第28話 無法国家ロアン様の即時解決
「さあ、お嬢様。人に見られてはいけないので窓のそばを離れましょう。ロアンさまは一挙に解決を目指してらっしゃるのですよ」
「何をですか?」
「バリー男爵家の始末をです。資産の着服や、バリー商会の名前を騙った借金などもありますが、それ以上にお嬢様をつけ狙っている」
彼女たちは口々に言った。
「バリー家の長男と無理やりでも結婚させれば資産が手に入るので、お嬢様の身辺を狙い続けているのです。いつ襲ってくるのかわからないので、今晩のダンスパーティを仕組んだのでしょう。もう、伯爵家の手の中にいるんだぞと知らしめるために」
「じゃあ、あの馬車は?」
「今晩、だんなさまは婚約を公表し、ジェロームにお屋敷から出て行けと告げました。早くあなたをさらわないと、本当に結婚してしまうかもしれません」
「いや、平民の娘とそれはないと思うけど」
私がブツブツ言うと、ファニーは言った。
「ですけど、今日のロアンさまは本気でした。誰もが、ロアン様はお嬢様に夢中なのだと感じ取ったと思います」
演技派なの?
「とにかくここはロアンさまにお任せして、お嬢様はお休みなさいませ」
私はベッドに追い払われたが、なかなか寝付けなかった。
ロアン様は本当に私と結婚する気なのだろうか。
ジェロームたちは、本気で襲撃してくるのかしら。
でも、いろんなことが起き過ぎて、疲れていた私はいつの間にかうとうとして眠ってしまった。
そして起きた時にはすべてが終わっていた。
朝食の間に降りていくと、目の下に隈を作ったロアン様が待っていた。
「おはよう、ローズ」
「おはようございます」
疲れているようだが、いつにもまして偉そう、得意そうである。
「宿敵ジェロームは現行犯逮捕した」
「は? 逮捕?」
私は口の中でつぶやいた。何の罪で?
「誘拐罪だ。正確には誘拐未遂罪だが。そのほかに器物損壊罪、住居不法侵入罪、それから今後詐欺罪の適用を考えている」
思い出した。
この辺り一帯の司法をあずかっているのはモレル伯爵家だった。
当主は公正な人物と評判が高く、そのおかげで安心して住めると人が集まってきた。例えば、ウチのバリー商会も王都ではなく、ここに本拠地を置いている。領主の気まぐれで突然課税されたりしないから安全らしい。以前にドネルがそう言っていた。
しかし、次代の当主はどうなのかしら。罪を捏造、刑を乱発しそうな勢いだけど。
「お嬢様、お久しぶりでございます」
礼儀正しく近寄ってきた人物がいた。ドネルだ。
「久しぶりです。ドネルさん。私が勝手にいなくなってしまって迷惑を掛けました」
ドネルは中肉中背の中年男で、一見頑固そうに見えるが、常識人でいい人だった。彼は私のこの言葉を聞くと、大きく目を見張った。
「とんでもございません。お嬢様がお屋敷にいらっしゃらなかったので、私たちはそれを最大限利用しました。無理な金銭の要求をされても、お嬢様がイエスとおっしゃらない限りお受けできませんと言って、全部断ってきました」
ドネルの奥さんのファニーも口を添えた。
「そうでございます。私どもはお嬢様が市場で薬を売って大人気になっていることはよく存じていましたが、バリー男爵は知りません。お嬢様のお加減はいかがですかと事あるたびに男爵に聞いておりました。男爵が困っているのが楽しみでしたわ」
「ええと、でも、夕べジェロームは私が家出をした時の様子をよく知っているみたいだったわ?」
ちょっと不思議だった。
ロアン様が口を挟んできた。
「俺がドネルに言ったんだ。ジェロームにお前の居所を教えてやれって。あいつ、アホなのでいつまで経ってもお前を発見出来ないんだ。いい加減、イライラしてきた」
え? え?
あのう、私、居場所をジェロームに嗅ぎつけられたら危険だから、ロアン様のお屋敷に滞在しろとか?
「私がバーバラの着付けをするときに、バーバラに教えたのですよ。もちろん夕べじゃありません。もっと前です。悪事の証拠なんか作ればいいんですよ。私たち、関係のない借金取りにどれだけ悩まされたことか」
ファニーはお怒りだった。
「ジェロームは要領の悪い男でなあ。一人では何もできなかった。家の場所まで教えてもらって、女一人かっさらってしまえば済む話なのに、いつまでもウジウジしていた」
ドネルが言った。
「だからバーバラを焚きつけたの。邪魔なローズを監禁するか殺せば、あなたがあのバリー商会の跡取り娘になれると教えたの。もちろん、そんな露骨な言い方はしなかったけど、バーバラにすれば死活問題よ。エリザベスやリンダより優位に立てるんですから。きっとジェロームに聞いたまんましゃべったに違いないわ」
私は呆然とした。過激過ぎる。
ドネルとファニーは声を揃えて笑った。めちゃくちゃ怒ってるな、これは。
「セリフまで付けてやんなきゃならないなんて、どこまでバカなのかしら。まあ、改変しないで、オウムみたいに繰り返したから良かったけど」
夕べのあれ、ファニーさんの創作だったの?
私は悪女寸前のところまで追い込まれた気がする。
「お前の悪口を言われるのは、不本意だかな。ドネルに言われたんだ。あいつがお前を悪く言えば言うほど、自滅するって」
ロアン様は不満そうだったが、ドネルさんが言った。
「ローズ様がそんな方じゃないこと、みんなが知ってますし、バリー男爵家一家は疑惑の目で見られている。あんなひどい話、誰も信じませんよ」
「とにかく、ジェロームは教えられた通り、町の裏通りの店に入って、銀貨百枚で女をさらえと契約したわ。証拠も残っている。家の扉もぶっ壊したし、薬瓶は全滅させたわ」
ひいいいい。私の薬瓶がああ。
「ジェロームは何一つ自分では計画できないくせに、教えられたことに飛びついて嬉々としてやったよ。本当にバカだ。だけど、普通は女を殺そうなんてしない。あいつはおかしいよ」
ドネルさんは冷酷に言った。
「そうよ。あのバーバラ嬢だって、必ず殺すようにって念押ししていましたからね。でないと財産が手に入らないからって」
どんな人なの、バーバラ嬢。これまであの男爵家について、いい話は聞いたことなかったけど、殺人好きとか凶悪とかは誰も言ってなかったわ。バカとかろくでなし止まりだったわよ。
「ジェロームは牢屋に入れた。余罪を追及している。なお、男爵も拘束した。なぜ、ローズ嬢を探さなかったのか、バーバラという女にローズを名乗らせたのか、拷問で吐かせる」
でも、ええと、入れ知恵したのはあなた方なのよね?
得意そうなロアン様とドネル夫婦を私はチラ見した。
あなた方にやり過ぎという言葉はないの?
「何を言っているんだ、ローズ」
突然ロアン様が抱きしめてきた。
「危ないところだったんだよ? 夕べ馬車で家に帰ったら、汗臭くて洗濯の行き届いていない服を着たむさくるしい男たちに捕まって、簀巻きにされるところだったんだ」
簀巻きってなんだろう。
「そんな計画を実行した連中は、法の裁きを受けてしかるべきだ。お前は優しいから、そんな生ぬるいことを言うんだ。俺たちは、ただ奴らに話を聞かせただけじゃないか。心配せずに、俺に全部任せなさい」
ジェロームさん、頭悪そう。完全にロアン様たちに乗せられてそう。
「それなのに、拷問ですか?」
「うん。あのジェロームにやりたくなっちゃって。まずは、初歩編から。色々あるよ」
『拷問百科』という本を見せびらかしながら、ロアン様は悪そうに言った。




