32.鍵盤奏でる呪言(4)
「あなた達、変な集団ね」
「自覚はある」
「……良いわ。で、なんで私なの?」
硬かった表情が少しだけ緩み、妬根美月は腰を下ろした。
鋭く立ち上がっていた警戒の棘がほんの少し引っ込んだように見える。
ここからが本当の勝負。皆人はそう悟った。
だがおそらく最初に口火を切るのは、直進馬鹿の強だ。強のやり方はいつも直球、というより直突貫。行き当たりばったりこそが求平強の真骨頂――だがなぜかその風は彼に味方する。
皆人は黙って一歩引いた。今も風は強に吹いている。
待ってましたとばかりに強は懐から少しクシャッとした巻物を取り出し、堂々と広げた。
美月の瞳がそれを捉える。文字を追う内に彼女の眉がピクリと動いた。
自分が【鍵盤奏でる呪言】だとすぐに理解したのだ。
「……こんな噂が立ってるんだ」
声のトーンは平坦だったがまんざらでもないような響きが混じっていた。
実際にはそんな噂など立っていないことは隠しておく。訂正する必要もない。
頃合いを見計らって強は本題に踏み込んだ。
「で、あの独り言? は結局何なんだ?」
「あれね……」
最初はどう誤魔化すかを考えていたのだろう。けれど美月は小さくため息を吐いて、肩の力を抜いた。
「……私、格ゲーが好きなの」
思いがけない方向からの答えだった。
格ゲー。格闘ゲームの略だ。
彼女は無意識に左手で空中にレバーを倒し、右手でボタンを叩くような仕草をする。
その様子はピアノとはまた違う、別の舞台で戦う彼女の姿を想像させた。
「よく熱帯に潜るんだけど……いや~、あったまる、あったまる」
「彼女が何を言ってるのか全然分かりませんわ」
ぽかんとしたローズの横で桐人がすかさずフォローに回る。
「要約すると、格闘ゲームのネット対戦でイラついてるってことだよ」
「なるほどですわ……?」
完全に理解してはいないがローズには優秀な翻訳機がついているので問題はない。
「家だと家族がいるから……大きい声、出せなくてね。だから、その……ここで、ね?」
妬根は可愛らしく語尾を濁し、上目遣いで理解を求める。
――なるほど、彼女は家で溜め込んだストレスを学校に持ち込み、ピアノの音で搔き消していたのだ。
その甘い声色には騙されない。
やっていることは中々パンチが効いていた。
「じゃあ、最初の脳死がどうとかは?」
「何も考えずにプレイするなって自分への叱咤?」
「煽りがどうこうってのは?」
「勝ちを確信した相手の挑発への怒り」
「吹奏楽部が聴いたセツダンってのは?」
「……多分、回線切りされた時の怒り、かな?」
「お前……面白いな!!」
強が大声で笑った。嘲笑でも冷笑でもない。妬根という人間への最大の賛辞だというのは誰の目にも明らかだった。
その純粋な反応に美月も自然と頬を緩ませ、はにかんだ。
強はいつものように右手を差し出した。彼なりの仲間への勧誘の儀式である。
「求平強だ。で、こっちは愉快な仲間達」
「ついでにまとめんな」
妬根は一度差し出された手を、しかし軽く払った。
「求平……? まさか、あなたがあの有名人!? 確か『縛り愛』に勝利した変態!」
「『果たし愛』に勝利した変態な!」
「変態は否定しなくて良いんですの?」
「というかよく見たら一色さんに巨傲さんまで!?」
妬根がミーハーなのか、それともやはり彼女らの名声は轟いているというのか。
皆人の中でさらなる謎が生まれそうだった。
「妬根美月よ。一応、よろしくね」
自己紹介を終え、彼らは輪になって床に座り込む。
ムックがそっと差し出したチョコ菓子が並び、その所作の優雅さにファンクラブの二人が撃沈した。
お菓子をつまみながら会話は自然と続いていく。
「それにしても美月のピアノは凄かったな! ああいうのはよく分からないけど鳥肌が立ったよ」
「そ、そうかなぁ~~」
「確かにね。目を閉じれば風景が浮かんでくるようだったよ。けど、あれ……あまり聴いたことのない曲だったけど?」
「私のオリジナル! テーマは『私の怒り』!」
「そ、そう……」
皆が微妙に反応に困る中、さらに追撃の言葉が放たれる。
「歌詞もいずれ付けるわ! サビは『許さない! 許さない! 私が回線の海を渡れたら あなたの許まで出向くわ。この拳を打ち込みにね』でいこうと思うの!」
「い、良いんじゃないかな……」
桐人の精一杯のフォローだった。彼の中で良し悪しの基準が今、音を立てて崩れ始めている。
だが――その奇抜さにこそ強と桜が強く反応した。
二人はまるで赤ちゃんのように無邪気に手を叩き、腹から笑っていた。
「駄目だ! 妬根さんセンス良すぎ!」
「美月、お前最高だわ。やっぱり仲間に入れよ」
「求平君の言う仲間って、特別な人しか入れないんでしょ? 私なんかが――」
「いや、どう見てもお前は特別だろ」
強の言葉に迷いはなかった。仲間達も黙って頷いた。
ピアノの腕前を超えて、彼女の個性、その怒りの熱量、そして七不思議に選ばれたこと――すべてが特別の証だった。
「お前からは天性の才能を感じるよ」
「て、天性……」
その響きに美月は胸の奥を揺らされた。
強は静かに裏へと合図を送った。その意図を読み取った仲間達は一斉に称賛の嵐を浴びせる。
「貴方のピアノ、感動しましたわ」
「歌詞も独創的で真似できないね」
「センスの塊だよ」
「面白可愛い妬根美月ーー!」
最後の桜だけはややズレているが、美月の頬はみるみる綻び、頭を掻きながら彼らの方へ向き直った。
「そんな言われたら……仕方ないなぁ~~」
(ちょっろ)
(ちょろいなぁ)
(ちょろいですわ)
どうやら彼女は褒め言葉に滅法弱いらしい。
その笑顔は、最初の鬼気迫る少女とはまるで別人のように明るかった。
「美月のキュートなおでこに100点をあげよう!」
強が赤いマジックを取り出すとまるで神聖な儀式のように彼女の額へと描き始めた。「100」と花丸。可愛らしくも堂々とした印。
その瞬間、空気がぴたりと静止する。
強が桜の鞄から鏡を取り出し、反射させると彼女の笑顔は一瞬で凍りついた。
「……何さらしとんじゃい!!」
前からは美月の渾身の頭突き、後ろからは桜の鋭い延髄蹴りが炸裂し、強は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
求平強、その命、此処に潰える。
作詞作曲、妬根美月
タイトル
『ラグナロク・オブ・ネット対戦』




