54.欲深い楽園の王
放課後の光が廊下を金色に染める頃、彼らが集まっていたのは、いつもの学食ではなかった。
妬根美月と出会ったあの多目的室、そこを訪れるとあの時の抑揚がついた音楽の余韻が心に過る。
強は前に立ち、わざとらしく一つ、咳ばらいをした。
その芝居がかった仕草に皆人は顔をしかめる。だがそれもいつもの光景だった。
「さて、残す謎はあと一つなわけだよ、ワトソン君」
軽やかに言って、その声の奥にはおふざけの色が滲んでいる。
「誰に言ってんだよ、ホームズさんよ」
皆人のツッコミに元気はない。しかたなく付き合っている。それをふつふつと感じさせた。
強はふっと笑ってから懐から巻物を取り出し、慎重にその封を解く。そして最後の謎を読み上げた。
【欲深い楽園の王】
全ての宝を手に入れ、彼らはどこへ向かうのか。
王の欲求は尽きやしない……。
ただそれだけの静かな一文。今までのような具体的なヒントは何一つ書かれていなかった。
だからこそ、この謎だけは誰もが自然と後回しにしていた。いや、正確には避けていた。
だが、鉄将は初めてその謎を耳にした瞬間、まるで確信したかのように強を指さした。
「……これ、お前じゃねぇのか?」
「……えっ?」
思いがけない指摘に、強は巻物を凝視する。唖然とした顔のまま言葉を失って。
「これって強さんのことですの!?」
「そんなことってあるの!?」
「え~~わからなかったなぁ~」
ローズが驚き、桜が声を上げる。ここまでなら鉄将も疑わなかった。
自分の鋭い指摘に探偵の素質があるかも、と思ったほどだ。
しかし桐人で躓いた。
その鼻で笑ってしまうほどの大根役者っぷりに、察しの良い彼はすぐにそれらが全て演技だと看破した。
「分かってんじゃねぇか」
その呆れた息と出た言葉に強は肩をすくめて対応する。
「そりゃあな……」
金敷高校の七不思議は強を中心とした人探しだった。
チビでか先輩が仕掛けた一連の七不思議、前の六つを解いた時、最後に残るのはその全てを手に入れた者に相応しい称号、そう、強自身こそが【欲深い楽園の王】だったのだ。
強は一つ咳をして、手のひらをくるりと返すように話題を変えた。
「――というわけで、今日は特別ゲストをお呼びしております!」
テンションの切り替えは、まるで深夜バラエティ。扉がゆっくりと開き、その中から現れたのは――
「そういうわけで私が来ました」
登場したのは、他の者からすれば懐かしさすら感じさせるその存在。チビでか先輩だった。
「どういうわけだよ」
容赦のない皆人のツッコミが飛ぶ。年上相手でもこのモードに入った彼は遠慮がなかった。
強は巻物を彼女に差し出す。先輩はそれをそっと受け取り、懐へとしまい込んだ。
「答え合わせの必要はないよね。まさかこんな短期間で、全て見つけ出すとは思わなかったよ」
優しい声が、静かにこのイベントの終焉を告げる。
「ありがとう、チビでか先輩」
「どういたしまして。……っても最初は放送用のネタとして集めてたものだったんだけどね。ほんの遊びのつもりだったのさ、この高校のほんとにある話を混ぜながらの怪談みたいな」
けれど彼女は出会った。自分を変えた後輩に、その後輩は言った。
面白おかしく生きたいと、刺激を求めていると。
彼女は強を楽しませたくなった。
謎を伝えた時の彼の驚き、彼の心が震えた瞬間。その反応が見たくて彼女は七不思議を完成させた。
最後に入れ込んだ彼自身の謎。そのお洒落なサプライズを彼女は気に入っていた。
そして全てのピースがはまり、思惑は成功した。
それが偶然なのか、運命だったのか、強は記した通り、全ての宝を手に入れた。見つけたのではなく、手に入れたのだ。
それは正に【欲深い楽園の王】に相応しい姿であった。
「君達も巻き込んで悪かったね。ごめんなさい」
チビでか先輩は七不思議へ当て嵌めた者達へ頭を下げる。忌み名のようなものを勝手に宛がわれるのは気持ちが良いものではない。
けれども彼女らはむしろ喜んだ。
「まぁ【放課後の哄笑】なんて素敵な二つ名を頂きましたし、わたくしは許しますわ」
「あたしの【亀甲乙女】なんてもうすでに呼ばれてたしね」
「【夕暮れの鬼人】ってのはまぁ、なんか、あれだが……先輩のおかげで今の俺があるからな、文句はねぇ」
「【鍵盤奏でる呪言】ってセンスあるわよね。愚痴を聞かれてたのは恥ずかしいけど、私からは言うことはないわ」
当然ムックからは文句が出るわけもなく、気にしない様子でさとうきびを吸っていた。
それを纏めるのは唯一の無称号、皆人だった。
「ってわけですよ。チビでか先輩」
むしろ、この仲間達を引き合わせてくれてありがとう。
誰も口にすることはなかったが全員の気持ちは一つだった。
「……ありがとう」
彼らの優しさに触れ、先輩に涙が滲む。
しかしこの七不思議、全員がすっきり納得したわけではない。
唯一、押し黙っていた男が満を持してその固い口を開いた。
「……ってか僕の【眠る男】って何なんですか!?」
桐人が立ち上がり、やや声を荒げて叫ぶ。その名の雑さがずっと彼の心に刺さっていた。
先輩は少し気まずそうに間を置き、それから素直に言った。
「……ネタが思いつかなくて……ごめん」
あまりに直球な謝罪に場がふっと和らぐ。ムックと皆人が桐人をなだめる中、先輩はそっと思い返すように語った。
「他はすんなり決まったんだけど……で、ある時D組でいつも寝てる君を見つけたってわけ」
「でしょうね!」
その思い出を語る表情に微かに頬を染めた笑みが浮かぶ。
桐人は諦めるように項垂れた。
理由は聞けたのでもう満足である。こんな楽しい時間と出会いをくれた先輩をこれ以上責めることはない。
先輩はそれを確認すると思い出したかのように鉄将を見上げる。
聞きそびれたことを確認するように、あの事件の隠蔽された謎に迫っていく。
「そういえば鬼怒川君はよく踏み留まったね」
鉄将の事件の全容は強から予め聞いていた。
先輩が言いたいのは鬼怒川鉄将という男があそこまで激昂してよく手を出さなかったね、と言いたいのだ。
しかしこの話には続きがあった。
それは仲間の彼らにだけ明かされた鉄将の秘密。
強は鉄将に確認を取る。彼は二つ返事で頷いた。
「実は……鉄将はあいつを殴らなかったんじゃないんだ。……殴れなかったんだ」
強の一言が空気を変える。先輩は目を見開き、言葉の続きを促す。
「それって、どういうことだい?」
問われたその瞬間、先輩の表情に浮かんだのは戸惑いか、それとも……新たな謎への好奇心か。
先へと勝手に思考する脳を押さえつけ、先輩は続きを待った。




