第16話 ヘンリー君から薬作りのお手伝いを申し出られる
店が始まると雑談どころではなく、私たちは次から次へと売りまくった。
あっという間に売り切れて、あっという間に仕事は終わってしまう。
なので、グスマンおじさんは、本腰を入れて商品を増やせと言っているのだ。
だんだんこの傾向は酷くなってきて、正直なところ、お客様の方は不満だと思う。
「でも、作るのは私一人ですしね。そんなにたくさん量は作れません」
「そのことなんだが、ヘンリー君が薬作りを手伝いたいと申し出ているんだ」
え? 意外。
「ヘンリー君も店が終われば時間を持て余しているからね」
引きこもりの専門家じゃなかったの?
引きこもりは、引きこもるのに忙しいんじゃないの?
「嫌です」
私はキッパリ断った。
なぜなら、私の家は、私がグータラする場所なのだ。
他人がいたらグータラできないではないか。
「これまで通り引きこもっていればいいじゃないですか。これまでは時間を持て余していなかったんでしょ?」
引きこもり名人が何を言っている。もう何十年も家の中にいたくせに。
「でも、彼はマッスル市場のオーナーの息子なんだ。オーナー自らのお願いなんだ」
グスマンおじさんが頼むように言い出した。
「でも、薬の作り方は企業秘密です」
私は言い返した。
「マッスル市場のオーナーの息子だなんて、余計困ります。薬の作り方を盗まれて、マッスル市場が別の人に頼んで量産を始められたら、私は野垂れ死にするかもしれません」
「そんな極端な」
グスマンおじさんは驚いたように言ったが、冗談ではない。昨夜以来、私は命を狙われている存在だと言うことに気づかされたのだ。
「それに量産に際してはマッスル商会はきちんと支払いをしてくれるよ」
信じられない。
「でも、まず雑用でもいいから使ってほしいんだ。薬の作り方までは教えなくていいから。それは、ローズさんの言うことに理屈はある。これだけ売れる商品なんだ。簡単に教えてもらえるはずがないさ。もっともマッスル市場のオーナーは、息子の趣味だと思っているんで」
「趣味? 薬が?」
「ええと、あの、薬ではないな。ヘンリー君に薬を作る趣味や能力はないような気がする」
「私もそんな気はしますけど」
だって、薬作りには多少なりとも魔力がいる。いい薬になるかどうかは、作り方だけの問題じゃない。
それをあんまり強調すると、悪徳領主の領地に住んでる場合、領主に拘束される場合もあると聞いた。
だから企業秘密とか言っているわけだけど、どちらにしてもヘンリー君、薬なんか作れるのだろうか。
こんなことを言っては失礼だが、不器用そう。
「こうやって、流行る店で働くことに生きがいを見つけたようなんだ」
「はあ。なるほど」
「今までずっと家にこもっていて、ご両親も手を焼いていたんだ。それが、意外にもあなたの店なら手伝いたいと言い出して、それで、知り合いだった私が呼び出されて、無理やりに手伝いになったってわけ」
なんだって、私の店に目を付けたんだろう。
「かわいい女の子が一人で働いているのを見て心配になったそうだ」
最初は頑張って老婆の変装をしていたのだが、変装ってめんどくさいんだよね。
大体、令嬢らしく!とか、マナーに気を付けて食事を!というのは、わかっちゃいるけど、人が見ていないとなると手抜きになるでしょ? あれと一緒なのよね。
そんな言い訳にもならない言い訳で、老婆アイテムはどんどんはがれていき、最終的には『かわいい女の子』になってしまったと言う訳だ。
「かわいい女の子ではないと思いますが」
私が目指しているのは、一人前の商売人だ。かわいい女の子ではない。
だが、おじさんは一瞬驚いたような顔をしたが、ワハハと笑い出した。
「とてもかわいい女の子だよ。心配しなさんな」
いや、なんか違うと思うんですけど。




