59.巨傲の力はどこまでも
静まり返った廊下に耳を澄ませるのは皆人を筆頭とした数名の男女であった。
放送室の前にひそかに佇む彼らは、扉の向こうから漏れ聞こえる声に全神経を集中させている。
中にいるのは例の二人。その談話が終わった瞬間を狙い、現行犯よろしく引っ捕らえる腹積もりであった。
「先輩方、ありがとうございましたー」
「ごきげんようですわ〜」
女声と男声のハーモニーが響いた次の瞬間、扉が内側から開かれ、ちょうどよく姿を現した二人に用意していた縄が待ち構えていた。
場面は多目的室へと移る。そこは彼らが活動拠点とする仮部室。
二人を囲むようにして並べられた椅子、ローズと強は中心で仲良く縛られたまま座らされていた。照明の白い光が二人を照らし、まるで凶悪犯の取り調べのようだ。
強は縄に縛られたまま、思いきり頭を振った。
「ローズはどうなってもいい! だが俺だけは助けてくれ!」
「薄情者!」
「はいはい。質問以外のおしゃべりは禁止でーす」
淡々とした桜の一言と同時に、縄がさらにギチリと音を立てた。強が一瞬だけ情けない声を漏らす。
桜は軽やかに手をパンッと鳴らすと、話題の主導権を握ったまま、場の空気を一気に引き締めた。
「さて、大事なことを先に聞くわね」
膨れ面の美月が「私の説明が薄いところについて!」と割り込もうとするが、桜は片手で押し戻す。
「はいはい美月ちゃん、ちょっとだけ黙ってて〜」
頬をふくらませながらもしぶしぶ下がる美月。ようやく本題に戻る。
「あたし達がやるのは同好会なの? それとも部活?」
同じ活動をするにもその肩書きによって学校の対応もこちらの気構えも変わってくる。桜の目は鋭く、問いの意味を二人にしっかりと突きつけていた。
「部活だ」
強は静かに、けれどもはっきりと答えた。
その一言で皆人の脳裏には昨日の嫌な記憶が蘇る。
ローズが表に出ずして何を根回ししたのか、想像するだけで頭が痛くなる。
巨傲という存在の影は想像以上に濃かった。
ローズは後ろ手に縛られたまま、器用にポケットから何かを取り出した。
二つ折りにされた白い紙がまるで手品のように姿を現す。
「顧問からの承諾書とお手紙ですわ」
「顧問? そんな変わり者、どこのどいつだよ……」
呆れ顔の皆人がそれを受け取り、そっと開いて目を通す。その表情が静かに曇っていくのを見て桐人が代わりに読み上げた。
「承諾書。下記の金敷部(仮)を部活動として活動する事を許可する……って、校長の公印付きだ……」
その後、無言で紙を畳み、そっとローズの膝に置く桐人。それは見なかったことにするという意思の表れであった。
皆人もそれに続くようにもう一通の紙に目を通した。ローズの『お手紙』には、よくある激励の文面が並んでいた。だがーー
「……これ、縦読みで『たすけて』って書いてあるけど」
露骨なSOSが仕込まれていた。
「ユーモアがありますわねぇ」
ローズはにっこりと微笑む。その笑顔は天使の仮面を被った悪魔のように無垢で底が見えない。
「……なぁ、求平よ」
唐突に鉄将が口を開く。真っ直ぐな視線を縛られた強に向ける。
その意図を読んだ強は先んじて宣言した。
「じゃんけんで負けたから鉄将が副部長だ」
案の定の答え。だが鉄将も黙っては引き下がらない。
「巨傲はじゃんけんをしてないぞ」
「オーホホホホ! わたくしは会計係ですの! 部活には部費が存在します。その出費を管理するのがわたくしの役目ですわ!」
勝ち誇ったように笑いながら、またも紙を放り投げるローズ。その動きの滑らかさは縛られているとは到底思えない。
皆人がそれを受け取って目を通した瞬間、顔色が変わる。
「二桁くらい……数字が多いぞ……」
「えっ、何がどうなったら、こんな額になるの!?」
「流石に巨傲さん、やりすぎよ……」
背後から桐人と美月が覗き込み、皆人に続く。その部費額は明らかに桁外れだった。
「横領は駄目だよ」
桐人が大きく手を交差させてバツ印を作る。だがーー
「好きな物、買っていいですわよ」
ローズの甘い囁きに、二人の目が一斉に輝く。
「僕、ハンモックが欲しい!」
「私専用の電子ピアノを買ってもいいの!?」
ーー現金な奴らだった。
寝返った二人の背中を、皆人は苦々しい目で見送る。強達の暴走を止める最後の砦、それは自分しかいない。そう誓った矢先ーー
「だいたいはくーちゃんのお菓子代ですわ」
「ならば良し!」
砦は一瞬にして崩壊。あまりにも潔い裏切りであった。
一通りの確認が済んだところで、ようやく縄を解かれることになった強とローズ。美月だけが頬を膨らませながら渋々引き下がるも、それもまた日常の一幕に過ぎない。
縄が解かれたその瞬間。ローズは空を仰ぎ、大きく伸びをした。まるで牢獄から出た囚人のように。
「はぁ……シャバの空気はうまいですわ~」
本人も自覚があったらしい。
そんな悪ふざけお嬢様は置いておいて、桜が強の縄に手をかけようとしたまさにその時。
ガラリ、と音を立てて多目的室の扉が開く。そこに立っていたのは新聞部部長の朝日であった。
彼女は一瞬で状況を察すると、分厚いノートを開き、凄まじい勢いでペンを走らせる。
「また変な噂を流される前にその女を止めろーー!!」
強の叫びは虚しくも誰の耳にも届かず、多目的室の天井へと吸い込まれていくのだった。




