12.そしてローズは仲間になった
まさか断られるとは夢にも思っていなかった強は訝しげな目つきでローズをじっと見据えた。
ローズは手を払った勢いそのままに金色のロールをなびかせ、胸元から取り出した扇子で口元を隠す。
「普通に嫌ですわ! 理由は、普通に嫌だからですの!」
まるで小学生の反論だったがそれでも皆人にはその気持ちが痛いほどわかった。だから、あえて言及しなかった。
「今ならムックもついてくる」
「わたくしを仲間にできることに誇りを持ちなさいな!」
思った以上にあっさりと、ローズは陥落した。掌の返しようがあまりに勢いづいていてもはや回転ドリルである。
早くも強のペースに呑まれたローズ。おそらくこの先も彼女は振り回される側となるだろう。ムックに続いて求平強被害者の会、堂々の三人目である。
「で、ローズはこんなところで何してたんだ?」
「発声練習ですわ」
「……発声練習?」
「そうですの! 巨傲家の一員として、舐められない立ち居振る舞いが必要ですから!」
ローズは堂々と胸を張る。
舐められることはなさそうだが馬鹿にはされそうな所作である。
発声練習にも色々方法があるはずだがどうやらこれが彼女なりの流儀らしい。
「お前は馬鹿なのか?」
「なっ……何ですって?」
あまりにも直球すぎる物言いに皆人は頭を抱えた。もう少しオブラートに包めないのか。
……いや、それを強に期待する方が酷というものかもしれない。
「まあ、でも……そんなお前だから俺は選んだんだけどな」
不意に、強の声音がやや和らいだ。
ローズの目が揺れる。
「強さん……!」
気づけば、どこかいい雰囲気になっていた――そう見えたのもほんの一瞬だけだった。
「そんなので騙されませんわ!」
二人は呼応するようにゆっくりと屋上の中央で手を取り合い、力を込めて押し合った。
レスラーさながらに踏ん張り合い視線をぶつける。
「だいたい、わたくしが結果的に選ばれただけであなたが選んだわけではありませんでしょうが!」
「こ、こいつ……! なんて力だ!!」
「これが、くーちゃんへの愛の力ですわ!」
徐々に強が押されていく。ローズの力ではなく、想いの強さに、だ。
だがその愛は肝心のムックには届いていない。彼はというと、屋上の景色を眺めながらのんびりおやつを頬張っていた。まるでピクニックである。
「そういえば、今日はローズ一人なのか?」
「あら?」
茶番めいた力比べが終わると同時に強がローズを押し返す。
バランスを崩したローズは盛大に転びスカートがめくれ上がる。が、その瞬間、舞った扇子をムックが拾い、それを広げて見事に局部を隠した。小さくも無口な紳士であった。
一方、下着の色を確認しようとしていた強は目論見が外れて舌打ちした。まさに外道である。
「うちのアホがすまない」
「ほんと……何なんですの……」
皆人が手を貸してローズを引き上げる。ローズは服についた埃を払った。
「わたくし達ファンクラブの時と言い、今回と言い、縁がありますわね」
「……いい縁とは思えないけどな」
「そうですわね……」
本当に、この輪の中に入って大丈夫なのか――ローズは小さく頭を抱えた。
けれども一度言い出したからには引くに引けない。律儀で面倒な性格だった。
「分かった! 赤だ!」
突然、ローズのスカートを指差す強。最低すぎて言葉に詰まる。
「オーホホホホ! 残念! 黒ですわ!」
「普通に言うのか……」
ムックの紳士的行為は全て無に帰した。
「……俺達、何の話してたっけ?」
「ローズが今日は一人かって話だろ」
あまりにも話が逸れたため、皆人が強引に本筋を引き戻す。
「そうでしたわね。杏子と灯は今日は部活ですの」
「へぇー。あいつら、何の部活やってんだ?」
「わたくしはフリーですわ!」
「聞いてねぇよ」
強の鋭いツッコミにローズが肩を浮かせた。
「杏子は手芸部で、灯は占い研究部ですわ……そしてわたくしはフリーですわ!」
同じ天丼の二度目は流された。強の関心はすでに灯の方へと向かっている。
確かに、あの少女が水晶玉の前に座っている光景は、容易に想像できる。
今度、時間ができたら覗いてみるのも面白いかもしれない。
「ローズはもう俺達の仲間だろ? フリーじゃねえさ」
「皆人さん……!」
もう少しで頬が膨れて爆発しそうなローズだったがその一言で機嫌を直す。
「そうですわ!」と満面の笑みで手を叩くと皆人から七不思議の巻物を受け取った。
その中の一つに見覚えがあったのか、声に出して読み上げる。
【亀甲乙女】彼女に戦いを挑まない方がいい。身も心も彼女に縛られたくなければ……。
「これって……桜さんのことではなくて?」
「桜? 何年の誰だ?」
「一年H組の一色桜さんですわ。結構有名ですのよ?」
その「有名」という言葉に過剰に反応したのはもちろん求平強である。
「俺よりもか!?」
「オーホホホホ! 貴方なんて、桜さんに比べたら下の下ですわ!」
まるで金槌で殴られたような衝撃。何の自信があったのか知らないが、強は大いにショックを受けている。
皆人にしてみれば、その一色桜という人物も知らないし、なぜそんな無意味な張り合いをするのか、理解に苦しむばかりだった。
だが、とにかくだ。思いがけず仲間も情報も増えたのは確かだった。
これで【亀甲乙女】も解明した。また一つ七不思議が埋まった。……とは行かず、強は会いに行く気満々である。
とにかく当初は無謀にすら思えた七不思議探索も少しずつではあるが確実に前へ進んでいる。
「というか、この【眠る男】って何ですの?」
他の文と明らかに違う、妙にあっさりとした一文にローズは眉をひそめる。
【眠る男】ずっと寝てる。
……なんというか、雑である。
とりあえず目についた怪異を埋め合わせたか、あるいは七不思議作りに飽きたか。そんな印象すらある。だが、だからこそ逆に絞り込みが難しく、厄介な存在だった。
「それ、知ってるかも」
不意に響いた声に、全員が肩を跳ね上げる。
その場にいたのは――さっき話題に挙がったばかりの占い研究部の灯であった。