62.そしてB型の世界は始まる
その昔話を普済皆人の口から語られることはない。
あの時、彼の胸に灯った思いは言葉になることなく、今も心の片隅にそっと仕舞われている。
皆人がぽつりと漏らした一言。その意味を正確に汲み取れる者はこの場には誰一人としていなかった。
冗談混じりのものとして受け流され、それ以上掘り下げられることもなかった。
強の勢いある割り込みが一段落すると、次にペンを向けられたのは鉄将だった。
初見の鉄将相手に堂々とマイクを向ける朝日はジャーナリストの鏡ーーだと思ったが二人の距離は強の時より空いていた。
やはり鉄将の威圧感に耐えられないらしい。
壇上の大男はそれに気にする様子はなく照れくさそうに頭を掻き、微妙に顔を赤らめながら言葉を探す。
「何故か副部長になった鬼怒川鉄将、です。え~っと……よく分からんが俺もB型だ」
言葉に詰まり、これ以上語ることがないと判断した鉄将はそそくさと血液型だけを言い残し、早々にバトンを次へ渡した。
するとその脇から春の風のように柔らかく、けれど鮮やかにその場を奪ったのは妬根美月だった。
軽やかな音色がどこからともなく響き渡る。彼女の手が鍵盤を奏でるたびにこの場の空気がきらきらと色づいてゆく。
「私は妬根美月。チャームポイントはこの可愛いおでこ。この部のBGMなら私に任せて! 私の繊細なタッチで部の心情も、空気も、全部奏でてあげる」
ポップなイントロに乗せて語る彼女の声はどこまでも明るくて、どこか夢見がちだった。
そして指を滑らせ、最後の一音を引き終えると肩越しに小さくウィンクを飛ばす。
「ちなみに私もB型よ」
「今の奏法はグリッサンドって言うらしいよ」
ふとした桐人の豆知識が空気に舞ったが皆人はそれを気に留めることなく無言で流した。
「さて……ここで真打ちの登場ね」
立ち上がったのは一色桜。
いつものように縄を片手に、堂々と壇上に上がった彼女は皆の目を一身に浴びながら威風堂々とポーズを決める。
朝日はカメラを構えながら強の次に注目すべき人物は彼女だと、既に悟っていた。
「一色桜よ。最近、日に日に力が増している自分がちょっと怖いの。……今の目標? そうね、鉄将を縛り上げることかしら」
突如名指しされた鉄将はぽかんと口を開けて自分を指さし、目をしばたたかせる。
その姿を見て桜は縄をぎゅっと両手で握り締め、まるで夢を掴み取るように力を込めた。
「この部でさらに力をつけて、いつか名実共に最強の称号を手に入れてみせるわ」
(お前はどうなりたいんだよ……)
堂々たる宣言に皆人は内心ツッコミたくてたまらなかったが桜の気迫に押されて言葉を呑み込んだ。
身の安全のためである。
「あ、もちろん私もB型よ」
「……何がもちろんなんだよ」
結局我慢しきれず、皆人はぼそりと呟いた。
続いて前に出たのは惰性桐人。天パの髪を無造作にかきあげながら、俯きがちに話し始める。
「惰性桐人です。自慢はどこでも寝られること。あと……奇遇だけど、僕もB型だよ」
それだけを残し、すぐにその場を離れる。次に控えていたお嬢様の体が興奮で小刻みに震えていた。
ローズは胸元から扇子を取り出し、勢いよく開くと満面の笑みでその場を支配した。
「ある時は巨傲の娘。ある時はくーちゃんファンクラブ会長。またある時は金敷部の会計係。しかしその正体はーー!」
演説調の語り口に合わせて扇子を叩きつけると、広がった布が光に煌めく。
「綺麗な花には棘がある。金敷高校に舞い降りた一輪の可憐なローズ! それがわたくしですわ!」
誇張しすぎた自己紹介に強は鼻で笑い、皆人達は乾いた笑みを浮かべる。
けれどローズ本人は周囲の反応など歯牙にもかけぬ鉄の心臓で悠然と続ける。
「わたくしの血液型も……知りたいんでしょう?」
その問いかけは芝居がかった間を置いて放たれ、彼女の口元には言いたくてたまらない笑みが浮かぶ。
だがそれを見ていた桐人が珍しくズバリと斬り込んだ。
「どうせB型なんでしょ」
「先に言うのやめてくださいましーッ!?」
ローズは絶叫しながら、両手で桐人を揺さぶり始めた。その光景はまるでオペラの一幕のように滑稽でそしてどこか微笑ましい。
そんな騒動の傍ら、静かに前へと出てきたのはムックだった。
彼はお菓子の袋をそっと机に置き、何も言わずに自分のノートを開いていた。
見開きに大きく描かれた一文字ーー『B』。
それがムックの全ての答えだった。
軽く会釈をすると彼はてとてとと自分の席に戻っていった。
静けさが戻った教室で皆の視線が一斉に向けられたのは最後の一人。
普済皆人だった。
皆人はこれまでの流れを思い返す。
強から始まったこの自己紹介。全員がB型だったという奇妙な事実。
示し合わせたわけでもない。偶然……と言えばそうかもしれない。でも、ただの偶然だと片づけるにはどこか風情がない。
だから皆人はこう思うことにした。
強が集めたメンバーが偶然全員B型だった。
それはまるでB型の強に導かれたかのように。
「普済皆人です。俺は特にーー」
「あっ! 部の名前、思いついたぞ!」
皆人が淡々と終わらせようとしたその時、強の声が熱を帯びて割り込んできた。
皆の自己紹介を聞いて、ふと閃いた何かが今ようやく形になったのだ。
「センスは壊滅的ね。まぁ良いんじゃない?」
そう言って肩をすくめる桜。
「僕らの部って感じで良いと思うよ」
「わたくしも特に文句はございませんわ」
桐人とローズも賛同し、他の者たちも穏やかに頷いた。
朝日はノートにその名を勢いよく書き込んだ後、ふと聞き返す。
「なるほど……っと。普済君、もう一回良いかな?」
皆人は思わぬ振り返しに一瞬たじろぐも、ふと何かを思い出したように口元を緩める。
「普済皆人です。……俺も、この部の名の通り、B型ですよ」
その日から彼らの部活動が始まる。
その名は関わった者しか知らないーーけれど特別な名。
金敷部(B)。
たかが血液型、されど血液型。
彼らはそれを一つの誇りとして胸に刻み、金敷高校という舞台で己の自由を謳歌し始める。
こうして自由奔放な彼らの。
ーーそして、B型の世界は始まる。




