73.彼らは戦場へと赴く
いくつもの電車を乗り継ぎ、揺れるバスに身を任せながら皆人はじわじわと積もる疲労と共にため息をついていた。
距離としてはさほどでもないはずだが乗り継ぎの悪さと山奥の地理が相まって目的地は絶妙に遠いという表現がこの上なく的確だった。
休日に何故こんなにも苦行めいた遠出を……。
窓の外を流れる木々の緑を眺めながら皆人は自問する。
昨日までの自分は何故やったこともないサバゲーにこんなにも乗り気だったのか。今となってはあの時の自分を抱きしめて諭したい。馬鹿か、と。
バスを降り、舗装された道から山道へと入ると濃密な森の匂いが鼻を打った。
湿気を含んだ空気が夏の兆しを微かに孕んで肌にまとわりつく。
そして視界が開けた先に目的の場所はあった。
前方ではしゃぐ部長を横目に桐人は無言でスマホを取り出し、建物をカメラ越しに捉えると検索をかけた。
「真のサバイバルフィールドZEN、だってさ」
「なんだその厨二病みたいな名前は」
声の主は鉄将。木々の間からまるで森に潜んでいた巨人のように現れる。
その頭一つ分抜き出た身長はどこにいても否応なく目立つ。駅のホームで人混みに紛れても見つかるのは当然であった。
「うわ……星1.5なんだけど、ここ」
スマホを覗き込んだ桐人が表情をしかめる。レビュー欄をスクロールすれば、負の評価がいくつも飛び込んでくる。
『オーナーのおっさんがうっとおしい』
『おっさんが拗れている。普通のサバゲーをさせてほしい』
『フィールドは整備されていて素晴らしい。フィールドは』
そこまで読んだところで皆人は目を上げた。
建物の奥、木立に囲まれた空間に広がるのは意外にも本格的な戦場。
木板で組まれた障壁、盛り上げられた土が築く壁、土嚢が積まれた塹壕。両端には見張り台のような櫓まである。
まるで戦場のジオラマがそのまま等身大になったかのような風景だ。
気づけば皆人は自分がその戦場に立ち、銃を構える姿を想像していた。
その妄想から我に返った瞬間、首をぶんぶんと横に振る。想像に浸りすぎていたことがひどく気恥ずかしい。
その様子を鉄将が怪訝な目つきで見ていた。無言のツッコミのように。
「皆さん、お早いご到着で」
柔らかな声が後ろからかかる。振り返るとローズを先頭に残りの面々が到着していた。
ローズの後ろには数人の黒服が重そうな荷物を抱えてついている。護衛……ではなく、明らかに荷物持ちだ。
これで金敷部の面々は全員集合というわけだ。
「どうやって来たんだよ、お前ら」
強が半ば呆れたように問いかけると、それに答えたのは目を輝かせた妬根美月だった。
「巨傲さんの車に乗せてもらったの! あんな長い車、初めて乗っちゃった」
「上機嫌だな、妬根」
「最初はリムジン見て皺寄せてたんだけど乗ったらすぐこれよ」
相変わらずのチョロさを見送り、強は「その手があったか」と地団駄を踏みそうな勢いで悔しがった。
あの長い旅路は何だったのかと問い質したくなる勢いで。
「あなた達、何騒いでるの? 早く中に入りなさい」
建物の扉から顔を出したのは瀬名だった。その奥からは門居の姿も確認できる。
ローズは荷物を鉄将に任せ、黒服を一礼と共に帰らせると颯爽と建物の中へと歩を進めた。
室内には無数のエアガンが飾られ、弾丸や関連アイテムが整然と並んでいる。
試射用のシューティングレーンも完備されており、銃の精度を確認する場もあるようだ。
休憩スペースにはテーブルと椅子が並び、そこではすでに文芸部の面々がリラックスムードで談笑していた。
お菓子コーナーを物色しているのは、言うまでもなく金敷部の大食らい——ムックである。
ここだけ見れば、設備も整っていて居心地の良い店舗だ。
だがレビューの評価を貶めているであろう何かがスタッフルームの扉を開いた瞬間に全員はその理由を悟ることになる。
「君達が金敷部だね。私はこのフィールドのオーナー、Zenだ」
そう言って現れたのはスキンヘッドに口髭を蓄えた屈強な男だった。
鉄将に匹敵する体格と威圧感に強でさえ一瞬言葉を詰まらせる。
「……裏の人間ですの?」
ローズの天真爛漫な発言が静寂に響いた。慌てて皆人が肘でツッコミを入れる。
しかしオーナーは腹の底から笑い声を響かせた。
「ガハハ! 面白いお嬢さんだな。私は至って普通のまっとうなサバゲーフィールドのオーナーだよ」
——どう見ても普通ではない、と言いかけた皆人の口をそっと引っ張られた裾が閉ざした。
桐人だ。何かと察するのが早い男である。
「戸呂君から君達のことは聞いてるよ。真のサバゲーに興味があるんだってね」
「一言も言った覚えねぇけどな……」
強がぼそりと呟くがZenは一切聞こえていないかのように続けた。
「さて、施設の説明を——」
「聞けよ、おい」
「オーナー、無駄話はそこまで」
切り込むような鋭い声がオーナーの言葉を遮った。瀬名だった。
彼女は一歩前に出て強の正面に立つ。
その瞳には先ほどよりもさらに深い光が宿っていた。
「少しは期待してるのよ、あなたのこと」
「お? いきなりデレたな」
「撃たれたいのかしら」
瀬名の手がゆっくりと腰に伸び、銃に添えられる。
だがその手が上がりきる前に強が頭を押さえつけた。
「一年前の俺と一緒にするなよ」
「精神と時の部屋にでも居たのかお前は」
場に軽い笑いが生まれたその時——。
「えっーー!?」
甲高い声が部屋を震わせた。
驚きに満ちた叫びの主は門居。電話片手に文芸部とお菓子を囲んでいたムックの隣で焦りの表情を浮かべていた。
何が起こったのか。場の空気が一気に張り詰めた。




