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そしてB型の世界は始まる  作者: ぞっぴー
そしてB型の部活動は始まる
90/90

90.激闘の先

 瀬名は駆ける。

 湿った土を蹴り、幹を踏み台にし、ほとんど重力を裏切るような角度で壁を駆け上がった。

 登りきるその瞬間、彼女の身体は空中でしなやかに反転する。

 逆さになった視界の中、追跡者の影を正確に捉え、迷いなく引き金を引いた。


 乾いた銃声が森を裂く。


 だが戸呂は当然とでも言いたげな顔で弾道を読む。ほんの紙一重、寸分の無駄もなくそれを躱し、着地と同時にゴムナイフを振るった。


 刃と刃が噛み合う。間隙を縫うように銃声が差し込まれる。

 しかしどれも決定打にはならない。


 互いの回避は最小限。避ける動作そのものが攻撃へと転じ、流れるように次の殺意へと接続されていく。

 一撃がそのまま必殺に変わり得る距離。

 呼吸の乱れ一つが命取りになる攻防。

 瀬名は相対しながら目を剥いていた。


 ――成長している。


 そう肌が感じる。刃を受ける腕が知っている。そして、心が認めている。


「まぁまぁ耐えるじゃない」


 皮肉めいた声色。けれどそれは煽りではない。

 紛れもなく瀬名の本心だった。あったはずの差が縮まっている。

 その成長は怒りゆえか。置き去りにされた悔恨か。それとも失った者を取り戻したいという執着か。

 それは彼女には分からない。


 分かるのはただ一つ。

 自分が部を去ったあとも戸呂は刃を研ぎ続けていたということ。

 瀬名は自らの力が劣ったなどとは微塵も思わない。

 変わらぬ自分がいるからこそ、戸呂はここまで這い上がったのだと知る。

 含み笑いが漏れる。称賛だ。

 ここまで追いすがってきた男への静かな賛辞。


 だが――。


 その高みはまだ遠い。


「――ぐはっ!!」


 不意に瀬名は銃を投げつけた。

 虚を突く動き。

 平静を装っていても戸呂の視線はわずかに武器を追ったその刹那。

 飛び込んだ膝が腹を穿ち、身体をくの字に折る。漏れ出た息を塞ぐように顎を鋭くかち上げた。

 逆手に持ったナイフは虚空に弧を描く。

 打撃を受けながらも戸呂の目は死なない。

 刃から、彼女から、決して逸れない。


 どれだけ傷つこうと殺されなければ負けではない。


 その闘争心を折らなければ勝利はない。瀬名は静かに指針を定め直す。

 強風が吹き荒れ、葉を巻き上げる。

 二人を包み込むそれはまるで森そのものが歓声を上げているかのようだった。

 一定に届いていた無線の声。それが途切れていることに瀬名は遅れて気づく。

 それは激闘の集中の故、気付かなかったか。はたまたこの間の応答が無かったのか。


(無駄なことは考えるな!)


 だがすぐに切り捨てる。他者を気にしている場合ではない。

 どのみち目の前の敵を倒さなければこの戦争に勝利はないのだから。


 戸呂は距離を取る。銃を構える。

 瀬名の飛び道具は自分の後方。一般的なら遠距離では明確な優位。

 それでも瀬名の放つ圧がその優劣を塗り潰していた。

 戸呂は一瞬、彼女の銃へと視線をやる。

 思考は刹那。次の瞬間、行く手を遮るように瀬名の前へ立つ。

 拾わせるわけにはいかない。

 だが自分が回収するのも愚策。

 それこそが彼女の狙いかもしれない。


 戸呂の銃が火を噴いた。

 幾重に織り込んだフェイントも虚しく、瀬名は飛来する弾丸だけを寸単位で躱す。

 戸呂は悪態をつく余裕すら削られていく。


「……っ! 弾切れか」


 地面に落ちるマガジン。

 腰から抜いた予備を差し込む動作は洗練され、二秒にも満たない。


 だが、それで十分だった。

 川に身を預けるように。予備動作もなく、瀬名はするりと間合いを詰める。

 引き金が引かれるより早く、銃口を抑え込む。


「化物がっ!」


 戸呂のナイフをスウェーでいなし、大きく回し蹴りを放つ。

 軸は手にした銃、相手からしたら奪われるわけにはいかない。これを起点に攻め手をつくる――と思っていたのだがそれはすぐさまと打ち破られた。


 戸呂はあっさりと銃を手放し、その手で蹴りを外へ流したのだ。

 そして迷いない殴打。

 それも躱されると彼は無防備に背を向けて走り出した。


 怪訝に思いながら、瀬名は拾った銃を向ける。

 そして悟る。


「……なるほどね」


 交換されたマガジンも空。嵌められたのだ。

 だが、それは相手も同じ。


 戸呂は瀬名の銃を拾い、マガジンを確認する。

 ――空。

 森の奥で二人は同時に理解する。


「格闘戦で決着をつけるしかないわね」


 ナイフを構える瀬名。

 だが、呼応する戸呂の動きにわずかな違和感を感じた。

 マガジンを戻すその一瞬。何かが加わった気配。

 だが仮に弾を込めたとしても一、二発が限度のはずだ。

 迷いなく瀬名は踏み込む。銃声はすぐさま響いた。


 一発。

 二発。

 三発。


 ――おかしい。


 弾道を躱しながらふと腰に触れた手が空を掴む。

 差していた予備マガジンが消えている。落とすはずがない。

 ならば、いつ。

 思考が逆流する。

 戸呂の銃を奪った瞬間。あの大振りの拳。あれは攻撃ではなかった。

 掠め取るための布石。


「手癖が悪いのね」

「……勝ちを優先するのが俺のやり方なんでな」

「けどどうする気? 一人銃を持ったくらいじゃ勝敗は揺るがないわよ?」

「この場の決着はつくさ。悲しいことにな」


 言い終わると戸呂の気配が変わった。

 鋭さが増したのではない。むしろどこか物悲しいような。

 待ち望んでいた一日が終わる。その夕暮れのような。


「ちゃんとした勝敗はまた後日だな。お前が部に戻れば、いつでも戦える」

「何を……!?」


 すっと、銃口が瀬名から外れる。

 誘導でも、ブラフでもない。瀬名はその先を追う。


 風が止まる。森のざわめきが遠のく。


 そして――。

 彼女の両眼が大きく見開かれた。

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