36.六不思議達の休日(2)
プロから名刺をもらうという、人によっては飛び上がって喜びそうな出来事にもムックは無頓着だった。
名刺をリュックに雑に放り込むと手には次のドーナツ。
粉砂糖が頬につきそうな勢いで頬張りながらムックは何食わぬ顔で歩き出す。
その手を引くようにして彼らを待ち構えていたのは強だった。
テラス席の木漏れ日を背に仁王立ちするその姿はまるでヒーローの登場シーンを意識しているかのようだ。
半袖Tシャツに七分袖のジャケットを重ね、ベージュのチノパン。色数を抑えたそのコーデはどこまでもラフで、それでも何故か様になっているのが強という男だった。
「遅い!」
声は張り上げているのににやけた口元が皆人をいらつかせる。
「一番遅いのはお前だよ……」
皆人は思わずツッコムが心の中では(今日はだいぶ早い方だ)と既に折れていた。
そういう意味では甘い――いつもならこれでも愚痴を飛ばすのだが今日の彼は機嫌が良い、朝から目の保養にお気に入りフォルダの増加で有頂天であった。
特に予定も決まっていない集まり。けれど皆人にとってそれはもう馴染み深い習慣だった。
桐人の「これからどうするの?」の問いから「ボーリング行こうぜ」という決定までの流れも、今さら異を唱える者はいない。自然と一行は街のボーリング場へと足を向けた。
「俺の最速を喰らえいッ!」
強のボールが轟音とともにレーンを駆け抜け、端のピンを吹き飛ばす。スコアなど知ったことか。ピンを倒す速度だけが彼の気持ちの中心だった。
桐人はというと椅子に腰をかけたまま、パチパチと静かに手を叩いていた。
どうやら彼はこの球遊びに深い関心はなさそうだったが強のテンションにはそれなりに付き合っているらしい。
皆人のフォームは教本通り。どこかで見た初心者向けの動画そのままで慎重に投げるもしばしばガターに吸い込まれる。
たまにストライクが出れば、それだけで心が踊る。
そんな自分を人並みと評して楽しんでいた。
投球を終えた皆人が腰をひねりつつ席に戻ろうとしたその時、ムックとすれ違う。その手には漆黒の光沢を放つマイボール。
足元には専用のマイシューズ。聞けば、このボーリング場の会員になっていて、マイグローブまで専用ロッカーに預けているのだという。
「……なんでそんなもん持ってんだよ」
皆人は驚きを通り越して笑ってしまいそうだったがその笑みはすぐに苦笑へと変わった。ムックが静かにターキーを決めた瞬間だ。
初球、明らかに軌道を外れているように見えたボールが途中で鋭いカーブを描いてピンの中心を正確に突き刺した。
途中、慰めようと立ち上がりかけた皆人の手が空を切った。
先走った自分を恥じ、何事もなかったかのように腰を下ろす。その苦い記憶は、まだ記憶に新しい。
ムックの連続ストライクは結局六回に達し、いつの間にかギャラリーまで生まれていた。
「ストライク六回連続はシックススって言うらしいよ」
桐人がスマホを弄りながら、ふとした知識を口にする。
「へぇー……」
皆人はその言葉を右耳から左耳へと流し、強が記録した破壊的なピン飛ばしの音に思わず耳を塞ぐ。
「110キロ出たぞ! どうだ!」
自慢げな強に皆人は即座に返す。
「……どう見ても機械が壊れてるよ」
ボーリングをひとしきり楽しんだ後、彼らは近くのファーストフード店に移動し、ハンバーガーとフライドポテトを囲んで次の行き先を相談する。
ムックの注文だけで店員が四往復したのはもはや事件だったがその山のようなポテトが皆の胃袋に収まっていくにつれ、空気はさらに和やかになっていった。
「ていうかなんで男子会なんてやってんだ? 強、桜との初デートは行かないのか?」
周りの目に合わせたか、強をからかっていたのか、桜が「初デートどこに行く?」と言っていたのを皆人は覚えていた。
皆人のツッコミに強が目をカッと見開く。
「どこのバカが初デートに道場破りに行くんだよ!!」
「そんなことは聞いてないが……ホントに道場破りに行く予定だったのか?」
「あぁ、すまん。幻聴だった」
強は一度、大きく息を吸うと自分を落ち着けながら朝の出来事を語ってくれた。
「朝、桜からメッセージが来たんだよ。『今日は女子会だからデートはまた今度ね。って!』 俺は何も言ってねえのに! つか、デートなんかする気ねぇっての!」
怒鳴りながら強はポテトに当たるかのように食いちぎる。
それの当て付けかのように今日の男子会が生まれたのだ。
皆人はそれを聞いて朝感じた「ありがとう」の気持ちを心の中で桜にも唱えるのだった。
「桐人は来ないかと思ってたけどな」
「うーん……でも女子会されたらさ、男子も動かないとダサいじゃん?」
「お前の男子会へのリスペクトは何なんだよ……」
ムックの昼昼ご飯――昼食の後にもう一度軽食をとる謎の習慣にも付き合いながら、最後に立ち寄ったのは強が贔屓にするゲームセンターだった。
古びた外装に反して中は整然としており、清掃が行き届いている。
レトロ機と呼ばれる懐かしの筐体がずらりと並び、時折、珍台と呼ばれる希少な機種も姿を見せる。
だがそれだけではない。最新機種もしっかり取り揃え、老若男女を問わず楽しめる、温故知新の理想形のような空間だ。
「うわっ! ワイファイ3じゃん! なっつかし~! これソフトが家にあったよ!」
桐人が目を輝かせながら筐体に飛びつき、百円玉を投入口に滑り込ませる。
選んだのはかつて彼が最も使っていたという女神官ハーザ。
レバーの動きに指を馴染ませながら彼は昔の記憶を頼りにコンピューター戦へ挑んでいった。
その傍ら、強は店内を見回す。ムックは既にメダルプッシャーに夢中で光と音の中で黙々と作業のように遊んでいる。
ふと、強の視線が一点に吸い寄せられた。
一人の男。眼鏡の奥の目は陰を宿し、姿勢は無駄のない構え。その指先から放たれる弾は次々とゾンビの眉間を撃ち抜いていく。
ゲームは『ゾンビDEATH』。かつて強も挑んだ難関シューティングだ。
最終ステージのラスボス戦――反応速度と正確性が試される過酷な場面――その男はただ一人でしかも無駄弾一つなくそれを制してみせた。
銃をホルスターに戻し、二秒、三秒。彼は無言で画面を見つめ、ぽつりと呟いた。
「つまらん……刺激が足りない。……やはりあいつを戦場へ引っ張り出すか……」
男はそのまま立ち去っていった。強はその背中を目で追いながら、しばし言葉を失っていた。
やがて仲間のもとへ戻った彼に皆人が声をかける。
「どうかしたか?」
「……なんかさ、犯罪者予備軍みたいな奴がいた」
「いや、お前も似たようなもんだからな?」
強が返す言葉を探す間もなく、筐体の一つに変化が起こる。
桐人の『ワイファイ3』の画面が静止し「new challenger」の表示が浮かび上がった。対戦相手は向かい合った筐体の向こう側。
桐人の口元がゆっくりと吊り上がる。胸の内で懐かしい熱が再び灯る。
彼は久しぶりの対人戦に自然と手に汗を握っていた――。




