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第1話 家出1

ううむ。重い。

私、ローズ・バリーは、現在、家から逃げ出そうと奮闘中。


ドレスも宝石もいらないけれど、これだけは運ばないといけない。

これは、家出した後、私の生活を支えてくれる薬瓶だの薬草だの、(はかり)だの、そう言った商売道具なのだ。これが重い。


多分あのとても嫌な従兄のジェロームなら簡単に運べるだけの荷物の量だろう。

なにしろ彼は大きいからね。それに彼の魔力は貧相だけど、力技に全振りしている。私の魔力が薬作りに全振りしているのと同じように。


だから私は正直大弱りだった。


この家出が伯父一家にばれたら絶対連れ戻されるし、さんざん怒られて、あの嫌な従兄との結婚を決められてしまう。

それは絶対いや。両親の財産目当てなことが分かり切っているのだもの。


国でも有数の大商人である父は、母と一緒に二か月前から行方不明だった。乗っていた船は期日に港に戻ってこなかった。難破したと言う噂が広がっている。


その日から、名ばかり貧乏男爵家の伯父一家の影がチラチラし始めたのだ。


従兄のジェロームも高慢そうで嫌いだったが、エリザベスとリンダの姉妹も大嫌いだった。エリザベスは痩せていて礼儀作法にやかましかった。勉強もできるそうで、どうもいつも見下されている気がした。リンダは美人でそれを鼻にかけていた。ただ、一家は貧乏で、リンダは私のドレスや宝飾品をいつも物欲しそうに見ていた。すました顔をしているエリザベスも内心ではうらやんでいることを私は知っている。だって、「教養のない娘に高いドレスはもったいない!」って、聞こえるように言ってたもの。


そんな連中が我が家にしきりに出入りしだしたので、とにかく怖い。


「大丈夫だ。伯父様に全部任せなさい」


いやいや、怖いって。


この町は、モレル伯爵様のご領地の中にある。私はもちろんお目にかかったことがないが、父はモレル伯爵様に気に入られていた。父が船旅に出たのも、実はモレル伯爵様の依頼によるものだった。伯爵が特産のブドウのお酒を異国でも販売できないかと父に話を持ち掛け、そのための旅行だった。


それも伯父の男爵は気に入らなくて……まあ、そんなことを言っていたらきりがない。

なにしろ、弟一家のやることなすこと、全部伯父一家は気に入らない。



モレル伯爵様は父が行方不明になったことに責任を感じていたらしい。もったいないことに、自筆のお手紙もいただいた。

両親の乗った船は行方不明のままだったので、なにかあれば力になろうと言うありがたいお言葉だった。


使者はいつも父のところにやってきていたイケメンの騎士様だった。ただちょっと目つきの悪い騎士様なのだ。ジロリとにらんでくるので、どうしたらいいのかいつも困ってしまう。


この人はバリー家専門のお使いらしくて、しょっちゅうウチに来ていた。

モレル伯爵家のお使いだから偉そうなのかな。どうも愛想が悪いなと思っていたけど、父は一生懸命もてなし、信用していたみたいだった。


私は、とても心配だった。だから……ある事件が起きた後、モレル伯爵様からもったいなくも私宛にお見舞いの手紙を持ってきた例の愛想の悪い騎士様に相談したのだった。お金をモレル銀行に預けたいって。


モレル銀行とはモレル伯爵が創設した銀行だ。裏では父が動いていたようだけど。お金を融通する制度がないと、不便なんだって。よくわからないけど。


「何があったって言うんですか?」


騎士様は片眉を上げて、聞いてきた。もう片方の眉は意地悪そうにしかめられたままである。


「実は……」


男爵夫人の伯母はあからさまにお金を欲しがっていた。ある日、私の家に来て、社交界デビューを控えたエリザベスとリンダのドレス代を出してほしいと言ってきたのだ。


「あのう、男爵家でお出しになるのが本当ではないですか?」


言わないわけにはいかなかった。たとえ伯母の機嫌がみるみる悪化することがわかっていても。


案の定、伯母の形相が変わった。怖い。


「なんですって? 親もいないのにずいぶんと大きく出たものね。今後は私たちの世話にならなきゃ、何もできない身の上に成り下がったくせに。これまで、散々きれいな服や宝石を見せびらかしてきたツケを払う時が来たのよ」


見せびらかしたわけでもないし、ツケなんかないよ!


伯母は太って大柄な女性だった。それが激高してキンキン声で、ウチの客間で怒鳴りまくった。


「かわいそうなエリザべスとリンダ。あんなに美しいのに、機会を逃してしまうだなんて。それもこれもあんたのせいよ」


そう言うと伯母は目の玉が飛び出るようなドレス代の請求書を突き付けた。


「これまでの分もあるわ。今すぐ支払ってちょうだい」


なんであなたのところの娘のドレス代を、保護者でもない私が払わなきゃいけないのよ。

でも、怖くて言えなかった。


伯母は私の家の客間から足音も荒くドスドスと出て行った。


すぐに出て行ってくれればいいのに、途中で足を止めた。


「いい壷じゃない」


「それは……」


女中頭があわてて止めに来た。伯母がびっくりするような怪力で階段の踊り場に飾ってあったキラキラした壷を持ち上げたからだ。


「お黙んなさい!」


伯母の一喝に女中頭がひるんだすきに彼女はニタリと笑うと、待たせていた馬車に壷ごと乗り込んだ。


「支払いを忘れなさんなよ」


そしてそのまま走り去った。


女中頭は茫然としていた。


「あれは新商品の宣伝用で、お値打ちものではございませんのに」


……と、言いたかったらしい。


「どうせ値打ちがわからないんだから、いいんじゃないかしら」


伯母と壷は、馬車に乗ってガラガラと行ってしまった。




「……ということがありまして」


私はイケメンの不愛想な騎士様に事の顛末を話した。


騎士様は眉をひそめた。


「泥棒じゃないか」


それはそうだけど。


「きっと私の許可を得たと言うと思います」


「いやなら、止めればよかったのに」


正論かもしれないけど無理。私はうつむいた。


この人もダメ。助けてなんかくれない。それはそうだ。でも、私は今、お金を銀行で預かって欲しいだけなのよ。伯母の横暴をどうにかして欲しい訳じゃない。


なんだか涙がでてきた。


私の横に棒のように突っ立っていた騎士様はあわてたらしかった。


「銀行に預けたらいいじゃないか。父上の名前で預けるのだな? 銀行は預けた人間以外は下せない仕組みになっている。モレル銀行はちゃんとしていると言う噂だ」


この人、モレル家に仕えているくせによく知らないのか。

父と親しかったようなのに、娘の私の苦境にも割と塩対応だし。低評価。


「それと伯父夫婦に知られたくないんです」


「わかった、わかった。担当者を紹介しよう」


そんなこんなで私は両親のお金を取られないように始末をつけた。屋敷は動かしようがないからこのままにしておくしかない。不動産っていうくらいだものね。家具類が売り払われてしまうのではないか心配だったが、伯父一家は、この家の家具類が気に入ったみたいだった。


「どうせジェロームと結婚するんだ。新居をこっちの屋敷にすればいいさ。近いし引っ越しもみんな楽だろう」


従兄のジェロームとの結婚は断固お断りだったが、誰も私の意見を聞いてくれない。

それにみんなで引っ越しって、一体誰が引っ越してくるって言うの?


エリザベスとリンダは、自分たちの部屋をどこにするかでもめていた。家具が気に入ったので、私の部屋を使いたいとか言っていた。家具が売り払われてしまう心配はないと思う。私が売り払われてしまいそうだったけど。


モレル伯爵家の無口な騎士様は、この話を黙って聞いていたが、遂に口を挟んだ。


「なんでそんな連中が引っ越して来るんだ。それに来られたら困らないか?」


困るよ! 冗談ではない。


「財産を隠してもどこへやったのか問い詰められて、結局銀行から持って来いと言われるのでは?」


「そうならない方法があるんです」


私はその時はそう言った。騎士様は小首を傾げていたが、それ以上は聞かなかった。


そして、伯父の貧乏男爵家が引っ越してくる前の晩、草木も眠る丑三つ時を狙って私は家出を決行したのだった。








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