72.真のサバイバルゲーム、未だにルールは分からず
なぜこの場に皆人の姿がないのか。一声くらい掛けておくべきだったと強は少しだけ後悔していた。
それというのも美月の試射が思いのほか盛り上がったせいだ。
雰囲気を壊すまいと近くにいたローズと桐人に行き先を伝え、強は出てきた。
当初は一人で文芸部へ向かう予定だった。
だがローズがただ一言「面白そうですわね」と言ってまるで好奇心の赴くままに強の隣へ滑り込んできた。まるで散歩に出る猫のように。
「それで文芸部に何のご用件ですの?」
「文芸部っていうか……瀬名先輩にちょっと聞きたいことがあって」
「先輩なら今日は来てませんよ」
門居の言葉を裏付けるように教室内を見渡しても瀬名の気配はどこにもない。
「出かけてるだけとか……?」
「いえ、先輩は山にいます」
「……山ですの?」
予想外すぎる答えだった。少し席を外している程度だろうと甘く見ていたが、瀬名はその遥か上を行く存在らしい。
「登校してないのか?」
「ええ。勘を取り戻したいって山にこもっちゃってます。古い人だ」
小さく肩をすくめた一佐の苦笑に二駅が続ける。
「修行といえば山ごもり、そして滝行。これ古今東西の鉄則っしょ」
「いや、そもそも女性が一人で山に行くのは危険すぎんと思わんかね?」
「あの人に近づく何かの方が危険じゃないか?」
「今ごろ美味しい物でも食べてるのかなぁ?」
「顔は似てても中身は別物ってわけですのね」
あれこれと言葉を交わす部員達の横で強はただ呆れたように溜め息を漏らす。
「……で、瀬名先輩に連絡つきますか?」
「少々お待ちを。繋いでみますね」
門居は手際よくスマホを取り出し、何やら慣れた指つきで画面を操作した。
そして彼女へと繋ぐと無造作にその端末を強へ差し出す。
強に代わって一言、返ってきたのは感情のこもらない言葉だった。
「……何?」
声だけで分かる。その冷たい音調の奥にあるのはただいま邪魔されたくないという強い意志だ。
それでも強はめげず言葉を選びながら尋ねる。
「いくつか、聞きたいことがある。まずは――」
「めんどくさいからまとめて喋って」
刺々しい言葉に一瞬口を噤むが強は気を取り直し、単刀直入に問う。
「サバゲー同好会の装備、戦術、殲滅戦の細かなルール。もし特別なやつがあるなら教えてほしいんだけど」
それに対して返ってきたのは容赦のない一言だった。
「あなたって……敵の情報を事前に聞かないと勝てないの? がっかり」
それきり電話は無情にも切れた。
目の前の画面が時間の経過を示し、門居家自慢の三毛猫の待ち受けに戻ったのを見て、強は一瞬言葉を失った。
「この女、マジでよぉ!!」
憤怒のままスマホを振り上げる強。しかしその腕が振り下ろされる前にローズがさっとそれを奪い取り、門居へ返却する。
「物に当たるなんてはしたないですわ」
美しくも容赦ない一言。
正論すぎて、強は言い返す言葉を失い、ただ拳を握って天を仰ぐ。
その様子を文芸部の面々はまるで想定済みだったかのように静かに見守っていた。
笑みを浮かべる者もいれば、どこか気の毒そうに唇を尖らせる者もいる。
そんな中、門居が申し訳なさそうに口を開いた。
「詳しくは分かりませんが……サバゲー同好会主体の試合は普通とは少し違うらしいです」
「どういう意味ですの?」
「瀬名先輩がいつだったか、真のサバイバルゲームって言ってました」
強は肩をすくめて呟く。
「……あの人、何でも大袈裟に言いそうだからなぁ」
それが全てを物語っていた。瀬名だけでなく、あの戸呂という男も似たような誇張の穴の住人に思えてくる。
結局、何も分からなかった――それがこの訪問の唯一の収穫だった。
強は踵を返して教室を後にしようとする。だがその背中を誰かの手がひゅっと後ろ襟を掴んで止めた。
「うぐっ……何すんだよ」
咳き込みながら振り返るとそこにはローズの顔。
だが彼女は強の怒りも気にせず、文芸部の教室内をじっと見つめていた。
「……皆様は、練習とかされないんですの?」
ローズの問いに門居達は一瞬だけ表情を曇らせ、そして小さくうなずいた。
「あの人……僕達を戦わせたくないみたいなんです」
もともと一人で戦おうとしていたくらいなのだ。瀬名は自分の遺恨に誰かを巻き込むことを何よりも恐れているのだろう。
けれど門居たちが「どうしても」と頭を下げた。だから瀬名は条件を出したのだった。
「当日までは銃を持たないこと。いつも通り、何もなかったように日々を過ごすこと」
それが彼女のたった一つの願いだった。
門居の言葉を受けて強の目線がゆっくりと下へ落ちた。しばし考え込むように黙し、やがて軽く頷く。「なるほど」と独りごちた後、ふと一つの疑問が浮かぶ。
「……で、最初に誰が瀬名の戦いに協力しようって言い出したんだ?」
その問いに対し、隣から軽く肩をすくめるような声が返る。
「それ、知る必要ありますの?」
問い返したのはローズだったが強はお嬢様の首をかしげる仕草を一瞥しただけで話の続きを促した。
「最初に言い出したのは……一佐君、だったかな?」
答えたのは門居。少し曖昧に眉を下げつつ、視線を遠くにやった。
「まあ、一応、僕……になるんですかね。けど僕が言わなくてもきっと誰かが言ってましたよ」
そう言って一佐は照れくさそうに頬を掻く。
「彼女は文芸部に咲いた唯一の花だから、いなくなったら困るっしょ」
「その通りだな」
門居から始まり、一佐、二駅、三俣へと静かな共鳴が連なっていく。
彼らの言葉にはただそこに瀬名という存在がいてその存在を大切に想う気持ちが真っ直ぐに息づいていた。
ーーあんな風にぶっきらぼうでも彼らにとって瀬名は『文芸部の一輪の花』なのだ。
「だからこの戦いは負けられないってわけ」
「僕達も頑張るよぉ」
「だからこそ、噂の金敷部さんの活躍には期待してますよ」
茶目っ気を滲ませながら四子、五木、そして藤岡がそれぞれ言葉を繋ぎ、場の空気が少しだけ軽やかになった。
そこにローズの鋭いツッコミが入る。
「そんなこと言われましても練習してないじゃありませんの!」
「えへへへ……」
無邪気に笑ってごまかす彼らにローズも呆れたように溜め息を漏らすしかなかった。
それに合わせるように笑みを浮かべる強だが、彼は見逃さなかった。彼らの手にある練習の痕跡を。
それらが語っていたのは「何もしていない」などという言葉とは裏腹の積み重ねられた努力の証だった。
瀬名の前ではあえて日常を振る舞っているのだろう。
いや、彼女がここにいない今、彼らが何もしていないように振る舞っているということは互いに秘密裏に特訓をしているんじゃないか。
強はそう思い立った。
なら何故そうしているのか、その理由を考えて一つの結論に辿り着く。
――本番で瀬名にいいところを見せたい。
そんな単純で、雑で、俗物的な動機。彼らが瀬名に対する評価を聞く限り、それしか考えられなかった。
だがもし、もし本当にそうだとしたらーー。
強の胸に一つの小さな引っかかりが残った。しかしその違和感の正体を問うことは今はしないでおこうと決める。
この空気を今だけは壊したくなかった。
そのまま強とローズは教室を後にする。廊下を歩くうちにふいにローズが足を止めた。
「……灯?」
目の前に座っていたのは小野灯だった。胡座をかいて何やら妙なカードを並べていた。
ゆるい絵柄の動物達が廊下の静けさの中で不思議な空気を醸し出している。
「占いで二人がここ通るって出た」
「リスのカードにそんな意味があるんですの?」
じと目を向けるローズに灯はさらりと返す。
「なんとなく私の占いが必要になりそうな気がして」
「いや、求めてないですわ」
「久美ちゃん冷たい……」
そんな二人のやり取りに強は肩を揺らして笑った。
灯はいつも気まぐれな風のように現れ、風のように去っていく少女だ。
言葉の重みよりもその空気の揺らぎを信じる者である。
「……じゃあ占ってみてくれ」
そう言うと、灯は嬉しそうにカードを混ぜた。そして一枚、そっと抜き取って見せる。
そこにはデフォルメされた狼が兎を食べようとしている姿が描かれていた。
「このカードに何の意味があるんだ?」
「狼のカード……今度は人狼ゲームでもするの?」
「……しねぇよ」
「灯の占いなんてそんなものですわよ」
ローズの冷たい一刀両断により灯の出張占いコーナーは閉幕した。
そんなこんなで彼らは試合の日を迎える。




