56.部活未満、夢想以上。
案の定、それを調べる役目を引き受けさせられたのは皆人だった。
とは言え、実際にやったのは先生方や生徒会の関係者に数人、話を聞きに行くだけのいわば手軽な情報収集である。
それでもこの役割が彼の肩に回ってくるのはある意味当然だった。
きっかけは強が突然「じゃんけんで負けた二人が行く」と勝手なルールを宣言し、掛け声とともに始まった理不尽な儀式である。
誰も抗議の余地を持たされず、空気に巻き込まれたまま指が出された。
結果、皆人は敗北。彼はこの流れのじゃんけんに勝った記憶がない。
勝率どころか勝ちという概念が存在しないのではと思うほどだ。
そしてもう一人の敗者は惰性桐人。言わずもがな、巻き添え枠の常連である。
皆人は肩を落とす桐人に対し、どこか申し訳なさを滲ませながらも同情の眼差しを向ける。もはや運命共同体だとでも言うように。
金敷高校には数多の部活動が存在する。正式な部から活動の片鱗すら謎に包まれた同好会まで、校内は多種多様な色合いに満ちている。
この自由さこそが金敷の学風の証であり、生徒たちの自主性を重んじる校風が多くの可能性を許容してきた。
「じゃあ、俺が調べてきたこと、まとめて話すぞ」
教室の一角。横一列に並んだ面々に向け、皆人はノートを手に立ち上がる。
その仕草にはどこか事務的な重みがある。言葉に込められた情報がこれからの未来を左右するのだと理解しているからだ。
「金敷高校で部を新設するには以下の条件がある」
その声に自然と全員の視線が集まり、静けさが生まれる。
一、部員は五人以上。顧問の教員を一人確保すること。
二、発足から六ヶ月間は同好会扱い。以下の取り決めを満たせば、正式な部へと昇格可能。
三、活動実績を作ること。
「……これだけかよ?」
「言い換えれば、これだけなんだよ」
提示された条件は、思いのほか緩やかだった。他の高校ではもっと厳格な規則が敷かれていてもおかしくない。
しかし、それでも半年間は仮の立場。同好会という名の下に半年間過ごさなければならない。
「えーっ! 半年は同好会って、やだ!」
強がまるで駄々っ子のように顔をしかめる。だが、桐人は困ったように眉を下げて首を振る。
「……そう言われましても、決まりですのでーー」
どれほど強が感情をぶつけても、制度そのものは曲がらない。
桐人はクレーマー対応をする責任者のようだった。
そんな不毛なやり取りに、桜が鋭く切り込んでいく。
「まあ仕方ないわね。それより名前は? それに活動内容はどうするの?」
次に決めるべきことを曖昧にせず道筋を立てて示す桜はこの企画にノリノリであった。
何より、いずれは活動実績という形で証明が必要になる。思いつきだけでは通用しないのだ。
何を目指して、何を成すのか。それを考えていかなければならない。
「今までの流れから言えば……謎探し同好会か?」
鉄将が重たい声で提案した。しかしその案は一瞬で強に切り捨てられた。
「却下」
巨人の意見は即一蹴、彼の中でその名称は嵌まらないと判断されたようだ。
鉄将は特に怒るでもなく、ふむ、と呟き肩を落とすだけだった。
もしかしたら妙案だと思っていたのかもしれない。
「じゃあ縛り部とか? 人を縛る部活。良いじゃない、実用的で」
「通り魔の発想だろ、それ……」
皆人がすかさず冷静なツッコミを入れる。
桜の無邪気な顔には悪意こそないが提案内容が物騒すぎる。
「格ゲー部はどう?」
「ゲーム部が既にある」
「では、巨傲部はいかが? 金と権力で他を支配しますのよ」
「私利私欲が酷すぎる……」
好き放題に飛び交う提案に皆人は頭を抱える。
このままでは完全に私物化される。誰かが引き締め役に回らなければ収拾がつかない――そう自負するかのように、彼は深くため息をついた。
「くーちゃん見守り部とかどうですの?」
「それ、採用!」
「皆人君!?」
真っ先に反応したのは桐人だった。突如味方の裏切り、彼は顔を真っ赤にしながら皆人の肩を掴み必死に揺さぶった。
皆人もさすがに軽率だったと、気まずく目を逸らす。
その間、ムックは鉄将の肩の上で満足げにお菓子を頬張っていた。
もうこの位置が定位置らしく、鉄将も一切気にしていない様子だった。
「で、強君が部長になるんだよね? なら、まず強君が中心になってまとめないと」
桐人が現実的な一言を放ち、次期部長へと託す。
あれこれ提案されても最終的には方向性を定めなければならない。その指針となるべきはリーダーである強だ。
しかしその強はまだ黙って腕を組み、何かを熟考していた。
「求平強部は無しね」
その発言が出る前に、桐人が先制攻撃を仕掛ける。
強は舌をぺろりと出し、不満そうな顔を見せたがそれ以上は何も言わなかった。
「……じゃあ、ローズと考えてみる」
「わたくしが、ですの?」
唐突に名指しされたローズが目を丸くする。
お嬢様然とした彼女と部の構想を担うのは少し意外ではあったが、強なりの考えがあるのだろう。
ただし、その組み合わせに一抹の不安を覚えたのは皆人だけではない。
巨傲と強、両者が揃えば、なにやら大変なことになる――そんな予感が全員の胸に広がっていた。
当のローズだけは浮かれ顔で「わたくしは特別ですからね」と舞い上がっていた。
「――ちょっと、いいかな?」
その空気を断ち切るように、口を挟んだのはチビでか先輩だった。
鋭い目をした彼女は強に向かって尋ねる。
「例のーーいつにする?」
「明日お願いします!」
即答だった。あまりに早い返答に内容が気になって仕方ないが、その会話には主語が存在しない。
それは何なのか、誰にも見当がつかない。
「そう……なら、私も楽しみにしてるよ」
そう言って、彼女はにこりと笑い、ウィンクを一つ残して教室を去っていった。
夕日が差し込む中、その姿はやけに印象深かった。
気が付けば、下校時刻も近づいている。
別れ際まで続く強とローズの内緒話。そのひそやかな笑い声を聞きながら皆人はただ、祈るように思った。
あの不気味な笑みが自分達に無関係なものでありますようにーーと。




