第43話 嵐の後
そう言うと、私の顔をぎろりと睨み、王女殿下は足音も高く出て行った。
何が何だかわからない。
私が茫然としていると、ポーツマス夫人とキティがツツツ……とそばに寄ってきて、ささやいた。
「実はですね、お嬢様」
「先ほど、アシュトン殿下が自分も真実の愛を見つけたと発表されたのです」
真実の愛は、そこら中にごろごろしているのか。そして、見つけたら発表するものなのか。
「お嬢様は図書室にこもってらしたのですが、その間にアシュトン殿下は真実の愛のお相手の名前を発表されまして……」
ポーツマス夫人が言葉を詰まらせた。誰なの、アシュトン殿下の真実の愛の相手って。
「相手はお嬢様だと言うのです」
キティがキッパリはっきり宣言した。
「うそ……」
私は予想もつかなかったことに心底仰天して二人の顔をかわるがわる見た。
コホンと咳をして、キティが尋ねた。
「あの……お嬢様、アシュトン王子がとてもご機嫌麗しく、こんな田舎にずっと滞在し続けたのを疑問に思われたことはございません?」
私はブンブン首を振った。
ポーツマス夫人とキティの顔が、わかりやすく、やっぱりと言う表情になった。
「あんなに引っ付かれていたのに。ロアン様なんか胃に穴を開けそうだったのに」
キティが言葉を続けた。
「あのめんどくさがりの殿下が、超絶うっとおしいマイラ殿下と、なんで口論なんか始めたのかお分かりになります?」
なに始めたのかしらと思ってはいたわよ。殿下、変わり者だから騒ぎが好きなのかと思ってたわ。
「そうではありません。マイラ殿下と派手にケンカになれば、マイラ王女とアシュトン王子の縁談は消滅しますよね。これで殿下は自由です」
え。そういう意味なの?
「まだ、正式な求婚がまだだったね、ローズ」
アシュトン殿下がニコニコしながら、私の方に近づいてきた。
「話が後先になってしまった。あなたと結婚したい。私の気持ち、わかってくれていたよね?」
王子殿下の背中で、ポーツマス夫人とキティが派手に首を振っていた。
「いえ。全然」
私はつぶやいた。もっと大きな声で言うべきだったかもしれない。
「大急ぎで国王陛下の元へ行って、許可をもらってすぐに戻ってくる。ローズ嬢のそばで私は安らぎを得た。一生手放したくない」
王子殿下が何か言っているが、それより気になることがあってですね。数メートル先では、マイラ王女がロアンにキスをせがんでいた。
「バリー家は大富豪だし、今度伯爵になる予定だ。ローズ嬢には侯爵位をプレゼントしよう。身分に不足はないだろう。結婚して、砂漠の遺跡を回る旅をしよう。ふたりで一緒にミイラを探そう! 素晴らしい体験だぞ?」
このお別れシーンいつまで続くの? にわか伯爵令嬢とその家の使用人では王家の王子と王女に逆らうことは叶わず、されるがままだった。
ふたりとも、なんとかその日のうちに別々の方向向かって大急ぎで馬車を走らせて行き、私たちは茫然とそのあとを見送った。
ふと後ろを振り返ると、母がいた。
「ローズ、大変だったわね。でも、もう大丈夫よ」
「おかあさま! でも……」
「大丈夫よ」
「そう。私たちが介入しなかったのは、その間に隣国の王家や王家に近い人々に連絡を取っていたからなんだ」
父も寄り添ってきてくれた。
「お前はあの面倒な二人とトラブルも起こさずよくやった」
私はマイラ王女殿下が私を斬首すると言った言葉が忘れられなかった。
「マイラ王女に斬首と言われたなら、とても気に入られたと言う意味なんだよ。大体火あぶりか油ゆでって言いだすんだから」
ええっ? それ、全部死にますけど。
「斬首してくださいと陳情されたら、きっと国王陛下はよっぽど気に入ったんだなって驚くと思う」
お気に入りのランキングの方法がちょっといやだな。
「アシュトン殿下の本心はわからないな。彼は複雑な人だから」
父が言い出した。
「だけど、私はお前を守るよ。難破事件に巻き込まれていた間は何もできなかったけど、これでも近隣数か国をまたいで商売をしているんだ。どうにかなる」
玄関がザワザワした。
「モレル伯爵がおいでです」
伯爵は息子に向かって怒っているようだった。
「マイラ王女の前に出て言ってはいかんと言ったのに!」
「使用人のふりをしたんですよ。それなのに」
「ローズ嬢の目にも留まるかもとか考えたんだろ。このバカ」
あら、伯爵、言葉が乱れていますわ。
「お前がきちんと言葉に出して、ローズ嬢に結婚の申し込みをしていないから余計ややこしくなったのだぞ」
伯爵が言い出した。
「まさかしていなかったのですか?」
母が驚いたように尋ねた。
「私たちがいない間に婚約したと聞きました。ですからてっきり……」
伯爵はあわてて言った。
「事情があったのです。バリー男爵の息子のジェロームがローズ嬢と結婚しようとたくらんだのでね。息子と婚約したことにすれば、どんな結婚相手も遠慮すると思ったのですが……」
隣国王子は遠慮のカケラもない。
「アシュトン王子殿下が、私なんかと結婚したがっているだなんて、全然気が付きませんでしたわ」
私はぼそりと言った。
この言葉に、その場にいたポーツマス夫人やキティ、それから母が私の顔に目線を移した。
ロアン様がつかつかと近付いてきて、手を取った。顔が真っ赤だった。
「ローズ、話がある」
そのまま私はガゼボのある庭に連れ出された。生温かい視線に送られて。
 




