発せられる度、何かに対して身構えるみたいに、背中が硬直する。

汗ばんだ目覚めのように、つっかえた喉の詰まり物のように、内から湧いているのか、外から纏わりついているのかわからない違和感めいた気持ち悪さが、少しの目眩を起こす。

次第に呼吸が空気からずれていき、内側で回りはじめる。

葛藤している内に前の席の生徒の自己紹介が終わり、私は平穏を装い、咳払いと共に立ち上がる。

そう…平穏。何も起きてない。装ってるわけじゃない。

詩弓糸(しゆみ いと)です。よろしくお願いします。」

名前だけを告げて、軽く、あるのかも分からない椅子の上にある気がしてならない小さな埃を払い席に座る。

目を閉じて、眉間に一瞬力を込め、何もない平穏な日々に戻る。

何も起きてないし、何も怖がってない。

目の端に見える、誰かの恐怖に怯える幻を見ないふりして、そう言い聞かせた。

変わらず続くフォビアの告白の中で、私の頭は、いつかの過去の記憶を回想し始める。

こんなにフォビアと言う言葉が飛び交えば嫌でも思い出す。

私の傍に、まだ私と同じ背丈の幼い、フォビアを抱えた彼女がいたときの記憶。

彼女とフォビアから逃げ出す前の孤立する前の記憶。


あの日、日が落ちてきて、ほとんどの子供が親に手を引かれて、遠ざかっていく中、私達は公園の端の方の木陰で遊び疲れた身体を癒していた。

帰らなくてはいけないことは、わかっていたけど、言わなければならないことがあって私が引き止めたのか、彼女が何かを察して私を引き止めたのかは覚えてない。

ただ話しは自然に私が引っ越すという話題になっていた。

「…いと、ひっこしちゃうの?」

「…うん、そうみたい。」

「……。」

「だから、れいとあそべるの…これがさいごだとおもう…。」

いつかの春の日、公園で彼女と遊んでいた時の情景だ。

「どこいくの…?」

「…わかんない…けど、とおく…。」

「いや、いやだよ!こわいじゃん!とおくいくの!いともこわいよね?」

「…、わたし、は…。」

「…いと?」

「…わたしは…こわがりたくない…。」

「で、でも!ひっこしたら、ひとりになっちゃうよ!?」

「…うん。」

「…わたしは、わたしはいやだよ!…こわいよ!ひとり!

…いと…いかないでよ…!」

「…!」

私が、別れを告げたその時の彼女の取り乱した様子はよく覚えている。

まるで私自身から発せられたように、等身大の彼女の感情が、握りしめられて縋られた腕に感じる力強さや震え、汗などを伝い、私の中に侵入してきたから。

その雰囲気に圧倒されそうだった。

申し訳なさからか、瞳を覗き込んだのが、間違いだった。

まるで他人の顔のように、知らない人の顔のように開かれた大きな瞳から目が離せなくなった。

震え続ける瞳が、永遠に私を見つめていた。

「…い、いや…!」

私の中に訴えかけてくる感情を直視出来なくて、拒絶の言葉と共に私は彼女の手をはじいた。

「!あ、いと…ごめん!」

彼女の手が離れた後も、私の中には、得体のしれない感情が渦巻いたまま、中々消えず、それを取り払うために、呼吸に全意識を集中させた。

その間も彼女は何か語りかけてきていたようだけど、再び彼女が私に触れようとした時、私はその場から逃げ出した。

もし、2人ともある程度成長していたなら、引っ越すタイミングが今ぐらいの年齢だったなら電話などでやり取りを続けることは出来たし、実際会うことだって出来たのかもしれない。

ただあの時期に、互いの親の関係が深くないことは致命的だった。

引っ越すといっても、少し離れるくらいの距離だった。

でも、私自身、住んでいた場所に近寄ることを避けていたので、繋がる手段があったところで連絡も、まともにとらなかったかもしれない。

心のどこかで、彼女に会いたくないと思っていたのかもしれない。

とにかく、あれからだった。

恐怖を感じる何かに直面する度、あの時の彼女の姿が視界の端に幻覚として現れるようになったのは。

その幻覚の症状こそが恐怖症からフォビアへと名前が変更され呼ばれるようになった原因だろう。

そして、今では、その姿は彼女だけに留まらず、顔見知り、街ですれ違った人達の恐怖する姿になって、幻覚として現れるようになった。

最初は荒い呼吸音の幻聴からはじまり、最終的に形を持った幻覚になる。

症状が出る前、過呼吸や目眩は起こるものの、誰かの幻覚、幻聴が発症すると次第に私自身の不調はおさまり、決して恐怖には届かない。

だから、いつも怖がっているのは私じゃない。他の誰か。

だから、私は恐怖なんか感じない。感じたくもない。

完全に個人の趣味になりますが各恐怖症につき、その恐怖症のストーリー、主人公と関連させた詩もひとつ作成し、後書きに載せるつもりです。

詩は後のストーリーのネタバレも含む場合がありますが、詩単体でも成立するようにしています。

何もかも素人ですが、良ければ、そちらもお願いします。


【子供の頃、破】

子供の頃は、悲劇の子であることが許された

歓声と警報が鳴っていた

泣いても明日には止んでいた

今は泣いても明日には病んでいる

語れない何よりもの悪夢を持っていた

感情に正直に、恐怖に呑まれ死んでいた


嫌なこと全部、屋台の景品みたいに

蹴ってこねて遊んでた

射的みたいに、わざと立てては撃っていた

おままごとで焼いて、ヒーローごっこで切っていた

帰る時間に、ひっそり隠して持って帰った

カラスに分けて与えたら、帰る時間なんて

永遠に来ないと思ってた

周りの冷たい顔だって、砂場の上に寝転べば

こそばゆさで、飛んでった


雨具の鎧、赤ずきんみたいに装備して

近所の猫を、虎と名付けて無双して

遊園地の魔王城へ誰よりもはやく

自慢のかけっこで駆けていく

あぁ、生きているのが勿体ない

近所の公園の砂漠で、生きてる謎を解いていく

真実は空より低かった



子供の頃は、一人残らず遊んで寝たり゙

先攻と後攻で揉めていた

何度も走った庭で靴、擦らしてた

今はない、でも足裏が痛んでる

離れない何よりもの悪夢が這って痛い

日常に下敷きに、恐怖を逃れ生きていた


歪な鼓動で鬱、死体を押しやり未来が

すったもんだ病んでいた

狙撃みたいに、目くじら立てられ撃たれてた

まごころが焼かれ、コーヒー、ロットで買っていた

起きる時間に、げっそり隠して持って帰った

カラス二羽鳴いて帰っても、帰る時間なんて

永遠に来ないと思ってた

飾りの冷たい顔だって、砂漠の上で乾涸びれば

肌寒さで、固まった


雷雨の夜に、狼みたいに遠吠えした

近所の子犬が、トラウマ、助けて、懇願して

お化け屋敷の非常灯を誰よりもはやく

自慢のかけっこで駆けていく

あぁ、生きているのが実感ない

近所の公園の枯れ木で、生きてる謎が老いていく

真実は木の上、引っかかった



バネ仕掛けのおもちゃ好きだった

階段、どんどん落ちていくやつ

今じゃ、色々理由言えるけど

その時、傍にいた人、とうにもう居ないから

ドラゴンに食べられて、跡形なくても

花畑のパズル失くさない

視界の隅で、鳴く何億ものマンドラゴラ

きっと、子供の頃から

あぁ、生きているのが堪らない

何もかもが輝いていて、これが涙というものなんだ

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