89.残された四人
「鬱陶しいな……」
強は大木の裏、湿った樹皮に背を預けて小さく吐き捨てた。けれどその独り言を拾ってやる余裕など、戦場の風はとうに失っていた。
彼等はまたも強襲を受けていた。しかし此度は先程とは違う弾幕の圧、先程が攻めならこちらは守り。
まるで強達をその場に釘付けにするかのような横隊での射撃の雨。
その隙間を狙うタイミングを掴めぬまま、強達は隠れ潜むしかなかった。
それには理由がある。こんな時に頼りになる存在が離れた場所で横たわっているからだ。
その少年を抱き起こすように皆人は支え、強へ首を振る。
「ムックはもう駄目だ!」
皆人の焦った声に振り向くと、彼はぐったりしたムックを抱き起こし、肩を必死に揺さぶっていた。
青白い顔、空っぽの視線。強はその情けない有様に頭を抱え、声を荒げる。
「蓄えは無いのか!?」
ムックは空腹であった。持っていた食料は食べ切り、皆人が予備で持っていたお菓子ももう腹の中だ。
常人ならば持て余すだけの食料も彼にとっては些細な物である。燃費が悪すぎる。
ムックのゲージは尽きようとしていた。
「一応ローズのバックパックに大量に詰め込んでたんだが――」
皆人の言葉はそこで止まり、横を掠める弾丸に腰を落とす。
ムックの非常食担当にして奔放なお嬢様はもういない。ブツを持ったまま戦場から離脱している。
強は怒りのままに声を荒げた。
「あの縦ロールがぁぁあ!」
それに釣られるように弾幕が強へと集中する。大木の裏で八つ当たりするかのように地面へとゴーグルを叩き付ける。
全てはあの身勝手な女が招いた事態だと、自分勝手に飛び出した挙句、貴重な弾幕源を失ったばかりかまさかここへきて更に追撃を被せてくるとは。
全てが終わったらお仕置きだな、強はそう決定することで一時、心を落ち着ける。
そんな強へ更に状況の危険度を捕捉するように皆人は声を上げた。
「しかもこちらは人が少ない」
強は頭をくしゃくしゃにするように掻き、辺りに目を向ける。
その範囲に映る人物は四人、いずれも木を盾に防戦一方である。
その中の一人に叫ぶように聞く。
「二人はどこ行ったんだよ!」
そんなぶっきらぼうに投げかけられた質問に応えたのは二駅である。
彼はかぶりを振ると目線を合わせた。
「分かんない。トイレっしょ?」
聞いたのが間違いだったと言わんばかりに強から溜め息混じりで声が漏れる。
その二人とは門居と一佐のことである。
彼等は気が付けばこの戦場から離脱していた。
「桜もだよ!」
雑に撃ち返しながら口を挟んできたのは皆人だ。ムックの介抱もしなければならないのに、その怒りが沸々と湧き出ている。
しかしそちらの話は問題ない。強は口にはしなかったがそれとなく察した皆人から追及はなかった。
それよりも、だ。この状況を打開する手はないか。強はそちらの方へ意識を向ける。
今のところ運が良いのか敵は切り込んではこない。こちらの人数が少ないのはバレていないようである。
敵の弾幕は厚い。人数を割いているのだろう。
それで何故、攻めてこないのかは分からないが左右の警戒を怠る事はない。
今攻められれば簡単に崩壊するのは目に見えているからこそ鷹のように鋭い目で異変を探す。
それにしても弾幕が濃すぎる気がする。ふとそう感じた彼のもとへ一つの通信が届いた。それは簡素に、簡潔に。
『こちら美月、スナイパーを倒したわ。急いで配置に移動する』
『でかした!』
これで戦況はこちらに傾く。あとは瀬名が戸呂を倒せば流れは一気に持っていけるだろう。
そこで強はやはり違和感を覚えた。知る限り残存する敵勢力を数えてもこの弾幕量はおかしすぎる。
恐る恐る弾丸の雨に身を晒しつつその目で敵を見据える。
「……二丁持ちか?」
それはローズを幾人か配置したかのような雨霰。しっかりとした姿は確認できなかったが盾も捨て全員が両の手に自動拳銃でも持っていないと説明がつかない。
機動性の観点から攻め手がない? いや、違う。何らかの狙いでここに縫い付けているとしかみえない。
考える限りは瀬名との一騎打ちに介入させない為か。
そう結論付けるのはお粗末だ。
しかしだからといってこの弾幕が脅威なのはかわりない。
今のこのメンバーで突破するのは容易ではない。
切り返すのも後退するのも難しいこの場で背に当てた大木が異様に頼もしかった。
動くのも許されない状況で事態が好転するタイミングを息を殺して待つしかなかった。




