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そしてB型の世界は始まる  作者: ぞっぴー
そしてB型は惹かれ会う
19/86

19.亀甲乙女vs放課後の哄笑

「あんたは何の為に挑むの? 富? 名声?」


 その問いかけにローズは小さく首を傾げた。

 そんな大それたものじゃない。たかが野試合だ。勝っても何も得られはしない。

 それでも彼女の眼差しは静かに燃えていた。


「わたくしの誇りの為に」


 どこまでも真っ直ぐに、誇りという名の旗を掲げるその姿に皆人は心の奥でため息をついた。

 お嬢様もまた大馬鹿者だった。

 本来は何の為の試合だったのか、目的を失っている気がする。


「確か一色を倒して仲間に引き入れるって話だったよな?」

「そうだけど……もうこれは女同士の引けない戦いへと変わったんだ!」


 桐人の感情に任せて叫んだ声が空に散る。

 皆人の周囲からいつの間にか味方の影は消えていた。


 ふと辺りを見渡す。

 さっきまで近くにいたはずのムックが見当たらない。

 皆人の思考を読み取った桐人がさも当然のように口を開いた。


「糖分切れたから菓子食ってくるって」

「ヤニ切れたからタバコ吸ってくるみたいなノリで言われましても……」


 再確認するまでもなかった。

 ここにいるのは自由人ばかりだ。


「ルールはどうしますの?」


 ローズの問いかけが空気を鋭く引き締める。

 桜は無造作に回していた縄を手繰り寄せて言った。


「バーリトゥード」

「ばーり……何だって?」

「何でもありってことですわね。禁止技は?」

「なし。武器も何でも使っていいわよ」

「あら、それではその縄を絶ち切る刃物を使っても?」

「構わないわ」


 息を呑むようなやり取りの中、皆人だけが一人取り残されていた。


「お前ら、俺の知らない言葉で話してないか……?」


 だがそんな彼の困惑など露知らず、桜の眼差しはぶれることなく、ただ一直線にローズを射抜いている。

 それはハッタリでも慢心でもない。

 圧倒的な自信、そんなものを彼女から感じ取った。


「わたくしは何もいりません」


 ローズもまた、静かに誇りを掲げていた。

 その気迫は桜に劣らない。いや、それ以上かもしれない。


「勝敗はどうしますの?」

「戦闘不能になるまで」


 その言葉が落ちた瞬間、張り詰めた空気が場を支配した。


 桜は縄を右手に、足をやや開いて低く構える。

 ローズは背筋を伸ばし、左足を引いて手刀を前に置く。


「桜選手、これは縄の使い手に適した構えでしょうか。ローズ選手は半身の構え」

「半身の構え?」

「合気道でしょうか。流れるような動きを得意とする武術です」


 実況する桐人の声が熱を帯びる。

 なぜそんな知識があるのか。誰もが問いただしたかったが彼にそれを聞く余裕はなかった。


 審判もルールもない。ただ、心に鳴るゴングだけが二人を突き動かす。


 ローズがじりじりと間合いを詰める。

 その間合いに桜が応じるように地を蹴った。


 左の拳が振るわれる。だがそれは囮、本命は右手の縄だ。

 ローズは体捌きだけで拳を避け、死角から来る右のフックに即応する。

 拳を捕らえ、続く縄はスウェーでかわす。

 掴んだ手首を捻ると同時に体を回転させ――


「小手返し! 決まったぁ!」


 桐人の叫びが響く。

 ローズはそのまま桜を押さえ込みに入るが桜も転がって逃れる。

 迷いがない。まるで身体が勝手に動いているようだ。


「あのまま極めていれば終わっていましたね」

「ローズの勝利条件は関節技での抑え込みか……?」

「戦闘不能までって曖昧ですよね。あとは絞め落とすとか?」

「合気道に絞め技とかあるのか?」

「私も詳しくないので、でも桜は分かりやすいですよ。縛り上げたら勝ちです。あっ、動きました!」


 桜が張った縄をローズの首に回す。

 素早く察知したローズが頭を下げた瞬間、桜の膝が襲いかかる。


「入ったか!?」

「いえ、掌底で受け流してます!」


 しかし、ローズの左手首に違和感。真っ赤な縄が絡んでいる。


「いつの間に!?」

「二重のブラフ……本命は受け止めたその手ということですか。すごい、見事な速技です」

「桐人には見えたのか!?」

「残像だったけど、なんとか」


 皆人には何も見えなかった。ただただその一連に目が泳いでいる。

 横に立つ強は腕を組んだまま、視線を決して逸らさない。


「ローズは負けるぞ……」

「そんな強者風の演技しないで応援してやれよ」

「違う。あいつはーー」


 群衆がどよめく。

 桜が縄を引く。ローズが引き寄せられ前へと倒れ込む。


「まずい!」

「いや、違う!」


 ダンッ!

 畳が鳴動する。ローズは跳んだ。その一瞬、顔が歪む。皆人にはそう見えた。


 桜の手刀が振り下ろされる。ローズはそれを受け止めるがそこにもまた仕掛けがあった。

 上空から円を描いて襲いかかる縄。


「見えてますわよ!」


 ローズが跳ね除け、桜の側面に回り込む。

 首を掴み、そのまま懐へ――そして顎を突き上げた。


「これは入り身投げが決まって……いや、ロープが張っている!」


 倒れながらも桜は次の手を打っていた。

 縄を引き、ローズを引き寄せる。

 そのまま畳を背に受け、ローズを自らの足へ誘導しーー


「巴投げ! あそこから!?」


 ローズが宙を舞い、背中を畳に打ちつける。

 静まり返る空間。誰もが言葉を失った。


「終わったな……」


 強が低く呟く。

 皆人は納得ができない。まだ動けるはず、まだ終わっていない。


「見ろ」


 強の指し示す先、ローズの両手首が縄で縛られていた。

 投げた一瞬の中で縄は右手も巻き込み、がっちりと封じていた。


「……一瞬の早業だ。目で追うのがやっとだった」

「でも、両手が縛られたからってそれだけで……!」

「それだけじゃない」


 肩に置かれた強の手が重い。

 皆人の顔がわずかに歪む。強もまた、心が煮えたぎっていた。


「何か知ってるんだろ。話せよ」

「……あいつは怪我をしてる」


 確信に変わった。ローズが踏み込んだ、あの瞬間の苦悶の表情。

 そんな状態でなぜこの試合に挑んだのか。何が彼女をそこまでさせるのか。


「どこが悪いんだ?」


 絞り出すように尋ねる皆人に強が言った。


「……俺とふざけてる時に足を挫いた」

「お前ら二人大馬鹿だよ!!」


 それは皆人にとって、人生で一番大きな叫びだった。

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