39.六不思議達の休日(5)
「僕はもう戻るよ。ここの支払いは気にしなくて良いからね」
龍哉の穏やかな声が個室に柔らかく響いた。
「それは悪いですわ!」
ローズがすかさず腰を浮かせたが龍哉はその言葉を手のひらで静かに制した。
「いいよいいよ。ここは僕の顔を立てて、ね?」
その言葉に桜が椅子を押しのけて立ち上がり、姿勢正しくお辞儀を決めた。
「ご馳走さまです!」
「順応が早いわ、一色さん!?」
美月の素早いツッコミが入る。桜はふふんと鼻で笑い、席に戻るとティーカップを掲げて龍哉に軽く会釈した。
龍哉は柔らかな笑みを残し、静かに扉を閉じて個室を後にする。
その足音が遠ざかっていくのを聞きながら、美月はローズへとじりじり詰め寄った。
「優しそうな良い男だぁーー!! ずるい!」
「あたしの好みじゃないけどね。弱そうだし」
「オーホホホホ! 貴方達にもいつか素敵な殿方が現れることを心からお祈りいたしますわ!」
満面の笑みで高笑いするローズ。だがその声の裏にどこか照れを隠した気配が混ざっていた。
「……貴方達って、一色さんには求平君がいるじゃない」
「うん、あいつとは疑似恋愛だから」
「どゆことーー?」
美月が両手で頭を抱える。桜は静かに笑って、茶を啜った。
戦って、負けて、付き合っている。だけどそれはあくまで仮の関係。
そんな風に話す桜を美月は「はい?」という顔で見ていた。
「まぁ、とりあえず協力関係ってことだけ理解しといて」
とりあえずのまとめに美月は渋々頷いた。だが彼女の瞳にはまだ複雑な感情が残っている。
女子会はそのまま恋バナや噂話に花が咲き、気付けば空も少し傾いていた。ふわふわと移り変わる話題の波の中で自然と仲間の話になっていく。
ムックの好きなもの、特技、行動パターン。ローズの語りが加熱していくと例の写真の話題に回帰し、ついには両手で顔を覆い、椅子に突っ伏す。
「くうちゃんは……なぜこんなに……尊いのですの……」
ローズが震える声で呟き、感情を押し殺して嗚咽する。桜は慣れた手つきで背中をぽんぽんと軽く叩いて宥める。
「で、やっぱりよく分からなかったけど結局一色さんは求平君のことどう思ってるの?」
唐突に話題を振った美月に桜は笑みを浮かべたまま淡々と答える。
「まぁ強はサンドバッグとして優秀よ。反応も楽しいし、時々抗うのも滑稽だし、次の仕掛けを考えやすいし」
にこやかに言い放たれたその言葉に、美月とローズの表情が凍りつく。
「やっぱ……求平君のこと、好きなの?」
「だから、あいつはただの砂袋だってば」
非人道的発言を真顔で言う彼女にさすがのローズも目を丸くした。美月は手元のおしぼりをお嬢様にそっと差し出す。
そのまま女子三人の休日はショッピングに移り、甘味処を巡り、街を練り歩く。
楽しくて何気ない、けれど確かな繋がりがそこにあった。
……だが。
歩くたびに感じる、ひりつくような視線がある。
「ねぇ、ローズ。あんたの警護、何人いるのよ?」
桜が小声で問いかけると美月はキョロキョロと辺りを見回した。しかし、どの通行人も彼女達には無関心に見える。
「えっ? 分かりますの?」
「5人……いや、6人かしら?」
桜がそう告げるとローズは額に青筋を浮かべ、どこかへ電話をかけだした。
相手は1コールも待たずに応答するとお嬢様の声が低くなっていく。
「今日は大丈夫って言いませんでしたか? ……言い訳はお止しなさい。気付かれてるじゃありませんの。……彼女が横にいるのでそんな危険なことは起きませんわ! 早く退散なさい」
スマートフォン越しに低く怒るローズの声音は普段の飄々とした調子とはまるで違った。
通話を切った直後、確かに空気が変わった。張り詰めていた何かがふっと消えた。
「やりますわね、桜さん。今日のはわたくしでさえも気付きませんでしたのに」
「あたしを誰だと思ってんのよ!」
「……えっ、巨傲さんの家って忍者の末裔とか?」
「ただの金持ちですわ」
美月がポツリと呟き、場にほんの少しの笑いが戻る。
そんな中、ゲームセンターのネオンが美月の視線を引き寄せた。とたんに顔がほころび、目が輝きを帯びる。
桜はそれを見て促すように言った。
「美月の格ゲー、やってるとこ見せてよ」
「そんなに言うなら……入りましょう! 入りましょう!」
無邪気な笑顔を咲かせた美月に桜とローズも思わず笑ってしまう。
ゲームセンターに入ると美月はまるで空気を吸うようにテンションを上げていく。桜が目ざとく見つけたのは「ワイファイ3」という少し古めの格闘ゲーム。
「これやってるんでしょ?」
「私のはもっと新しいのだからな〜。しかも今対面でやってるし……」
「挑んでみたら?」
「いや〜〜……」
「美月はすごいから、すぐ順応できるでしょ?」
桜の言葉にまんまと乗せられた美月は頬を染めつつ百円玉を投入した。まるで操られているようなその姿がどこか愛らしい。
筐体の前では相手キャラ『ハーザ』が火力高めの弾幕を張ってくる。
「このゲーム、ブーストないじゃない! これどうやって抜けるのよ!」
システムの違いに四苦八苦しながらも諦めずに戦う姿はまさに格ゲー魂。
だが敗北は避けられず、悔しげに歯を食いしばった美月が筐体の後ろから出てきた少年と目を合わせる。
「なんか聞いたことある声だと思ったら、お前らかよ」
「え? 普済くん? じゃあ対戦相手は……?」
「僕だよ」
無造作な髪を揺らしながら現れたのは桐人だった。
「8ならともかく、3なら僕に分があるようだね。み・つ・き・君?」
「よし、ぶっとばす」
美月が鼻息荒く連コインを叩き込む頃、桜はその場を離れ強のもとへと向かった。
「これで良いんだろ?」
強が突き出したスマホには、桜からのハート付きメッセージ。
『合流場所提示で朝の無礼は勘弁してあげる』
彼らの所在地を知って桜は目的地へと誘導していたのだ。自然に、美月が食いつくように。
「……なんで俺がこんな交渉されてんーー」
「きゃああああああああ!!! かんわいぃぃぃいですわぁぁぁあああ!!!」
「……あーー俺のせいか」
店内に響く絶叫。見るとローズがムックに頬ずりしながら狂喜乱舞していた。
さすがのムックも少し鬱陶しく感じているのか、頑張って引き剥がそうとするもお嬢様の力はリミッターが外れていた。
皆人はその様子を見て深く深く頭を下げるのだった。
ちなみに桐人は三クレ目から対応されはじめ、それ以降一ラウンドも取れなくなっていた。
美月の連コインが一区切りつき、桐人も黙って画面を見つめるようになった頃、桜は皆を呼び戻し、ゲーセンの奥に視線を向けた。
「ねぇ、せっかくだし、皆でプリクラ撮らない?」
「え、俺達もか?」
皆人が眉を寄せるが、ムックの方を見てむしろ乗り気になる。
強は桜の目を見ると何かを察したように肩をすくめた。
「はいはい、どうせ断れねぇしな」
そんな会話と共に総勢七人がプリクラ機へとなだれ込む。
ギュウギュウの空間。わずか畳一畳ほどのブースに男女が入り乱れている光景は外から見ると異様でそれでも当の本人たちは楽しげに笑い合っていた。
「ちょっと強、顔近いってば!」
「しょうがねえだろ狭いんだから!」
「ローズ君はさっきからどこ見てるの?」
「カメラがどこかよく分かりませんの」
「今のうちにリボン直しておこ〜っと」
「うるせぇなぁ……」
それぞれが慌ただしく準備をしている間、ムックだけはすでに完璧な表情と角度をセット済みでスクリーンに映る自分にご満悦。
ピピッ、と軽やかな音が鳴り、撮影が始まった。
カメラの上のランプが光るたびにわちゃわちゃと動く仲間達。
顔が重なったり、視線が外れたり、ローズの縦ロールが画面を遮ったりと、トラブルも含めて全てが笑いに変わる。
途中、強が無理矢理桜を肩車しようとして失敗して二人で崩れ落ちる。後ろで爆笑する美月と真顔でそれを見ている皆人。ムックは飽きて持っていたドーナツを食べていた。
カーテンをくぐって外に出た一行は画面上で落書きとデコレーションを始める。
「ちょっとローズ! 自分の名前、スタンプで囲みすぎ、邪魔!」
「わたくしが一番目立ちますの!」
「私のおでこを黒ペンで埋めたのは誰!?」
「後半のムック君、全部ドーナツに隠れてるけど……」
ツッコミと笑い声が重なり合う。そしてついに印刷された一枚のプリクラシール。
笑顔、真顔、変顔、崩れ落ちる瞬間……まるで人生の縮図のように、そこには『彼ららしさ』が詰まっていた。
桜はそれをスマホのケースにそっと差し込む。美月は手帳に貼る場所を吟味していて、ローズはムックだけを大量に複製しようと画策していた。
「なんか、青春って感じだね」
ぽつりと、桐人が呟いた。
誰も否定しなかった。くすぐられたような恥ずかしさが肌の上を走る。
たった数分の出来事。でも、それは永遠に残る記憶となる。
まるで笑い声の余韻を閉じ込めるようにプリクラシールはそれぞれの手の中で柔らかく光っていた。




