81.矜持の一対一
『こっちの敵が引いてったわ。そっちに合流した方がいい? ……ってか、生きてる?』
耳に届いたのは桜の通信だった。つい先ほどまで耳をつんざいていた銃撃音はもうない、戦場を覆うのは風が吹き抜ける音と木々の葉擦れだけ。
嵐の去った後のような妙に澄み渡った静寂が辺りを支配していた。
『生きとるわ! ……これからの動きを決めたい。一度戻って来てくれ。ただし周囲は警戒しながらな』
『りょー』
軽々しくもどこか安堵を含んだ返事が返ってくる。
その呑気さに強は深いため息をひとつ吐き、額にかいた汗を無造作に拭う。
頭を掻いた彼の指先はどこか無意識に震えていた。
二人が無事に帰還した時、戦線に漂っていた不安がほんの少し和らいだ。
皆人は手早く現状を整理し、地面に書いた地図の上に情報をまとめながら、冷静に次の手を練っていく。
その声に耳を傾ける誰もがただ黙って真剣に聞き入った。
確認された敵の残存兵力は遊撃部隊が五人、盾持ちが二人、スナイパーが一人……そして戸呂。
「残り九人か?」と、鉄将が低い声で確認する。しかし強はすぐに首を振った。
「……いや、十人だ。もう一人スナイパーがいる」
その言葉に皆人はわずかに眉をひそめ、強の顔を見る。彼は木に背を預け、目を閉じたままじっとしている。
その静かな佇まいにはいつもの軽快さはなく、神経を張り詰めるような硬さがあった。
「見えたのか? スナイパーが」
「……ああ、見えた」
短く、しかし少し歯切れの悪い返答。
あの混沌の中、深く潜む狙撃手を捉える強の鋭さに皆人はひそかに息を呑んだ。強の感覚が正しければ確かに数は合っている。
皆人は小さく頷くと、二人の狙撃手がいる前提で作戦を組み直した。
「鉄将は美月を守れ。スナイパーはうちの要だからな」
「ああ、任された」
強が重々しく応じると、鉄将は奪い取った物をぎゅっと握りしめた。彼の手に残るのはたった一枚の盾。
それは強が敵から力ずくで奪い取った、紛れもない戦果だった。既に他の装備は審判団に回収されていた。
「ってことは鬼怒川君は私の騎士ってことね」
美月が茶化すように笑いかける。その無邪気さに鉄将は怪訝そうに眉をひそめたが何も返さなかった。
そのやりとりを強はちらりと視界の端で捉えながら思考をめぐらせる。
この閉塞感を打ち破るにはどうするべきか。
瀬名、桜、ムック、美月、規格外の戦力で一気に押し切ることもできるかもしれない……しかし強の胸の奥にはいくつもの不穏な違和感が蜘蛛の糸のように絡みついていた。
ふと皆人に視線を巡らせたが結局、言葉は呑み込んだ。
「あんたはどうするんだ?」
強はここにいる誰よりも異質な存在——瀬名に問う。
「……もう、手を出してしまったんだもの。前線に出るわ」
瀬名はそう言って静かに息を吐いた。その瞳には決意の光が宿っている。
これからは戸呂自身が動いてくる。だからこそ他人に任せてはいられない——彼女の眼差しがそう語っていた。
その時だった。突如、耳をつんざくようなハウリング音が響く。
全員が条件反射のように耳を押さえる。
「……聞こえているか、瀬名! 俺とお前のタイマンといこうじゃねぇか!」
低く、しかし山々に反響して響く声。
挑発するその言葉の主は戸呂だった。声の主は遠いがはっきりと通っていた。
強は警戒任務についていたムックへと目をやる。彼は一度だけ周囲を見渡し、無言で首を横に振った。敵の気配はないらしい。
全員の視線が瀬名に集まる。その場に漂う張り詰めた空気の中、彼女はゆっくりと顔を上げる。
「……当然、受けるわ。でも——」
続く言葉に強は静かに頷いた。
「分かった。俺達で警戒しとく」
サバゲー同好会のモットーは『なんでもあり』勝てばいい。それが全てだ。この決闘も何が起きるかは分からない。
「美月、お前は二人が見える位置に潜伏してくれ」
「潜伏して……何をすればいいの?」
「撃てるなら、戸呂を撃て」
強の声には冷たい決意がにじんでいた。しかし瀬名が口を開く。
「……スナイパーを配置するのに文句は無いわ。けれど撃つのは少し待ってもらえるかしら」
その声にはほんのわずかな揺らぎがあった。彼女の矜持がそう言わせたのだろう。
横槍を入れられるならそれも仕方ない。しかしせめて本当に一対一が望まれるならこちらから引くわけにはいかない。
「勝てるんだな?」
「私が負けると思うの?」
瀬名の目は敗北を知らない、そんな眼差しであった。
「……分かった。タイミングは美月に任せる」
「了解。介入されたり、瀬名先輩がやられたら撃てばいいのね?」
「……それでいいわ。ありがとう」
これで瀬名の決意は固まった。
門居がぽつりと背中を押すように声をかける。
「先輩なら勝てます。頑張ってください」
その短い言葉に瀬名はわずかに目を細めると、小さく、しかしはっきりと頷いた。
「ええ。私は戸呂を倒して、必ずここへ戻るわ」
その決意の響きが重く、しかし確かに一同の胸に届いた。
その決戦の時は刻一刻と迫っていた。




