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そしてB型の世界は始まる  作者: ぞっぴー
そしてB型の部活動は始まる
75/89

75.戦いのカウントダウンは刻一刻と

「そして君達が戦ってもらうフィールドはあそこだ」


 オーナーZenはカウンター越しに指を伸ばした。

 窓の向こう、陽射しに照らされているのは先ほど強達が一瞬目にしていた立派なフィールド。

 金網に囲まれた複数の遮蔽物、整えられたバリケード、見晴らしの良い高台までが揃い、まるで雑誌の一幕のように完璧な風景が広がっている。


「だろうな」


 強が鼻を鳴らし、納得したように頷く。


 だがーー


「違う。そこじゃない」


 淡々と告げられた訂正に一同の目線が揃って硬直する。


「えっ……?」


 その指の軌跡を改めて目で追っていく。

 よく見ると整備されたフィールドの奥のさらに上方、そこには木々が生い茂る未整備の森が広がっていた。


 ざわり、と誰かの心が揺れた音がした気がした。


「……あそこ、ですか?」


 桐人から呟かれた問いにオーナーは誇らしげに頷く。


「あそこが君達に相応しい戦場だ」


 言葉の語尾にぞっとするほどの熱を感じた。


「……あそこにもフィールドがあるんですか?」


 美月の声がわずかに裏返る。見た目にはどこにも人工物は見当たらなかった。


「いや、ない」


 まるで当然のように即答され、次の瞬間、美月の頭上にハテナマークが浮かび上がる。


「……どゆこと?」


 無理もない。眼前の親父が何を言っているのか、誰にも分からなかった。


「本物の戦場があんなに整備されていると思うな。君達が戦うのは、木々が鬱蒼と茂る森だ!」


 オーナーの口元が持ち上がる。明らかにそれを楽しんでいる笑みだった。


「もともと、あのフィールドも使ってないからね」


 ぽつりと、瀬名が横から補足する。


「えっ……それってどういうことですか、瀬名先輩?」


 門居が戸惑い気味に訊ねると、瀬名は涼しい顔のまま小さく肩をすくめる。


「前にオーナーが言ってたの。あれはホームページ用のフェイクフィールドって」

「……詐欺じゃん、それ」


 皆人が顔をしかめた。


「いやいや! それは違う! こちらから真のサバゲーを提案して……それで納得してないクレー……プレイヤーにはあのフィールドを貸したり貸さなかったり……な!」


 必死なオーナーの言い訳。口調が崩れて「クレーマー」と本音が出かかったことで全てが台無しだった。


「勢いで誤魔化せると思うなよ」


 皆人の冷静な一言がオーナーの胸を正確に撃ち抜く。


 普通に遊びたい客をクレーマー呼ばわり、そして自らの思想を押し付けてくる過剰な演出。その全てがネットのレビューに書かれていた星の少なさの理由だった。


 皆人はふと、そんな中に紛れ込んでいた数件の高評価が脳裏を過ぎった。


「ちなみに……ほぼ最低評価の中にある数件の高評価。あれ、サバゲー同好会の仕業」


 皆人が口に出すよりも先に瀬名がすっと暴露する。


「良いレビューを入れることで格安でこの場所を借りてるってわけ」

「瀬名ちゃん、皆まで言わないで……」


 泣きそうなオーナーの背を黒装束の黒子がそっとさする。腹筋の割れたその姿がより一層悲哀を増幅させていた。


「もういいだろ。早く始めようぜ」


 会話の流れを断ち切るように強が前に出る。口元は不敵に笑っていた。


 オーナーの気持ちなんぞ知ったことか、と強の言葉に皆人は頭を掻いた。


「……お前、鬼だな」

「えっ?」

「いや、鉄将君のことじゃないよ」


 その一言で【夕暮れの鬼人】がぴくりと反応した。桐人が慌ててフォローを入れていた。


「互いのスタート地点にフラッグがある。全員が持ち場に着いたら、開始の合図を送る」


 オーナーがそう言い終わると同時に戸呂が笑いながら扉を開ける。


「サバゲー同好会は赤フラッグへ向かう。瀬名に求平強……せいぜい、足掻くんだな!」


 高らかな笑い声を残しながら、彼は黒い影を連れて森へと消えていった。


 その背を見送りながら、ローズが鉄将の背中から荷物を一つ下ろし、ぱっと華やかに笑みを浮かべる。


「では、わたくし達も準備に入りましょう!」


 お嬢様の笑顔はまるでピクニック前の少女のように無邪気だった。


 ◇◇◇


 サバゲー同好会は森の小道を抜け、赤フラッグのある小高い丘にたどり着く。そこで声をかけられた戸呂は振り返った。


「戸呂先輩、この勝負、ちょっと一方的にならないっすか?」


 マスクを外しながら近づいてきたのはぱっちりとした目を持つ少女、サンと呼ばれている二年生だ。

 彼女の背中には身の丈に合っているとは言いがたい巨大なスナイパーライフルがずっしりと掛かっていた。


 だが長年の相棒だけあって振り回されることはない。その調子の良さは抱えただけで手のひらが覚えていた。


「……お前はどういう見解なんだ、サン」


 部長が軽く問うとサンは迷うことなく即答した。


「そんなの簡単っす。蹂躙っすよ。素人も、瀬名先輩も!」

「ふっ、大きく出たな」


 口元をつり上げながらも戸呂の目にはわずかな曇りがある。それを察したのか、後方にいた三年が肩を組みながら茶化す。

 彼は戸呂や瀬名とサバゲー同好会で共に戦い抜いた戦友だった。名を津名(つな)という。


「こいつ、模擬戦では瀬名に負けっぱなしだったんだぜ」

「……ぐぬぬ」


 明らかに拗ねる戸呂。だがサンはすかさず間に入る。


「じゃあ今は戸呂先輩の方が上っすよ! だって瀬名先輩はブランクあるし! 今この瞬間も戦場にいるのは私達ですから!」

「ぷっ……あはは! そうかもしれんな、サンよ!」


 戸呂の背中を津名はぱしんと叩く。その音が緊張した空気を和らげた。


 戸呂は空を仰ぎ、叫ぶ。


「俺達はもっと上を目指す! まずはぬるま湯に浸かった瀬名を戦場へ引きずり出すッ!」

「どっちにしろ、瀬名という戦力はうちには必要だからな。理解しろよ、サン」

「何で私に言うんすか? 分かってるっすよ」


 仲間達が笑う中でサンも無邪気に返す。


 やがて赤フラッグを囲んで各々が準備に入る。装備のチェック、弾倉の確認、最後の無線調整。


「瀬名はどうする? お前が相手するか?」


 津名の問いに戸呂はしばし沈黙した後、サンの言葉を思い返すように視線を遠くに飛ばした。


「いや、もし瀬名の力が鈍っているなら俺が出る必要もない。殺れるなら……殺れ!」


 その言葉を皮切りに隊内の温度が一気に上昇する。瞳が鋭く光り、呼吸が静かに速くなる。


 津名が続けて言う。


「……それと、もう一つ伝えておきたいことがある」


 津名はそっと近づき、耳元で何かを囁いた。戸呂は眉をひそめた。


「確かか?」

「ああ」

「それは面白いな。ならばサンの言った通り……」


 その時、無線機から男の低い声が響いた。


『パーティーの始まりだ。諸君ーー健闘を祈る』


 場が凍てつくように静まり、そして燃え始める。


 戸呂は高らかに右手を掲げ、鋭いハンドサインを切る。


「行け! 文芸部と金敷部を蹂躙してこいッ!」


 号令一閃、サバゲー同好会の部員達は木々の間へと一斉に駆け出した。


 静かだった森が戦場へと変わる瞬間だった。

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