零
───考え事をしているとあと1分で年が明ける事になった。
「………」
僕は立ち上がり、時計と睨めっこをする。
そして───
僕は0時になった瞬間ジャンプをした。
「…………」
謎の満足感。
一度やってみたかった事である。
ライムの通知が来た。
家族や栞太や他の友達からだった。
一通り返事を終えると、時計を見る。
時刻は0時15分を回ったとこ。
僕は外に出る事にした。
なんとなく外の空気にあてられたかった。
コートを羽織り、ポケットにスマホと財布と鍵、そしてお気に入りの本を入れ、玄関へ。
靴を履いて、鏡を見る。
軽く前髪を整えて、外に出た。
冷たい空気が頬に触れ、全身を包んだ。
空は晴れているが真っ黒で、マンションの明かりが僕を照らした。
階段を下りて、敷地内を出る。
こんな時間に外に出たのは初めてで、緊張しながらも開放感があった。
ここはさっきよりも暗いせいか、星がいくつか見えた。
何の星なのか分からない星と目が合っている。
あの星からは僕の事は見えないけれど、それでも光と目で繋がってる気がした。
駅の方へ歩くと、1つの影があった。
最初は暗くて分からなかったが、それが知った顔だと判明して声をかけるか悩む。
そうして中途半端に近づいた所で相手がこちらに振り向いた。
「……芦遊、君?
なんでここに」
「砥峰さんこそ。
なんでこんな時間にここに?
確か君はこの辺りに住んでないよね?」
「……終電に乗って来たの。
ただ……ちょっと遠くに来たかっただけだから」
「そっか……」
この場を離れるのが自然な流れなのだが、女の子をこんな時間に1人にするのは危ない。
何より砥峰さんの表情がどこか儚げで、放っておけなかった。
「どうしたの、まだ何か用?」
「いや……こんな時間に1人にしておくのは危険かなって」
「そういう気遣い今はいいよ。
1人にして、お願いだから」
そして彼女はより一層表情を歪めた。
「………ただ僕がここに居たいだけって言ったらどうする?」
「何それ。
………どうしても1人にさせたくないんだね」
「目が覚めて女の子が行方不明とか、学校始まってから実は、とか聞きたくないから。
そうなったら絶対後悔するし」
「芦遊君は優しいんだね、ほんと。
でも私は大丈夫……だから」
「ならせめて何処に行くのか教えて。
家に帰ったら僕に連絡して」
「過保護すぎ。
何処って……別にこれといっては。
ただ思うままに歩きたいだけで」
「ここ山の上なんだから、余計に危ないのは分かってるんでしょ?
僕としては、送るから帰った方がいいと思う」
「なら、貴方もなんで外に居るの?
男の子だって襲われてもおかしくない時代だよ」
「それでも女の子の方が危ないよ」
話は平行線だった。
諦めてその場を離れようと顔を上げた時、少し離れた所から僕達を見る影を見つけた。
「国道、さん?
君もなんで……ここに」
「盗み聞きするつもりは無かったんだ。
……ただ、ボクも外に出たくて。
居ても立ってもいられなくて、砥峰さんより前にここに来てた。
歩いて駅の方へ来たら2人が居て。
衝動的に来たから、終電逃してるのさっき知ってさ」
すると砥峰さんの表情が少し柔らかくなった。
「なんだ。
皆同じような理由でここに来たんだね。
そういえば芦遊君の理由聞いてなかったね。
君もそうなの?」
「まぁ……なんとなく外に出たくて」
3人で零れるように笑った。
「そうだ。
この後行く宛ても無いのなら、いい場所を知ってるんだ。
行ってみない?」
「いいよ。
どうせ行くとこないし」
「ボクももちろん賛成だよ」
「じゃ、行こっか」
3人歩幅を揃えて歩き出した。
ゆるやかな坂を下っていく。
木々が闇に覆われ、何か得体の知れないもののようだった。
それでも確かな街灯を頼りに歩いて行く。
着いたのは休憩スペースのような小さな建物だ。
中に自販機2台とソファ2つがあるだけの、空間。
夜中のせいか開いてはいるが、明かりも暖房もなく自販機の光だけがこの空間を照らしていた。
「何飲む?」
「私、ミルクティーかな」
「ボクはコーヒー」
「僕はココアかな」
それぞれ好きな物を買って、ソファに座った。
「暖房は無いけど、部屋の中だから風も吹いて無いしマシね」
「うん。
……温かくて美味しい」
「そうだね」
この温もりが欠けていた何かを埋めてくれるような、満たされた気持ちになる。
きっと1人じゃなく、誰かと居るからだろう。
「この後どうする?
ボクはもうちょっと歩いていたいけど」
「なら、公園は?
夜だから開いてる店無いし、案外楽しいかもよ?」
「近くに公園あるよ。
あとちょっとしたら行こ」
公園へ向かう最中、こんな話になった。
「私ね……こんな事言うの普段の自分からは考えられないんだけど。
私って恵まれてるじゃない?
家族が居て、友達が居て、勉強も運動も出来て。お金持ちで。
そうしてなんでも持ってる癖に………なんだか無性に寂しいんだよね。
……おかしいよね。
両親とも兄妹とも仲良いのに。友達とも頻繁に遊んでるのにね。クラスの人も良くしてくれて。
なのに……なのにそれじゃこの寂しさは埋められない。
誰でもいいから温もりが欲しくて」
そう言いながら彼女はそっと、僕の服の袖を引っ張った。
「……ああもう、だから嫌だったんだよ誰かと居るの。
だって……こんなのわがままで………恥ずかしいじゃん。
でも……でもどうしたらいいのか分かんなくて」
「その気持ちボクも分かるな。
ボクも寂しくて、ただ抱きしめてくれるような存在が居ればなって。
恋愛感情とか、そういうの抜きで。
ただ傍に居て、抱きしめてくれる存在。
それ以上は望まないからって」
僕はどうなのだろう。
今までそうした感情を抱いた事はあったのだろうか。
昔あったような、無かったような。
少なくとも今、少しだけその気持ちがあるような感覚はある。
「僕は2人程じゃないけど、その気持ちは少し分かるよ」
「ボク達似た者同士、だったんだね。
今の今まで知らなかった」
「だね。
私も、似た立場にいるなとは思ってたけど。
こうも共感できるなんて」
公園についた僕達はまるで子供のようにはしゃいだ。
ブランコを高く漕いで、冷たい滑り台を滑って。鉄棒にチャレンジして。ジャングルジムの上に登って。
こんなに遊んだのは小学生以来だった。
くだらない話をして、ただただ遊んで。
まるでこの時間だけが切り取られたように存在しているようで。
そろそろ帰る前に、小さな神社を見つけたのでお参りする事にした。
そこは鳥居と賽銭箱、小さな社があるだけの狭い空間だった。
賽銭を入れ、手を合わせる。
僕は目を瞑って、普段はしないお願い事をした。
ぽつり、と国道さんが社を見つめたまま口を開いた。
「ボク……このままじゃいけない気がするんだ。
だから、街を出ようと思う」
帰り道、砥峰さんが先程の国道さんの言葉について話しかけた。
「街を出るって、卒業してから?
それとも今からって事?」
「……それは分かんないけど。
このまま家族に甘えてちゃ、ダメだと思うんだ。
でもその為にはお金を貯めないと」
街を出る。
そんな事考えた事もなかった。
父の仕事を継いで、許嫁と結婚をして、この街で一生を終えるとそう考えていたし、父もそれを望んでいる事だろう。
「……ねぇ、なら一緒に協力しない?
私も一緒に考えるから。
バイトも始めたいって思ってたし」
「砥峰さん……ありがとう。
……芦遊君はどう、思ってるの?」
この近くの大学を受けて、仕事を継いで、安定したら結婚して。
その子に継いでもらうために子供をつくって。
そうしてこの街から出ること無く一生を終える。
果たして本当にそれでいいのだろうか。
初めてこの事に疑問を抱いた。
この見え透いた未来を、自分の力……いや3人でなら変えられるのかもしれない。
そう思うとワクワクした。
現実的な問題はいくつもある。
けど、それでも僕は───
「僕も……僕も出たい。
僕達3人で一緒に出ようよ」




