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いつもゆく道

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやはよ、気に入っている道ってあるか?

 はっきり意識しているものでなくてもいい。「あ、気づいたら、ここよく通っているわ」くらいのもので構わん。

 自宅の近くだったら、ある程度は仕方ないだろう。目的地がそばにあるから自然とそこへつながる道を歩く。それよりももっと手前、選択肢が無数にとれる段階ですでによく歩く道など、決まってはいないだろうか。

 常日頃、新しいものに挑んでみる気力が湧くとは限らない。ときには、手の内さえ知っている物事の中で、自分の好きなように振る舞いたい……なんて気持ちも湧く。慣れ親しんだ道をいく、というのもそのような気持ちの表れかもしれない。


 だが、それを把握しているのは何も自分ばかりじゃない。他の何者かもそれを感じ取っているかもしれず、自分の知りつくしたはずの世界は、いつの間にか侵略されて、いいようにされてしまうかもしれないな。


 ――具体的に、どんなことがあったかって?


 それが、オレが今から話そうとしたことさ。ふと、昔のことを思い出しちまってな。



 あれはまだ社会にフレッシュマンとして出たばかりのときだったか。

 家賃の少しでも安いところを探して、最寄り駅から徒歩18分くらいのところを見つけたんだ。

 足をせっせか動かす人にとって、この分数はあてにならない。あの頃の俺はその半分か3分の2くらいの所要時間で済んでいたと思う。まあ、ひょっとしたら大通りを愚直に進んでいた場合の計算だったのかもしれないが。

 俺は最寄り駅からひと山……いや、ひと丘といったほうがいいか? ちょっと坂をのぼり、あるいては下る、直線距離のルートをとっていた。その丘は、さるお寺の敷地内でたいていお墓が並んでいる。墓参りにケーブルカーを用意しているとか、地元では見ない光景だったから最初は驚いたさ。

 そこの横をかすめる形で上り下りをしていくと、大路沿いを行くよりも5分ほどは早く駅へ着く。引っ越ししてからほどなく、そのことに気づいてからは、たいていその道を行くようにしていたんだ。

 もう壮絶に疲れて、坂をのぼる元気のないときなどは例外だが、それ以外だと家へ着く時間短縮を狙いたい。それならもっと駅近くを選べばいいだろと思われるだろうが、当時のオレにとってお金のほうがもっと重要問題だったんだ。

 お墓の横を通る、ていうのを気味悪がるのはせいぜい中学生あたりじゃないかと思う。仕事をし始めると、幽霊とかより上司のほうがよっぽど恐ろしい。目に見えない点も将来に待ち受けるイレギュラーのほうがやっぱり怖い。

 そのようなことで頭がいっぱいになってくると、恐怖っていうのは心にふとできたすき間を満たす娯楽とみなされるのかなあ……などと、帰り道に哲学したくもなってくるものだ。


 で、その道を通り続けて、そろそろ半年になろうというところ。俺はある人に追い抜かされることが、めちゃくちゃ増えてきた。

 おそらく当時の俺より20ほど年上の壮年期のおっさん。俺がいつも帰る時間帯に例の墓地をかすめた上り坂の途中で、その人を見かけるようになる。

 上着とスラックスはまちまちであるが、いつも髪を逆立ててセットしているから、それプラス背格好でおおよそ判断がついた。

 その人はいつも静かな足取りだ。前を向いて歩いているとき、抜かされてようやくその人が来たことに気付けるほど。足音が全然しない。

 気味が悪いんで、一度駅を出てから頻繁に後ろを振り返って様子をうかがったことがある。俺が駅を出て数分すると、改札から出てくる姿を見るからおそらくは俺と同じ電車かつ、少し離れた車両に乗っているのだろう。

 目にするときから、その人は終始うつむいていて顔を見せない。改札を通る前後から顔を伏せ、正面からはせいぜい額と髪の生え際が分かり、あとは逆立つ髪の毛がその人の顔のあるべき位置を占めている。


 ストーカーという線はなさそうだった。

 その人は俺からだいぶ離れた横を通過し、例の坂道へすっすと歩いていったのだから。

 あらためて見るその運びは、静かにして速歩。ためしに俺が早歩きをしてみても、じわじわとだが差をつけられていく始末だ。そしてまわりに人がいなくなると、木々の葉が成すざわめきばかりが耳に入って、その人が地を踏んでいく気配は全然感じない。

 おそらく家が、俺の通る道の途中にあるのだろう、と思ったよ。だったら帰る道が重なるのも自然なことだし、そのときは俺があの人を追いかけるかっこうになったのだが。


 例の墓の横を通り過ぎたときだ。あの人はこのとき、すでに10メートル近く前を進んでいるも、道そのものの見通しは良いから頭から足元まではっきり確かめられる。

 ふと、背後からいきなり大きめの足音がしたんだ。がつがつがつ、と速めな足運びであるが、やたらアスファルトに混じった石を踏み転がしていく音を立て、雑さが前面に押し出されている。

 誰が来たのかと、振り返ったものの誰もいなかった。けれども、音だけは確かに響いてきている。こちらもまたかなり速い。

 いぶかしげに首をかしげる俺の横を、音が通り過ぎていく。疲れのせいもあってか、不可解な現象を思いのほか落ち着いて見送る俺は、ふと前方へ遠ざかっていくあの人を見やった。

 この音、あの人の動きと連動しているように思えたんだ。もしもあの速歩できちんと音を出していたならば、きっとこのステップそのもののようになるのではないかと。

 俺もまた追いすがりながら、なおのこと聞き耳を立てていく。やはり、前を行くあの人が足取りばかり置き去りにしているような、動作のみが先立っていたんだ。

 その人は音が聞こえているのかいないのか、歩きの速さを緩めることも早めることもしない。が、音のほうはというと、なおのこと加速して遠ざかっていくとともに、あの人との距離をつめていく。


 そうして、おそらく音が完全にその人へ追いついたと思ったとき、その人はふっと目の前から消えてしまったんだ。

 目をぱちくりさせたよ。その人のいたあたりを探ってみても、落とし穴とかの姿を消すことになる原因が見当たらなかったからな。そして、その日以降あの人が俺を追い越していくことも、駅から姿を見せることもなくなったんだよ。

 あの人が幽霊のたぐいだったのか。それとも同じ道を通り続けるがゆえに、例の音だけの主に目をつけられた存在か……結論は今も出ずにいるな。

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