58.あのプリンの代償は大きく
『俺達の部室は北校舎四階の多目的室にあるのでよろしく、小さなことから大きなことまでいろんなトラブル大募集! だからどんどん訪ねてくれ!』
マイク越しに響き渡る強の声は、やけに明るく、どこか誇らしげだった。
だがその言葉を聞いた瞬間、皆人は思わず顔を上げた。
食堂内の空気がさざ波のように揺れ、同じように首を傾げる面々の視線が交差する。
「……部室が、今なんて?」
呟いたその言葉に静かに応える声があった。
「多目的室、らしいね。昨日、僕達が使ってたあそこ」
隣の席から何気なく届いた桐人の言葉が決定的だった。
幻聴ではなかった。強は――確かに「部室」と言ったのだ。
「……ってかあいつ、部活って言ってなかったか?」
皆人が自問するように問いかけると、すかさず鉄将が口を挟んできた。
「そうだ、確かに部活って言いやがった」
明らかな違和感が、静かに皆の心に広がっていく。
言い間違い? それとも見栄? いや、そんな単純な話ではない。
――横にはローズがいる。
思考の中に一瞬で浮かぶ構図。
チビでか先輩との約束、それはおそらくこの放送枠を得るためのもの。
だとすればローズとの暗躍は何を意味するのか。
ただの相談役として置いておくには巨傲の名はデカすぎる。
皆人の脳裏にある可能性が閃いた。
「あいつら……」
もし、本当に同好会ではなく部活になっていたなら、確実に何かをやっている。
――自分たちに都合のいい形へ、ねじ曲げたのではないか。
そんな疑念に心がざわめいた瞬間、マイクから再び強の声が響く。
『さて、ここからは我が部活のイカれた仲間達を紹介しよう! まずは一年A組、普済皆人!』
『我が部のツッコミ要員ですわ』
ローズの柔らかくも毒のある補足が乗り、食堂に軽い笑いが起きる。
だが、当の皆人はたまったものではない。
手で顔を覆い、頭を抱えながら机に額を押しつける。後頭部が火照っている。
『一年B組、俺!』
『頭がおかしいうちの部長ですわ』
『お前の髪型の方がおかしいだろうが!』
『わたくしは頭の中身のことを言ってましてよ!』
『ケンカはやめなよ〜』
まるで漫才のような応酬が、スピーカー越しに繰り広げられる。
放送という場を忘れたような掛け合いに食堂中が爆笑に包まれた。
チビでか先輩の遠巻きのツッコミがまた、絶妙な間を生んでいる。
『一年C組、アホの久美子!』
『貴方が部を設立する事は無くなりましたわ。お亡くなりになりなさい!』
『……いい加減にしなよ〜、怒るよ〜?』
慌てふためく様子までマイクが拾ってしまうほど、二人のやりとりは絶好調だ。
やがてチビでか先輩の喝が入り、放送はようやく次へと進む。
『一年D組、惰性桐人』
『我が部の頭脳ですわ。やる気を出さない時はただの怠け者ですの』
桐人も皆人に続いて耳まで真っ赤であった。
「ドンマイ」
突っ伏す桐人の背中を皆人はそっと叩く。
彼の気持ちが痛いほど分かるのがまた辛かった。
『一年E組、無口喰臥』
『我が部のアイドル兼マスコットです。ファンクラブ会員募集中。詳細はわたくしまで』
くしゃみのように鼻を鳴らすムックがそれに応えるようだった。
『一年F組、妬根美月』
『ピアノがお上手ですの』
「私の紹介薄くない!?」
「美月は可愛いわよ〜」
「えへへへへ……」
桜の甘い声に美月は照れたように笑い、ゴロゴロと喉を鳴らす。
皆人の説明もたいがいだったので彼から特に言うことはない。
『一年G組、鬼怒川鉄将!』
『副部長ですわ』
「んっ……?」
唐突に発表された役職に鉄将が顔をしかめた。
『そして最後は一年H組、一色桜!』
『【亀甲乙女】の異名で知られる彼女に近づく男は火傷じゃ済まない! 我が部の特攻隊長ですわ!』
「なかなか良い演説じゃない」
「正気か……?」
「良いなぁ〜一色さん、良いなぁ〜〜」
「美月も目を覚ませよ」
「おい……さっきの……なぁ?」
興奮する二人、呆れる皆人。
一人取り残されたような鉄将が疑問を抱えたまま呟いた。
「……俺が副部長って聞こえたんだが?」
「鉄将が力を貸してやるみたいなこと言ったから押し付けたんじゃないか?」
皆人が冗談交じりに言うと鉄将の顔がますます曇った。
「そんな役、俺より一色とか巨傲とか、もっと適任がいるだろ!!
「えっ? |副部長って部長より下じゃない。私はあいつより上よ」
「じゃあお前が部活作れよ」
桜がさらりと何かほざき始めた。今の状態なら副部長よりさらに下の平になるのだが、そこに考えが至ってないのか。それか部長より上の役職も勝手に作るのかもしれない。
彼女ならやりかねないのが怖い。
「……もしかして、あのじゃんけんじゃない?」
桐人が閃いたように手を叩く。
その瞬間、鉄将の脳裏に昼休みの出来事が甦る。
意味も分からず参加させられ、一人だけ負けたあのじゃんけん。
あのプリンは報酬とでも言うのか。
「ふざけんなよ……!」
歯ぎしりをするように言葉を噛み潰す鉄将。
だがその抗議は誰の耳にも届かない。
「巨傲は勝負すらしてねぇぞ……」
肩を落とし、溜め息を吐く鉄将の背に誰もが哀れみの視線を向けた。
『そういうわけで! 俺たち金敷部(仮)! これからの活躍に乞うご期待!!』
強の最後の叫びとともに放送は途切れた。
それが終わった瞬間、食堂のざわめきは爆発したように広がる。
笑いと驚きと、混乱と――あらゆる感情が溢れ出した。
その中心にいるはずの彼らはそそくさと席を立ち、食堂を抜け出したのだった。




