38.六不思議達の休日(4)
美月の姿を現したのはまるで空がそのまま色を落としたような淡い水色のブラウス。
胸元には細い黒のリボンが結ばれていた。けれどそのリボンは結び目がすこしだけ歪んでいて、急いで結んできたことを物語っている。
スカートはアイボリーのフレアスカートで膝下までの丈感が彼女らしい慎ましさを演出していた。
歩くたびに柔らかに揺れるその様はまるで風に踊る野の花のようだ。
足元は光沢のある黒のワンストラップパンプス。かかとの低いヒールは美月の無邪気な性格に合わせていた。
前髪はほんの少し寝癖が残っていたがそれもどこか自然体で彼女の可愛さを引き立てていた。
「いや、私達も今来たところだから大丈夫よ」
実際にローズがいつから来ていたのかは桜にも分からない。けれどそうした細かいことはさておき、面倒な説明を省くのが桜流だった。
息を整えている美月に桜の視線が滑らかに這う。
ショルダーバッグのベルトが片方だけ肩からずれていた。それをそっと直しながら桜は満足げに頷いた。
「凄くかわいいじゃない。とっても似合ってる!」
その一言に美月の頬がわずかに紅を差したように染まる。
「あ、ありがとう。一色さんも……似合ってるわ」
「わたくしも似合ってましてよ!」
「ソーダネー」
「わたくしへの扱いが雑!」
ローズが噛みつくように割り込んでくるもそれすらも三人の心地よいリズムの一部だった。
そうして、次はどこへ行こうかと桜が話すとその無計画の招集者にローズは小さなため息を一つ漏らし、スマートフォンを耳元へ運んだ。
「久美子です。席は空いてますかしら? ええ、そう。ではこれから伺いますわ」
通話を切ったローズは踵を返して言った。
「ついてきてくださいまし」
向かった先は繁華街の中でも屈指の人気を誇るカフェだった。
白を基調とした外観には、グリーンの蔦と生花があしらわれ、エントランスから漂う芳香が早くも非日常を演出する。
自動ドアが静かに開くと、給仕をしていた店員たちが一斉に姿勢を正し、無音のようなタイミングでぴたりと頭を下げた。
「いらっしゃいませ。お嬢様」
「先程電話した通り、三人ですわ」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
彼女達が通されたのはカフェの奥、一般客の視界から完全に隔てられた、特別な個室だった。
壁には蔦とハーブが編み込まれ、天井から吊るされた透明なランプの中には押し花が封じられている。
柔らかな自然光が差し込む空間にはアールグレイとミントの香りがゆったりと漂い、まるで時の流れが緩やかになったかのようだった。
「ローズ……ここは?」
「このお店は知り合いのグループの店舗ですの。ここは一般には公開しておりませんけれど、特別に使わせていただいてますのよ」
「これだから金持ちは……」
「はいはい、美月ちゃんは今日もかわいい子ですね~」
桜はおどけたように美月を膝枕で抱え込む。妬みモードに入ろうとしていた美月はくすぐったそうにしながらも抵抗をやめて、するりと猫のように丸くなった。
「じゃあ、注文しましょうか」
彼女達は各々楽しい食事に華を咲かせるのだった。
メニューはどれも細部まで丁寧に作り込まれ、美しい。
味わいも見た目に劣らず、繊細で奥行きがあり、香りも食感も一皿ごとに異なる楽しみがあった。
桜は満足げに目を細めながら、グラスの紅茶に指先を添える。
そんな中、個室の扉がノックされた。
「失礼します」
店員にしてはタイミングが妙だった。
ドアが開き、そこから現れたのはスーツでも制服でもない、ラフなシャツ姿の青年だった。
髪はわずかに乱れ、どこか寝癖のようにも見えるがその表情には穏やかさがあった。
彼は慣れた様子でローズに近づくと、その手を取って軽く頭を下げる。
「いらっしゃい、久美ちゃん」
「ごきげんよう。……わざわざ挨拶に来なくてもよろしいのに」
「たまたま立ち寄っただけだよ。そしたら君がいるって聞いてね」
「それはそれで複雑ですわ」
「巨傲さん……その人は?」
美月の問いに男は視線を向けると、柔らかな笑顔で応じた。
「大富季龍哉です。……久美ちゃんのお友達ですね。これからも彼女をよろしくお願いします」
その言葉は礼儀正しくもどこか飾り気がなく、好感の持てる口調だった。
「このカフェは龍哉さんが経営してますのよ」
「って言っても、父のグループの中の一店舗を任されてるだけだよ。まぁ……後学のために、ってやつさ」
「充分凄いんだけど……」
桜と美月は思わず目を見合わせた。
ローズと違って鼻につく感じがないのは彼の控えめな立ち振る舞いと声のトーンゆえだろうか。
桜は静かに頷き、カップに口をつけた。ハーブティーの柔らかな香りが彼女の胸元をゆるやかに撫でていく。
「あとわたくし達、婚約者なんですの」
——その瞬間、桜は口に含んだハーブティーを盛大に吹き出した。
「えええええ!? こ、婚約者!?」
美月が目を見開き声を張り上げる。
「父親同士が昔交わした口約束だけどね」
龍哉は気まずそうに頭を掻いた。
「まぁ金持ちだからね、婚約ぐらいするわよ」
「その噛み砕きは早すぎるわ! 一色さん!」
美月が慌てておしぼりを差し出す。
冷静を装っていた桜の口元からは、まだ細くハーブティーが流れていた。




