71.一、二、三、四、五、藤岡
戸呂からの宣戦布告があった翌日。
突如として決まった試合の日取りに奇跡のように誰一人として予定が入っていなかった。そんな偶然に導かれたように彼らは最終調整へと入っていった。
この勝負に負けたところで罰則が科せられるわけではない。
強いて言えばローズがサバゲー同好会の部活昇格を御上へ口利きするくらいのものだ。
勝ったところで皆人達にはあまり関係ない話なのである。
「次!」
短く、鋭く、美月の声が飛ぶ。それに応えるようにムックが空き缶を高く放り投げた。
空中で弧を描く銀色の的を美月のスコープが正確に捉える。次の瞬間、乾いた破裂音と共に缶が弾け飛んだ。
美月は冷静にボルトを引き、次弾を装填する。その動作に一切の無駄はない。
まるで長年の狙撃兵のように静かに、着実に飛んでくる標的を撃ち落としていく。
拍手を送るムックと桐人。その様子に皆人はただ口をぽかんと開け、驚愕のあまり思考を止めていた。
――あれがあのノーコン美月か?
そんな二つ名で呼ばれていたのはもはや遠い過去。今や彼女はスナイパーライフルを肩に抱え、ボルトアクションで弾を込める動作すら様になっている。
「あれ、数日前まで俺より下手だったんだよな……」
「家でもずっと撃ち続けてたらしいよ。変態だね」
「妬根は努力の天才だな」
最後にそう呟いたのは鉄将だった。その声に美月の口元が一瞬だけ緩んだ。
だがすぐにそれに気づいたかのように表情を引き締めると誤魔化すように自慢の額を鉄将へと差し出す。
その目元はまだ微かに笑っていた。
「そんなに褒めてもおでこしか出ないわよ?」
「もう頭突きは勘弁してくれ……」
かつて受けた妬根の頭突きを思い出したのか、巨体の鉄将が身を縮めて身震いした。その反応を見て彼らは笑う。
あの鉄将の防御力を貫いた攻撃力。彼が盾なら美月は間違いなく矛だ。
そんな漫画的な例えを脳内で転がしながらふと視線を横に向ける。
そこには一色桜がいた、しかし様子がおかしい。
「皆人君ストップ! 目を合わしたら……殺られる!」
桐人が皆人を庇うように彼女から遠ざける。
そんな彼女の眼は獲物を探す獣そのもの。ここ三日間、誰一人として縛っていない桜の縄欲が限界を迎えていたのだ。
血走った眼で視界に入ったものをお縄にする。
そんな本能だけが彼女を突き動かしているように見える。
「まぁ落ち着けって一色」
「あっ、バカ!」
鉄将が気軽に声をかけたその瞬間、桜はピクンと反応し、野獣のように彼へと飛びかかった。
腕を回し、縄を一周、二周と巻く。
しかし鉄将が軽く腕を振るえば縄はあっさりと千切れた。宙を舞い、無残に散る縄。
「縄もタダじゃないのよッ!」
正気に戻った桜は膝をつき、地面に散らばる縄の欠片をかき集めながら吠えた。
「……えっ、それは……すまん」
「自業自得だろ。謝る必要ないぞ鉄将」
「何ですって?」
「――って、桐人が言ってました」
「皆人君ッ!?」
天パの影に隠れつつ、皆人はそっと視線を逸らした。
桜はじとっと睨みつけながら欠片をカバンへ戻すと、これ見よがしに深く、長いため息をついた。
「またママから新しい縄もらわなきゃ……」
「どんな一家だよ……イカれてんのか」
「何ですって?」
「――って、桐人が言ってました」
「皆人君ッッ!?」
天丼のようなやり取りが終わるころ、皆人はふと辺りを見回した。
いつも騒がしい男、そしてお嬢様がいない。
「ってかあいつらどこ行ったんだよ」
「強君とローズ君は文芸部に行ったよ」
桐人がそう答えた。
だが何をしに行ったのかまでは誰も知らない。
皆人は桜の注意をそらすために強の話題を続け、場をやんわりと流す。
その間にも手持ち無沙汰の彼はマシュマロをぽんと放り、ムックが反射的に飛びつく様を面白がっていた。
何だかんだで、二人がいなくとも賑やかで騒がしかった。
◇◇◇
一方そのころ、強とローズは文芸部の部室に足を踏み入れていた。
昨日、瀬名が戦いの場所を示す住所だけを残し帰っていった。
後日になって聞きたいことがあって訪ねたのだ。
「どうぞー」
三度のノックに応えて門居が招き入れる。
部室の中は、清潔で整然としていた。
壁には小さな黒板が掲げられ「文芸部」と丁寧な手書きの文字が綴られている。
棚には色とりどりの小説がびっしりと並び、ファイルに整えられた書類はまるで図書館の一角のようにきちんとしまわれていた。
中央の長机には七人の男子が並んで座っている。その中心、門居が「紹介します」と言いかけた瞬間、彼らはほぼ同時に本を閉じ、顔をこちらに向けた。
「一左です」
「二駅です」
「三俣です」
「四子です」
「五木です」
見た目が全員まったく同じだった。
マッシュルームカットに黒縁眼鏡、顔の輪郭から声に至るまでまるでコピーを貼り付けたような存在。
強は思わず問いかけた。
「兄弟ですか……?」
「違います。他人です」
代表して応えたのは、唯一名乗っていない男。だがその顔もまた瓜二つだった。
「私は藤岡です」
「六が入ってないやないかい!」
「他人なので」
強は隣に立つローズへ視線を送る。
彼女もきょとんとした顔で首を傾げている。
まさか自分がこの場のツッコミ役になるとはーーと、心の中で崩れ落ちる強。
なんとなく随伴した会計係より皆人を連れてくるべきだった、そう後悔する部長であった。




