21.果たし愛
「あんたは何のためにあたしに挑むの?」
その問いは一色桜にとって戦いの前の儀式だった。
単なる好奇心や打算ではない。
目の前の相手がどんな想いでこの場に立っているのかを知る。それを受け止めることで初めて彼女は全力でぶつかる覚悟を定める。
その真剣な問いに強は一瞬だけ表情を曇らせた。それは演技だった。
あの油を塗ったような表情、皆人は即座に彼は茶番を始める気だと見抜いた。
けれどつい目に入る演技。強という男は常に場を面白くすることだけを考えている。まさにトラブルの申し子だった。
強はわずかに溜めて飄々と口を開いた。
「お前が欲しい」
その瞬間、場の空気が一変した。先ほどまで渦巻いていたブーイングも、怒号も、喧騒も、すべてが吸い込まれたかのように消え去る。
静寂。鼓膜に響くのは自分自身の心音だけ。
桜の瞳が音を立てるように据わる。
その言葉の真意を皆人は瞬時に理解していた。「お前が仲間に《・》欲しい」――それをわざと誤解を招く形で言ってみせた。茶目っ気。挑発。場の空気を掌握しようとする、強の狙い。しかし――。
「んっ? 二人共、どうしたんだ?」
戸惑いながら両隣を見やると、ローズと桐人がそろって額を押さえていた。
「あーあ、やっちゃった……」
桐人の呟きはその場の重さを現していた。
「果たし愛だ……」
誰かの声がギャラリーから漏れた。
それは静かに、けれど確実に波紋を広げ、いつしか歓声に姿を変える。「果たし愛だ!」「果たし愛だぞ!」と。
「果たし合い……なのは分かるけどなんだよこの盛り上がりはよ! ローズもさっき戦ってたろ」
耳を劈くような熱狂に皆人は思わず耳を押さえながら叫んだ。だが彼の声などその熱狂の波に呑まれていく。
「……果たし愛のあいは愛してるの愛さ」
桐人の声にはどこか哀れみすら混じっていた。
「嫌な予感はしてたけどあの強君がよりによってそんな言い方をするとは……」
「今思えば強さんなら確かに言いそうですわね」
ローズが肩を竦め、ため息をついた。
「……事前に言わなかった僕のミスだね」
「ちょ、ちょっと待て。何がどうなってんだ? つまりあいつは何をしたんだ!?」
「……告白だよ。それも戦いを通して告げる『果たし愛』のトリガーを引いたんだ」
ローズが頷きながら補足する。
「桜さんは告白が多すぎるからと、こう言い始めたんですの『私に勝てたら付き合ってあげる』って」
「それは桐人からも聞いたが……」
その発言が瞬く間に校内を駆け巡った。いつしか誰かがそれを「果たし愛」と名付け、今ではまるでイベントのように扱われている。
「それって勝ったら付き合う、負けたら終わり……ってだけか?」
「いいや、ちゃんとルールがある」
桐人が指を三本、静かに立てる。
一、果たし愛は一度きり。敗北者は以後、桜への干渉を一切禁ず。
二、敗北者は後日、一日下僕として絶対服従を誓う。
三、勝負の形式は桜が決定する。
「……下僕って。一日で済むんだな」
「最初はもう少し期間があったらしいよ。けど彼女は一日に五人相手にしたこともある。そうなると収集がつかないんだ。狂気の沙汰だね」
恋は人を狂わせる。まさにその言葉を地で行くような地獄絵図が皆人の脳裏に浮かんでしまう。
「今回の問題は一つ目のルールですわ」
「つまり、強が負ければ桜とは二度と……」
「関われなくなる」
ローズの声にはどこか寂しげな響きがあった。
強のことだ。負けたとしても顔を引きつらせて桜の下僕を演じ茶化すに決まっている。だがその一日で終わる。
強の冒険はそこで終わり。前までの皆人だったらそれで良かった。むしろ求めていた。
だが今の皆人は知ってしまった。いくら人為的に作られた七不思議だろうと、チビでか先輩の努力を、意思を。
(……あれ? もともと七不思議を解明したら終わりじゃなかったか?)
それがいつの間にか仲間にすることを目的としている。強の中で面白優先順位がそちらに振れたのだ。
彼が自分本意に動くのはいつものこと、皆人も諦め、視線を強へ戻した。
実況席の二人、倒れているお嬢様、胃袋が空っぽの少年。様々な人々が見守る中、強と桜の視線が交錯する。
「ルールは巨傲さんと同じ。負けたら二度とあたしに関わらない事。いいわね?」
「……ああ」
周りの熱狂ぶりに何か違和感を覚えたが強の瞳に迷いはなかった。
いつもふざけた口調で笑いを取り、全てを冗談のように包んでいた彼が今は本気だった。
聞こえてきた果たし愛が何かは知らない。だが関係ない、勝つだけだ。
その姿に桜は確かに何かを感じ取っていた。
「いろいろ着込んでアクセサリーまでつけて……何を隠してるのかしら、ねぇっ!」
飛んだ。赤い縄が、しなるように宙を舞う。強はほんの数歩後退しそれを紙一重でかわす。
その動きは完璧だった。立てた予測がぴったりとはまった動き出し。桐人との会話が脳裏をよぎる。
「桜君との戦いで一番気をつけるのは首だよ」
「首?」
「亀甲縛りの始まりは首元からって見たことがある。彼女の性格からして――」
「完璧な勝利を飾りたい」
「ご名答。だから作戦はこうだ」
ローズとの戦いの中で桐人は彼女の癖を読み解いていた。
その言葉を強は聞き逃さなかった。だから今、彼はここに立っている。
「できるかい?」
桐人の問いに強は笑って答えた。
「俺を誰だと思ってんだ」
「君ならそう言うと思ったよ」
二人の拳が軽くぶつかり合う。100%の勝算など無い。だが希望はある。
強がその希望の名を背負い、今動き出す――。




