第8話 騎士様とデート
いや、本当にグスマンおじさんがたまたま巡回に来てくれてよかった。
私はグスマンおじさんに店を任せて、怒れる騎士様をその場から連れ出した。
かわいそうなヘンリー君はショックで大粒の涙をポロポロ流してうずくまっていた。もう立ち直れないかもしれない。明日、来てくれるかな。
「それでよろしい。二度と来なくていいから。人の私物に手を出すなんて」
このバカ騎士。なに訳のわからないことしゃべってるんだ。
「ヘンリー君は、マッスル商会の御曹司なんです。マッスル商会から派遣されて来ているだけですわ」
私は早口で紹介した。
「マッスル商会? あんなデブなのに?」
「違います。この市場のオーナーがマッスルさんて言うらしいです」
「なんでそんなにネーミングセンスのないヤツばかりなんだ。ローズ製なのにデイジーブランドとか、脂肪の塊がマッスル名乗ったり」
私はイライラしてきた。
「家名がマッスルなんでしょ? 仕方ないわよ」
「でもそれなら、あいつは見に来ていただけか」
護衛?なんだけど、絶対に信じてもらえないよね。
「えーと、商売のやり方の見物だそうです。なんでもずっと家に引きこもっていたそうで、小さい流行ってる店に勉強に行くようにって、父親の会長から言われたんですって」
「へええ? 素人のお前の商売なんか見学しても意味ないだろうに」
おっしゃる通りなんですけどね。なんか腹立つな。
でも、騎士様は私の怒った顔を見ると急に軟化した。
「そんな怒らないでくれよ。一緒に食事に行こうよ」
「店に戻ります」
「大丈夫だよ。あの脂肪の塊のマッスル君の知り合いが来たじゃない。この市場の関係者だろ? なら、マッスルが変なことをしでかさないように面倒を見てくれるさ」
私はこの騎士様の言葉の意味をかみしめた。
そうか。
グスマンおじさんは、私のために来てくれていた訳じゃないかもしれない。
ヘンリー君(騎士様に言わせるとマッスル君だけど)がこの市場のオーナーさんの息子なら、雇われているグスマンさんにとっては、ヘンリー君の方が大事だもんね。
時々、困った羽目になっていないかヘンリー君の様子を見に来ていたのだろう。
「さあ、一緒に俺の町に繰り出そう。今日は俺も変装してるんだ。貧乏騎士のなりさ」
見れば確かに、いつもなら帽子に羽飾りが付いていたり剣のさやが銀製だったりするのに、そんなものは何もなかった。地味な黒の上着とズボンだった。
「お前だって、本来なら、この前派手なパーティをしたバリー男爵家の娘くらいには着飾っているはずなのに……」
騎士様は私の粗末な服をじろじろ見た。
もちろん絹なんかではない。くるぶしが見えるほど短いスカート、レースもない木綿のブラウス、汚れが目立たない地味な色の上着だ。
私は今の生活に満足している。
一人暮らしは自由だし、好きな時にお茶が飲める。暮らしていくだけなら十分なお金も手に入った。薬は人気でみんなが喜んでくれる。
だけど……バリー男爵家のパーティの話を聞くと、心がざわつく。
あんなに関心がないと思っていたのに、エリザベスやリンダが派手に着飾って、私の家でパーティを開いて得々としていると思うと、正直、なんだかもやもやする。
「そのパーティ、行ったのですか?」
これまで噂ばかり聞いてきて、実際に参加した人の話は聞いたことがなかった。好奇心が湧いた。
本当はどんな感じだったのかしら?
「興味ある? じゃあ、ゆっくり話そうか」
騎士様は私の手を取るとぐいぐい歩いて、街の中心部近くまでやってきた。
「この店、どう? 庶民的だけど、おいしいって聞いたんだよ」
騎士様は、身なりは本人に言わせると貧乏騎士だったが態度はデカかった。
「あの席がいいな。あそこに案内しろ」
勝手に指定して窓際に陣取ると、その日のメニューが書かれた黒板から勝手に好きなものを注文しだした。
「仔牛のカツレツと鶏のローストかな。ポタージュとあとでデザートを数種類持ってこさせよう。あと飲み物は何がいい?」
仔牛のカツレツなんて、久しぶりだ。
流行っている店らしく、ローストの匂いが食欲をそそった。
ちょっと嬉しい。
だけど、本人も認める貧しそうな格好なのに、どうして店員さんたちは素直に騎士様の命令に従うのかしら? それにここは一番いい席のはず。半分個室のようで、話もしやすい。特に私のように逃げ隠れしている人間にとっては。
「で、そのバリー男爵家のパーティだけど、行ったよ、もちろん」
やっぱり、その話はすごく気になるわ。