13.占い研究部の実力
「灯、何でここに?」
静かな空の下、振り向けば制服の裾を風に揺らし前髪の隙間から無表情の双眸を覗かせる少女が立っていた。件の占い研究部の灯だ。
「び、びっくりした……お前、いつの間に!?」
皆人が喉の奥を押さえながら問う。
「さっきからいたよ。くーちゃんの隣に」
灯はあっさりと返した。
視線を送れば、確かに彼女はムックの隣に腰を下ろしている。しかも、おやつを分け合っていた。何という馴染みぶりか。
「割り箸占いしてたら、屋上に行くべしって出たの」
至極当然のように告げるその声は相変わらず起伏に乏しい。だが、その飄々とした口調の裏にどこか確信めいた響きがあった。
割り箸占いが恋の行方を占うものだという知識が皆人の脳裏をかすめたが深く詮索するのはよそうと内心で肩をすくめた。
「それで知ってるって、どういう事ですの?」
ローズが口元を押さえ、興味を隠しきれない様子で灯に詰め寄る。
「私、占いの結果に従ってよく学校の中をふらふら回るの。で、一年D組の教室の前を通るたびにいつも寝てる男の子がいるの。どんな時間でも、どんな日でも、机に突っ伏したまま、ぴくりとも動かないの」
語る灯の瞳はどこか遠くを見るように淡々としていた。
初めてその姿を見たときは彼女自身も「見てはいけないものかもしれない」と身構えたという。
けれど、手を伸ばせばちゃんと感触があった。声をかければ返事こそなかったものの、確かにそこに生きた存在があったという。
「君、占い好き?」
そのとき灯の言葉はこれだ。
――怖いもの知らずにも程がある。皆人は思わず額に手を当てた。
「灯、でかしましたわ!」
ローズは灯の手を両手で握る。いつも通りの大きな反応に灯は薄く微笑み、頬に指先を当てて言った。
「褒められると、うれしい」
その声色はほんの僅かに熱を帯びていた。
【眠る男】の正体に迫る手がかりは思いがけない場所からもたらされた。目的地ははっきりした。
だが、その前にと強が灯にお願いをする。
「なあ灯、良かったら……占ってくれないか?」
強が少しだけ腰を低くし、普段の尊大さを引っ込めて懇願する。その姿に皆人も頷いた。
「俺も気になってたんだ。頼むよ」
「いいよ。くーちゃんもやってあげる。くみちゃんは?」
灯はローズに視線を巡らせる。
「わたくしは遠慮しときますわ」
きっぱりとした口調に灯は少し肩を落とした。
「そう……」
次の瞬間、灯は制服のポケットから音もなく割り箸を三本取り出す。
それを彼らに手渡した。
「好きなように割って」
「……好きに割ればいいのか?」
「ご自由にどうぞ」
その声を受けて強は何の躊躇いもなく割り箸を真横にへし折った。「バキィ」という異音が空気を切り裂く。
誰もが普通に縦に割る中であえて異端を選ぶあたり彼らしいと言えばそうだった。
皆人はそれに苦笑しつつも自分なりに慎重に割り箸を開いた。真っ二つに気持ちよく割れる。思わず手の中で回して見惚れるほどの美しさだった。
何気なく視線を横にやるとムックがいつの間にか、まるで鏡写しのように同じ割れ方をしていた。
その瞬間、皆人は心のどこかで静かに肩を落とした。
灯は割り箸をひとつずつ指でつまみ、断面を食い入るように見つめる。
特に皆人のものを前にした時だけやたらと時間をかけていた。何かが彼女の中で引っかかっているのかもしれない。
「……なるほど」
ぽつりと漏れた一言のあと、灯は強の前に立つ。
「あなたはこの後ある女生徒と戦うことになるでしょう」
皆が息を呑む。灯は誰の名を挙げるでもなく、しかし全員が心の中で一人の少女の名を思い浮かべた。
【亀甲乙女】一色桜。
灯は続ける。
「このままでは、何もできずに敗れる」
「この俺が!?」
「手も足も出ない」
「一矢も!?」
「報いれない」
連ねられる否定に強はずるりと膝から崩れ落ち項垂れる。演劇のようなリアクションに皆人は内心呆れつつも口元を押さえた。
「どうすれば……!?」
「ラッキーアイテムを授ける」
灯はどこからともなく取り出した。それは体に固定するベルトがついた義手だった。
「この上腕義手があなたの助けになる」
「……どこにそんなもの隠してましたの? ってか何でそんなもの持ってますの?」
ローズが引き攣った笑顔で尋ねるが灯は首をかしげるばかり。
強はそれを慎重に受け取り、誇らしげに腕へ装着を始めた。着けづらそうだったが気にしている様子はなかった。
「これで……一つ貸し、ね」
灯の言葉に強は笑って応じた。
「ありがとな。今度、何か奢るよ」
「要らない。また、決まったら言う」
「……まさか、俺の体目当て!?」
「興味ない」
「強ちゃん、悲しい……」
やりとりを眺めながら、皆人は小さくため息を吐いた。
次は自分の番だった。
「あなたは――神になる」
間を置かず発せられたその言葉に、皆人は首をかしげた。
「……ん?」
「神になる」
あまりに突飛なその言葉に、場が一瞬静まり返る。
「いや……聞こえなかったとかじゃなくてさ、どゆこと?」
「灯の占いはあまり本気にしない方がいいですわよ」
ローズの言葉に灯は珍しく唇を尖らせた。
「くみちゃん、ひどい」
「皆人が神か……じゃあ俺は界王だな」
「変な張り合いすんな!」
笑いが起きる。いつの間にか、屋上には心地よい風が吹いていた。
灯は最後にムックを見て、一言だけ告げる。
「ちゃんと、噛んで食べること」
占いというよりは生活指導だった。
そして一行は次なる目的、一年D組へと歩みを進める。
「灯はどうしますの?」
「私は部活に戻る」
「また占ってくれよな」
「いつでも来て」
灯は静かに手を振り踵を返した。あの柔らかい足音が風に溶けるように遠ざかっていく。
皆人はその背を見送りながらふとローズの横顔に目をやった。
彼女が先ほど占いを断った理由がなんとなく分かったような気がした。