53.モヒカンの謎
「……また求平周りで何か騒ぎがあったらしいな」
朝の淡い光が教室を満たす中、ふいに届いた秋山の声はまだ夢の余韻が残る空気をかすかに震わせた。
昨日までの喧騒が嘘のような、平穏な今日の始まりだが、その静けさに穴を空けるように秋山は話しかけてくる。
皆で花壇を直した記憶はまだ肌の上に熱を残している。
皆人は眉をひそめつつも内心では「またか」と半ば呆れていた。
相変わらずの情報を集めるのが好きな奴だ。
秋山はもう新聞部か、いっそゴシップ部にでも入部した方が性に合っているのではないか。そんなツッコミは心の中だけに留め、皆人は肩をすくめて苦笑を浮かべる。
「今回も……まぁ、いろいろ大変だったよ」
それは取り繕ったような台詞だった。けれど、その言葉に込められた温度までは隠せなかったらしい。
「その割に、なんか嬉しそうな顔してるけどな」
秋山の鋭い指摘に皆人は咄嗟に言葉を失う。それは図星だった。
騒がしくて、泥臭くて、濃密な数日だった。けれど終わってみれば悪くない思いだった。
鉄将が加入し、七不思議の一つも解明した。
トラブルもあったがそれでも全てがWin-Winで終わったこの結果に、胸の奥では確かな満足が灯っていた。
「求平といると退屈しなくて良いな」
何気なく漏らした秋山の言葉に皆人は即座に返す。
「なら代わってくれよ」
「それは無理だ。求平は俺には荷が重い」
「俺の肩にも乗り切らねぇよ」
ふっと、互いの表情に笑みが咲く。
その空気を切り裂くように、チャイムが鳴り響き、授業の始まりを告げた。
彼らはいつものように昼休みには食堂に集っていた。
新たに加わった鉄将の姿に杏子は「また増えてる……」といった半ば諦めたような視線を送りつつも、見上げればいかつい顔、引きつらせながらも挨拶をする。
灯はというと、巨大な彼にも気圧される様子はなく、いつもと同じ調子で「よろしく」とだけ言い、後は自分のペースを崩さない。
感受性が鈍いのか、それとも心が図太いのか――たぶん、どちらもだ。
只でさえ濃い顔ぶれなのに、鉄将が加わったことでその密度はさらに増している。
食堂にいる他の生徒達が何度も彼らの方を振り返るのも無理はなかった。
名の知られたメンバーが多いせいか、噂も広がるのが早い。そんな中、強がふと得意げに言い放つ。
「この中で一番有名なのは……やっぱ俺だよな?」
あまりに自信満々な言葉に、数名の眉がぴくりと動いた。
「はぁ?」
「何ですって?」
真っ先に噛みついたのは、当然の如く桜とローズだった。
二人は椅子から半分立ち上がる勢いで詰め寄る。
「この中で一番はあたしに決まってるでしょ? あんた達なんてあたしに比べたら蟻よ、蟻」
「お待ちなさい桜さん。貴方、札束で殴られた経験はございますか? 巨傲の名を背負うこのわたくしに敵うとお思いですの?」
「おいおいおい! 俺は桜に勝った。その桜が負けた巨傲さんが上なわけないだろ!? これで順位は決まってるだろ、1、2、3でよぉ?」
それは彼らにとっての「いつもの」やりとりだった。
じゃれ合いに似たこの舌戦の裏には、確かな信頼がある。互いを信じているからこそ、遠慮のないやり取りができるのだ。
だがこのままでは桜が縄を取り出すのも時間の問題だった。
それを察した鉄将がさりげなく自分の席を引き、いつでも動ける体勢に入っているのが見える。
加入したばかりの筈なのに空気を読む力がやけに高い。
感心した皆人だったが、彼には言わねばならないことがあった。突如立ち上がり、テーブルに手を置く。
「ムックだってファンクラブがあるし、知名度はあるだろ!」
勢いのある言葉に桐人が大きく目を見開いた。
「あっ……皆人君も、そっち側なんだね」
裏切られたような目で皆人を見つめる桐人に気まずさが広がる。桐人は仕方なく、話題を強引に鉄将へと振った。
「……そういえば鉄将君ってなんでモヒカンなの?」
その問いに周囲の空気がふと静かになる。
確かに、もっと溶け込もうと思うならやりようはいくらでもあった筈だ。
まずはそのイカつい髪型を変えればもう少し接しやすくなったかもしれない。
鉄将はほんの一瞬、言葉に詰まり――それから、顔を赤らめながらぽつりと口を開いた。
「……親父と、お揃いなんだよ」
その瞬間、彼の耳まで染まった赤色がどこか初々しくて愛しかった。普段は語られないその背景に皆は一瞬、息をのむ。
彼の照れ隠しの仕草を見て、美月はふと胸の奥が温かくなるのを感じた。
「お父さんと仲が良いんだね」
「分かりますわ! わたくしもお父様を心から尊敬しておりますの」
穏やかな感想が続く中――だが当然、黙っていない者もいた。
「え〜〜ちょっと引くわ……」
「きっつぅ」
強と桜。彼らの言葉にはどこか軽やかな意地悪さが混じっている。その奥にある温かさを鉄将も感じ取っていた――だからこそ。
「よし、殴る!」
拳が風を裂いて唸る。左右へ振り抜かれるその拳は強の鼻先をかすめるが決して当たらない。
まるで儀式のようなやりとりに周囲の面々は微笑を浮かべてそれを眺める。
杏子だけが「危ない!」と本気で取り乱していたが、横で灯は静かにカレーを口に運びながらまるで他人事のように遠くを見ていた。
皆人がその場を宥め、それぞれの持ち場に戻っていく。
皆人は貢ぎ物のように渡されたお菓子を無心で食べているムックを見つめながら幸せそうに笑っていた。
そして、美月は――ふと思い出していた。
さっき、モジモジと照れながら語った鉄将の横顔を。
(かわいい……)
心の奥に浮かんだその想いを、誰にも言えずに一人、そっと目を伏せた。




