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そしてB型の世界は始まる  作者: ぞっぴー
そしてB型は惹かれ会う
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49.夕暮れの鬼人

 鉄将は昨日と同じ時間に登校していた。

 正確な足取りで坂道を登る。昨日、求平強は来なかった。それに気づかないほど目まぐるしい日であった。

 今日は来るのだろうか。自分でもはっきりと認めてはいないが、その問いが心にあった。


 教室の扉を開けると空気が微かに揺れた。視線が一斉に集まる。

 それ自体はいつものこと。だがこの日はその後の対応が違った。


「おはよう」

「おはよう、鬼怒川君」


 それは前日、心を交わした者達からの挨拶だった。

 思わず鉄将は頭を掻き、少し照れくさそうに返す。


「お、おはよう……」


 どこかぎこちないが、柔らかい色を帯びたその声。

 鞄を机に掛け、椅子に腰を下ろそうとした、その時だったーー。


 G組の扉が勢いよく横に弾け飛ぶように開いた。

 空気が鋭く張り詰める。


「鉄将! 花壇が――」


 強が叫んでいた。

 その顔は冗談の欠片もなく、焦りと怒りが交じっていた。

 悪ふざけではない――すぐに鉄将はそれを察した。


 立ち上がり、すぐさま駆け出す。その表情には困惑と怒気が浮かんでいた。

 鉄将が避けなくてもその顔を一目見ると道が勝手にできていく。

 強の背中を追い、昇降口を越え、裏手へと回る。


 花壇の前には先客がいた。

 あの日、強とともに現れた面々。そしてその中央で膝を抱え、泣き崩れている少女、天宮花。


 掘り返された土。

 蹴り飛ばされたブロック。

 芽吹いたばかりの命達は、引きずられるように踏み潰されていた。

 その無惨な姿が彼女の涙を止めてくれなかった。


「これは……何があった?」


 静かな声だった。

 けれどその声の奥に宿る怒りは深く重く、彼の中で確かに燃えていた。

 握った拳が白くなるまで強く絞られる。


「ムックが朝の散歩中に見つけたらしい。荒らされた花壇と、ここで泣いていたこの子を」


 強の言葉を聞きながら鉄将は天宮に歩み寄る。

 彼女のそばにしゃがみ、視線を合わせた。涙が溢れた目が陽に照らされていた。


「どうした、天宮。何でお前が泣いてるんだ?」


 優しく肩に手を置く。

 逃げるように顔を隠して泣いていた彼女に鉄将は言葉ではなく、温度を伝えるように触れた。

 彼のその穏やかな所作が泣き震える彼女の呼吸をゆっくりと整えさせていく。


「ひっく……花壇が……てっ、しょうくん……花壇がっ……!」

「……それで、何でお前が泣くんだよ。お前はほんとに優しいな」


 自分のことではなく、花の命の為に泣ける人間がどれだけいるだろう。

 鉄将は彼女の背を庇うように前に座り、壊れた花壇の惨状を見せぬよう配慮した。

 それが鉄将にできる精一杯の気遣いであった。


「鉄将……」


 桜がわずかに目線を動かす。

 その視線に込められた意図を鉄将は即座に読み取った。


 鉄将の目の色が変わる。優しかった顔が徐々に怒りへと変わっていく。


 次の瞬間、鉄将は天宮の右手を掴み、無理やり引き剥がした。


「てっしょ……!?」


 あまりに乱暴で、唐突なその動作に桜が声を上げかけて固まる。

 仲間達も声帯を押さえつけられたかのように声が出せなくなった。


 彼の顔。

 鬼が宿るような、凄絶な怒りの表情。


 ローズも、強も、やんちゃ者達でさえ言葉を失う。

 教室で交わしていた彼とはまるで別人のような、静かなる怒りの化身。


「――誰だ?」


 その言葉はただの問いではなかった。

 地の底から響くような低音で周囲の空気を押し潰すような威圧。

 声に力があるわけではない。けれど誰もが本能的に悟った――怒らせてはいけない存在だと。


 鉄将は再び、天宮の頬を見た。

 赤く腫れた頬を確認すると、拳を震わせながら叫ぶ。


「お前を傷つけたのは――誰だ!!」


 その一声に空気が震えた。

 皆人の背に冷や汗が伝う。

 ()()()()()()()()、他人の痛みに心を震わせて怒れる。それが彼、鬼怒川鉄将だった。


「……鬼人」


 皆人が無意識に漏らしたその言葉は風のように仲間の耳に届く。


 偶然か必然か。この男の本質は奇しくもチビでか先輩が示した通り【夕暮れの鬼人】となって皆人達の前に降臨した。

 怒りの()と優しさの()、二つが同居する鬼人となってーー。


「天宮花!!」


 しかしその呼びかけに彼女は小さく首を振る。泣きながらも確かな拒絶の意思を示す。

 鉄将が鬼気迫る勢いで詰め寄っても彼女は頑固にその強さを見せていた。


 ◇◇◇


 それはムックが通りかかる前の時間であった。

 天宮花は鉄将との会話を思い出し、クスッと笑う。

 昨日はとても楽しかった。新しい友達と好きな花の話をできた。彼女にとって幸せな一時であった。


 天宮花は朝早く登校し持ち場の花のお世話をする。その延長で天宮は鉄将が管理する花壇へと足を伸ばしていた。

 鉄将がいるとは思っていない。ただ前日話した、やっと芽を出したマリーゴールドの双葉をもう一度見たくなったから。

 だから彼女は北校舎裏へ訪れた。

 しかしそこで見てしまった。


 金髪のロン毛。

 奇声を上げる茶髪の短髪。

 二人が花壇を無残に踏みにじり、スコップで土を撒き散らしている姿を。


「や、やめて……!」


 恐る恐る声をかけた彼女に、金髪はにやけながら振り返る。


「あ~あ、見られちゃった」

「んんのぉらあぁぁ!?」


 次の瞬間、芽を踏みつぶしながら彼女へと近づき、頬を強打する。

 恐怖と痛みで彼女はその場にへたり込んだ。


「君、あのデカブツの知り合い? このこと、黙っててくれるよね?」


 恐怖に侵されながらも首を横に振る。そんな中でも相手の意見を拒絶する強さ。

 だがそんなことはお構い無しに優位に立った彼らの圧は強まっていく。


「じゃあ、あのデカブツごと潰しちゃうよ? 俺達、強いから」

「へっへっへっへっへへ」


 その言葉に彼女は沈黙を選んだ。鉄将が傷ついてほしくないから。

 彼女は鉄将を守るために顔を背けた。

 震えながらも、誰にも言わないと、ただ頷いた。


 ◇◇◇


「天宮……」


 彼女の目には消えぬ恐怖と、それでも消えない意志が宿っていた。

 だから鉄将は悟る。今、彼女の口から真実を聞くことはできないと。


 その時。

 ムックが皆人の袖を引いた。これには覚えがある。

 何かを知らせようとする彼のサイン、皆人はゆっくりと彼の視線の先を追う。


「屋上……」


 皆人が桐人に耳打ちする。桐人は無言で頷いた。


 屋上のフェンス越しに金髪と茶髪の二人が顔を覗かせ、声を殺して笑っていた。

 鉄将を指差しながら、勝ち誇ったように。

 バレないと思ったのだろう。しかしその悪意ある気配をムックは感じ取った。


「あれ、どうする?」

「さすがに無関係じゃないな。問題は……今の鉄将に伝えてもいいのか、だ」


 皆人は思った。誰かが冷静でいなければならない。今の鉄将を暴走させるわけにはいかない――。


「……あれ? ムックは?」


 気づけばそこにいたはずのムックが消えていた。

 視線を動かすと、次に目に入ったのは雨樋をよじ登っている姿であった。


「ムック!?」


 心配でつい声を上げてしまった。その叫びが空気を裂いた。

 急いで口を塞いでも皆の視線は止まらない。

 皆はムックをーーその先を見上げ、拳に力がこもった。


「……あいつら」


 強と鉄将が同時に声を漏らす。

 あの時、チビでか先輩に絡んできた上級生の顔を彼らは忘れていない。


「やべぇ、バレた!」


 二人はフェンスから姿を消し、奥へと逃げていった。


「ビンゴだね。口の動き、『バレた』って言ってたよ」


 桐人が何で読唇術が使えるのかはこの際置いておく。今はその能力に感謝しつつ、特定された犯人に怒りを向ける。


 ムックはすでに屋上まであとわずか。

 あとは上下から追い込みをかけるだけ。急がないと他の校舎へ逃げられてしまう。


 鬼人の怒りは皆人には止められない。

 この結末がどうなるかなんて予想できる筈もなかった。

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