69.お嬢様と重機関銃
「同じように狙ったつもりなんだが……」
そう呟く鉄将の目は的すらまともに見ていない。
ただ銃を軽く持ち上げた瞬間、彼の指は自然に引き金を引いていた。乾いた音と共に弾丸は一直線に的へと走り、見事に中央を貫く。
けれどその銃口が強の方へ向いたその瞬間、話が変わる。
放たれた弾はまるで鉄将自身を拒絶するように大きく逸れ、軌道を歪めたかと思えば、反射でもしたように彼自身の足元へと跳ね返ってきた。
「いてっ……」
鉄将が小さく呻くとそばでそれを見ていた桐人が呆れ混じりに首を傾げた。
「人を傷つけないって本能が銃にまで宿るってこと……?」
「もはや呪いだろ」
的には百発百中。だが人間相手となると途端にノーコンになる。鉄将という男を象徴するような現象に全員が何とも言えぬ苦笑の笑みを浮かべた。
だがこの瞬間、はっきりしたのは彼がサバゲーでは戦力として期待できないという事実だった。
これは練習の問題ではない。根本的な性質の話だ。
皆人はどうしたものかと考えながら、ふと視線を桐人へと滑らせた。ハンモックに沈み込んでいる彼を見れば戦線への参加を頼むのも気が引ける。
ましてやる気の鉄将にあれこれ言えるほどの立場も彼に中にはない。
それならせめて強がどう感じているかーー皆人は視線を横に向け、勝者の顔を見つめた。
しかし彼はそんなこと気にしない様子で鉄将を豪快に笑い飛ばした。
「そんな腕ではまだ部長の座は明け渡せんな!」
「寧ろ、負けて良かったまであるよ」
強の笑顔は本気とも冗談ともつかない。けれどその空気が皆人の胸に静かな安心を灯した。
やがて皆は再び練習に戻り、桐人は変わらず惰眠を貪る。各々、自分の限界を越えるためにトリガーを引き続ける。
その傍らで鉄将は銃を構える美月のそばに立ち、静かに声をかけていた。
「いいか、体幹をぶらすな。体の中心に鉄の棒が刺さっていると思え」
「……うん、分かった」
鉄将の指導は的確で無駄がない。彼の狙撃術は物に対しては確実無比。
だからこそその技術を腐らせるには惜しかった。
逆パーフェクトの命中率を誇る妬根美月には最適な指導者だった。
「全然当たらない……やっぱり私、駄目だよ。センスがないもの」
落ち込む美月の表情に陰が差す。だが鉄将はその顔を静かに見つめ、優しく言葉を継いだ。
「誰だって向き不向きはある。けど、最初より構えも良くなってる。当たる日も近いぞ」
「そうかなぁ……?」
ふと緩んだ美月の頬。鉄将との相性は悪くない。だからこそ任せられると皆人は一つの懸念を胸から外した。
――だが問題はもう一人。
命中率が低いお嬢様、ローズは癇癪寸前であった。
彼女はハンドガンを床に叩きつけると何処からともなく現れた重機関銃を手際よく組み立て始めた。
その様子に一同の脳裏に嫌な予感が走る。そしてそれは見事に的中した。
「FIREですわぁぁぁぁ!!」
轟音が部室に響き渡る。反動も物ともせず撃ち続けるローズの重機関銃が全ての的を次々に破壊していく。
「グハハハハハ! これが数の暴力ですわぁ!」
「笑い方変わってっぞ……」
ローズは完全にご満悦である。そんな彼女を最後にこの日の部活は解散となった。
床一面に散らばった弾を片付け、一行は帰路につく。
その道すがら美月の表情はどこか冴えなかった。
「巨傲さん、この銃、借りていい?」
「ええ、良いですけど……どうなさいますの?」
「家でも練習するわ」
「それは良い心がけですわね。もしどうしても駄目だと感じたら、あのマシンガンをお貸ししても宜しくてよ?」
「ありがとう。でも……出来るだけ、自分の力で頑張ってみる」
そう言ってハンドガンを大切そうに抱える美月はローズに言わなかったことがあった。
機関銃を乱射する彼女はある種の力に呑まれたようだった。いや――あれは、金の力に魅せられた者の顔かもしれない。
(まぁ、物量なんて私の趣味じゃないしね)
ただ数を撃つのではない。一発一発を狙いすました必殺にする。
それが妬根美月の美学だった。
だからこそ鉄将の放つ一撃に彼女は憧れを抱いたのだ。ならば師に恥をかかせぬように――。
それからの美月は凄かった。
放課後、鉄将の指導を受け、家でもトレーニングを続けた。
授業中さえ、こっそりイメージトレーニングを欠かさない。
努力は裏切らなかった。二日と経たぬ内にその弾は的を射抜くようになる。
「美月さんも上達してきましたわね。まぁ、わたくし程では御座いませんが」
「……あんたは数撃って当ててるだけでしょうが」
「オーッホッホッホ! お金と一緒で持つ者が勝つんですの!」
やはりローズは今日も金に呑まれていた。
そんな中、唐突に響いたノックの音が一同の喧噪を断ち切る。
「すいませーん」
強が応対に向かい、扉を開けるとそこには門居と瀬名、そしてその背後にもう一人男が立っていた。
その顔に強は見覚えがあった。
「あんたは――!?」
ゲームセンターで『ゾンビDEATH』を共にプレイしていたあの男だ。
もっとも認識しているのは強だけで男にとっては初対面だろう。
だがその目の奥に確かにあった。隠しきれぬ敵意が。
「サバゲー同好会部長の戸呂だ」
男は短く名乗り、眼鏡を上げながら、強の前をすり抜けるようにして部室へと入ってくる。
「ここが……お前らの部室か」
その言葉に皆人の眉がわずかに動いた。
どこか含みを持たせるようなその言い回し――皆人は脳裏に秋山の言葉を思い出す。
『サバゲー同好会は金敷部を敵視している』
――それが何を意味するのか。
皆人は一人静かに気を引き締めた。




