第34話 鈍感の極み
「ローズ嬢を警備してくれたことについては感謝するよ、マッスル殿」
マッスル市場のオーナーは筋肉をピシッとさせた。
「しかし、ご子息の我が婚約者への求愛は困りますな」
ロアン様は、私に対するときと違って、穏やかだが非常に冷淡な調子で言い放った。
マッスル一家は抗議した。
「しかし、私たちにはローズ嬢がまさか……まさか、バリー家のご令嬢だと知る由もなく。難破船にはローズ嬢の話とぴったり合う学生がたった一人が乗船していたのです。年も同じでした。アシュトン・バリーという名前だった。その両親が、姉がいると言うもので、身元も確認できたと考えました」
これは私が悪かった。グスマンおじさんに薬をもっと作れと言われたもので、その場しのぎの嘘をついてしまった。
「申し訳ございません。まさか、ヘンリー君がそんなつもりだったなんて少しも気が付きませんでした。その上、そこまで好都合に何もかも符合する人がいただなんて」
「少しも気が付かなかっただなんて、ローズさん、あんまりな……」
なぜかグスマンおじさんが小さい声で言った。
気が付くわけないじゃない。しかしまたもや外がにぎやかになった。どうやら馬車が着いたらしかった。しかもキティの声がする。ロアン様が言った。
「迎えを呼んだんだ。明日、バリー家の当主が戻ってくる。あなたのことをひどく心配していた。こんなところにいることがバレたら、確実にご両親に怒られるぞ」
まずい。絶対に叱られる。
キティがキョロキョロしながら、私の家に入ってきた。ロアン様を見つけて、それはもうにっこりと挨拶し、初対面のマッスル一家にはちょっと驚いたようだが、侍女のキティでございます、ローズお嬢様をお迎えに上がりましたとか言っている。
マッスル家の三人は目を見張っていた。
「お嬢様、どうしてこんなところにいらっしゃるのです? お母さまに叱られますわよ? 早くお家へ戻りましょう」
「ええと、薬を作る道具を取りに来たのよ」
私はごまかした。
もう、いいや、面倒くさい。
あとはロアン様に任せようっと。ヘンリー君とマッスル一家はロアン様が言いくるめてくれると思う。
この家にいると次から次へといろんな人がやってくる。
両親がいれば、誰も来ないよね。
「迎えが参りましたので、帰らせていただきますわ」
好都合だ。帰っちゃえ。
「待て」
ロアン様が冷たい声で呼びかけた。
ギクリ。なんか怖い。
「あなたはどういうつもりなのだ」
「え? どういうつもりとは?」
「この男だ。ブヨブヨの。なぜ、こんな男に好かれるようになったのだ」
知りませんて。全然知らなかったわ。
「ローズさん、気が付かなかったってあんまりじゃないですか?」
グスマンおじさんが代弁して哀れっぽく言い出した。
「ブヨブヨだからか?」
ロアン様、そんな言い方しないであげて。マッスル一家が葬式状態になっているわ。
「ぼ、僕がもっと体を絞れていたら……トレーニングに励んでいたら……」
違いますっ。トレーニングとかなんとかいう問題じゃありませんっ。
「ロアン様がいらしたら、他の男性に目移りなんかしませんわ」
キティが要らない解説を付け加えた。
いや。ええと、ロアン様って、しょっちゅう文句を言ったり、勝手なことをしたり、やりたいことを禁止したり、すっごくめんどくさい男なんですけど。目移りというより目障りなのですが。
でも、それ言っちゃダメなやつだよね。せっかくヘンリー君を論破?したところなんだし。
論破?したのはロアン様だけど、一人ずついかないとね。今できることを少しずつって言うしね。
ちょっと私は頭が混乱してきた。ええと、ロアン様が私の立場に立って、ヘンリー君をお断りしてくれてるけど、そうすると、ロアン様が居残ってしまう訳で、それって、どういうこと?
「俺も聞きたい。どうして気が付かないのか」
ロアン様が思いがけないことを言い出した。
「え?」
ロアン様が座ったまま、ジイイと下から目線でにらむように見てくる。なんか他の人も私を見てるらしいけど、ロアン様の目力がすごくて、目をそらせない。
「どうして気が付かない」
私は途方に暮れた。
「何に?」




