蝉の冬
突き上げるような揺れに襲われる。学校が幼子の駄々を真似て身をよじったかのようだった。
「な、なに?」
遥の口から驚愕が漏れる。まばたきひとつと共に立ち上がる。
目に見える色彩が変わった。
血肉を乾燥させたような、あるいは血に墨汁をぶちまけたような、そんな色の風景に変貌していた。
「空閑さーん?」
名前を呼ぶ、その変わらぬ声音に遥が目をむく――より速く。
彼女の背後。
擦過傷からにじみ出る血液のように、壁から空洞を孕む黒い花嫁が浮かび上がる。
気づいた様子はない。気づけるはずがない。彼女の虹彩は、変わらぬ校舎の色を映し出している。
〈失望〉からあふれた染み。黒い花嫁の手が、彼女にふれる。
「あ」
短い悲鳴は、遥のだ。
緑のインナーカラーが揺れる。彼女はすくっと立ち上がって、そのまま階段に身を投げた。
「なにして……!」
どうにか伸ばした手が、彼女の肩を掴む。重心を落として引っ張られないようにする。そうしなければ遥も巻き込まれていた。
今も、強く地面を蹴って転がり落ちようとしている。
瞳は濁った色をしており、まるで希望の光を失ってしまったようだった。
「きみの魔法の出番だよ」
どこかから、夢も希望も欠片ほども宿していない声が聞こえた。
その言葉に従って、遥は魔法少女へと変身する。
流れ星のような速度で、制服がコスチュームへと描き変わった。元の顔を塗りつぶすようにして、奏の顔が張りつく。
ステッキを振るって、彼女へ星屑を灯す。
糸の切れた人形のようにふっと力が抜けた。
廊下に寝かせる。遥は、苦々しげにうめいた。
「これが希望を失くすってこと……」
「はた迷惑」
コスチュームをまとった〈銀〉の魔法少女の魔法が、黒い花嫁を屠る。
「この校舎が〈失望〉に飲み込まれている」
「さすがに全部は間に合わないよ」
「犠牲が増える前に〈失望〉を倒すしかない」
死傷者を前提とした口ぶり。
当然だと遥は思う。この瞬間にも希望を失って命を絶つ人がいるだろう。
それでも、
「犠牲は、出したくない。みんなを助けるのが先決だと思う」
「無理なのはわかってるはず。それに、希望失った人を助け出すことができるのは――」
その言葉がどのような内容か、遥は理解することができなかった。
心臓の鼓動が瑠依の言葉を遮った。考えるより先に、遥は走り出していた。
どうしてか――どうして今さら、そんなことに気づいてしまったのか。
開いたままの扉から教室を窺い見る。どこも赤黒く、傷口にたかる蛆のように黒い花嫁があふれ出ている――視界の端に、見つけた。
遥が教室に乗り込むのと、落下防止の手すりから身を乗り出すのは、同時だった。
開いた窓の向こうの空の色は、憎々しいほどに青い。
コマ送りのように、それは流れていく。
希望を失い、生きる意志を失くしたその顔に見覚えがある。同じ階から聞こえていた談笑の声に、朝に言葉を交わした下級生の子のものが混じっていると、どうしてか気づけた。
遥がステッキを振るう。その子の友達だろう。傍らにいた女生徒も希望を失っており、窓辺に手をかけたところへ星屑が追いついた。
でも。
その子にだけ届かない。
星屑は、星の欠片の寄せ集めだから。
流れて、燃え尽きて、届かない。
遥の魔法は、その原動力たる夢に欠けている。
重力に従って落ちていく。
考えるより早く足が動いた。
瑠依が制止の声を上げるも、遥には聞こえない。
手すりから身を乗り出して階下を覗き込む。見なくていいものを見る。
絢爛と咲く肉の花。アスファルトに散り散りになった花弁。
「え」
呻くように、遥の喉が鳴る。
瑠依が駆け寄るも、遅い。
地上を染め上げる――空の青さと正反対の、赤赤とした、
「美しくねえな」
声が通った。
聞こえるはずがない、声を錯覚する。
「なんで……」
「なんでって」
遥の疑問に、日差しすら眩ませる赤色の少女は答えた。
「あたしは魔法少女だ」
〈鏡〉の魔法少女。莉彩が、落ちた少女を腕に抱えていた。
ふわりと浮き上がる。空中に階段でもあるかのように歩く。
「おいどけ」
眼前に迫った美貌におののいていると、痰でも吐き出すかのような声で指図された。
横に逸れると、日の光に反射してきらきら輝く粒子を見た。
「これ、鏡の欠片」
「じゃなきゃ声が届くわけねえだろ。反射して、屈折させて――〈失望〉の場所はもう見つけてある。おまえなら目星がついてるんじゃねえのか?」
教室に足をつける莉彩の鋭い指摘に、遥は証拠の揃えられた犯人の気持ちを思う。瑠依から目をそらした。
「……屋上から匂うよ……」
「ってなわけだ。どうするよ」
「当然、行く」
「わたしは……」
即答した瑠依とは裏腹に、遥は少女から目が離せない。気を失っているようだが、目を覚ませば同じ行動をとるはずだ。脳裏には、音楽室で起きているだろう惨劇が描かれている。
少女を下ろしながら、莉彩はつまらなそうにため息を吐いた。
「もういいんだよ」
「見捨てろってこと!?」
「あたしの魔法を通しておまえの魔法でこの学校中を照らしちまえばいい。おまえの魔法は、失われた希望を再び灯すみたいだしな」
「そんなことがわたしに……?」
「おまえがどうしたいか、だ」
無駄を嫌うように、莉彩は問うた。
「映した感じ、まだ間に合うぞ」
時間はない。
覚悟は、決めるまでもなかった。
「行くよ。それがわたしの魔法だ」
「んじゃあ、さっさと始めるか」
遥がステッキを振るい、星屑を生み出す。
そのきらめきが、校内に散布された鏡の破片に反射して、屈折して、学校が発光したように錯覚する。
彼女たちの認識の外にある黒い花嫁は燃え尽き、希望を失った老若男女が安らかにくずおれる。
下級生の少女の顔も、気持ち和らいだように見える。
「これも錯覚かな」
「真実だよ」
少女を床に下ろしながら莉彩が継いだ。
「鏡はいつだってありのままを映す。それをどう捉えるかは、見た側の主観だ」
「そっか。そうね」
母親の真似事で紅を引いた幼子が笑うこともあれば、万と揃えた化粧品にも華やかさが欠けると泣く人物だっている。
鏡に映る自分をどう見て、どう思うかで心に生まれるものが変わってくる。
不格好でも笑うことのできる結果がいいと、遥は思った。
「行こう」
気持ちも新たに窓辺に足をかけて、
「何やってんだおまえ」
莉彩のステッキで襟元を引っ張られる。
「え、ええぇ」
ぐ、とカエルみたいなくぐもった声を出しながらしりもちをついた。
腰に走った鈍痛に顔をゆがませながら遥は抗議の声を上げる。
「飛んでいったほうが早いじゃん!」
「新入り、この学校そのものが〈失望〉だ。何が言いたいかわかるな」
「いや全然……」
ピンと来ていない遥を見放すように、莉彩は辟易した湿度の高い目を向ける。
向けられた重圧に耐えかねた遥は、助けを求めて瑠依に視線をやった。彼女は意外にもひとりで先走ったりはしていなかった。
「瑠依たちは、〈失望〉の体のなかにいるようなもの。なのにわざわざ外に出て、それも不安定な空中から攻め入る必要はない」
「なるほど」
得心がいきうなずく。
「莉彩は説明が下手だね」
「うるせえよ新入り」
ステッキで勢いよく脳天をはたかれた。痛みは、こんにゃくの角に頭をぶつけた程度のものだった。
「ひどいなぁ……」
呻きながら遥はすっと立ち上がる。
「……行こう」
「おう」
「うん」
光の残滓がきらきらと舞うなかをひた走る。
来た道を戻るように階段を駆けあがっていく。
遥は、自分でも驚くほどに心音が穏やかなのを感じていた。
ロープの先は、赤黒く胎動していた。人が立ち入らない場所には鏡が配置されず、うまく光が届かなかったのだ。
湧き出る化身を払いなら、階段をのぼる。
扉だけは、その外観を保っていた。記憶に焼き付いた姿を、模倣するように。
遥はドアノブに手をかけて、
「ん」
震えを自覚した。
「おいどうした」
「え、いや……鍵が」
「離れて」
言われるままに体をそらす。
瑠依がステッキを振るうと、錠から焼けつく音がした。しかし、目に見えた変化はない。
「あまねくを拒絶する、銀色の魔法、ね」
「そんな大層な呼ばれ方をするものじゃない」
「開けるよ」
問答するふたりを尻目に、やはり静かな心音を感じながら遥は扉を開けた。
――ぞっとする青空だ。原色の青に、さらに青色の液体でもぶちまけたような深い青色が、目に飛び込んできた。
その先などあるとは思えないのっぺりとした空の下で、悲鳴のようにつんざく音が鳴り響いていた。
「蝉の声」
「あちいな。夏か」
「うん。きっと、そうだよ」
そんな光景を、遥は当たり前に捉えた。
予期していた。
屋上にかかっているはずの柵はない。
むき出しの縁から何体もの黒い花嫁が飛び降りている。落下した体は、重力などないように空にすくい上げられる。青色に溶けていく黒点は、やがて消失し、飛び降りの直前に戻っていた。
巡り落ちる少女の夢。
その中心に、それはいた。
ドレスとヴェールが体躯の上で波打っている。黒く美しい新婦の衣装は、踏みにじられた蝉の抜け殻みたく無残に破けていた。
その母体は直視に難い。夢を見据えるはずの目は焼かれ、理想を灯す舌が抜かれ、希望を鳴らす手足は折られていた。
見ているだけで落っこちてしまいそうな空洞のおなかからは、蜘蛛の赤子のように無数の手が垂れていた。
その手を楔にして、うなだれるようにして宙に浮く、夢の残骸。
望みを失い、希うだけとなった夢の果て。
「あれが〈失望〉」
目を背けてなお、脳裏に焼けつく鮮烈な姿。
あれが彼女の末路――そう考え、胃がひっくり返りそうになった。
「ボロボロだな」
「今までの〈失望〉だってみんなそうだった。夢が叶わないって、そういうこと」
「そうだな。何も変わらない。だれも変わらない。つまらない話だ」
莉彩がステッキを振るう。
鏡の破片が集い、一枚のひび割れた鏡になる。
「こう明るいと、新入りの魔法を反射させることはできねえな」
鏡が〈失望〉の姿を映し出す。
それが屈折して、鏡の中の顔が消失した。
現実の首が飛んだ。
くるくると宙を舞う顔を、瑠依が放った雨が溶かす。
〈失望〉が姿勢を崩した。
「やったの?」
「だといいんだがな」
莉彩の言葉と同時に、遥の鼻腔を言い難いにおいが突いた。
もぞもぞと、お腹の手が蠢いて〈失望〉が起き上がる。
顕わになった断面から生えた腕が、ムカデの足のように並んだ。
「外した」
「わーてるよ」
投げやりに言うと、莉彩は目を細めた。
「端からわかりゃ苦労はねえよ……結局ここは、向こうの〈世界〉で、あたしらは踊るしかねえんだ」
「ステージで踊るって、アイドルじゃないんだから」
「そうだな、そんなきらびやかなもんじゃねえ」
遥の言葉に、赤い唇を薄く開いた。
「夢の末路を終わらせる。歌う代わりに夢を語って、踊る代わりにステッキを振るってな」
「それ、って――」
疑問を口にする前に、光を見た。
三人は光源の〈失望〉に向きなおった。
首から生えた腕がうぞうぞ狂乱しながら光を編み込んでいた。
それは喜悦からくるものなどではなく。
苦しみだ。
声はなくとも、悲痛に悶えているのだとわかった。
「……」
遥は呆気にとられながらも、網膜を焼くその光にふれてはまずいと感じていた。
舌を打つ音が聞こえた。莉彩だ。彼女はステッキを振るい鏡をひるがえす。
それを横目に瑠依は言った。
「反射させられる?」
「ありゃ無理だろ。おまえの魔法でも溶かせない。そろそろ認めろ〈銀〉の」
「何を?」
「言い合ってないで! 来るよ!!」
腕が粘土細工をする子供のようにうごめき、光が収斂する。
球体となったそれを召し抱え、やさしく放った。
ふわり、と。
三人目がけて光の玉が迫る。
頭上に来る前に空へ飛ぶ。
彼女らがいた場所へ光は接地し――その場所から柱状に伸び始めた。
驚愕する三者の足元に光の幹が這う。その速度はゆったりとしたものだ。
躱すのは造作もない。
そう判断した遥の視点が、反転する。
「え」
漏れ出る声が空に吸い込まれていく。
飛んでいた。頭を地面に向けて、光に向かって。
まるで、そう――飛び降りるように。
「奏っ」
思わず彼女の名前が口をついた。
制動をかけるも、空走距離のぶんだけ光に近づく。
「新入り!」
莉彩に呼ばれ、足下を見上げた。
遠くに赤と銀の色が見える。何を以って呼びかけられたのか、遥には意図は掴めなかった。
頭上には光が。
ステッキを掲げる。
「あ、ああ、ああああ」
星屑が光にふれては昇華される。
残滓ひとつなく消え去っていく。
光の速度は弱まらない。
ついに、追いつかれた。
子を抱く母の手のように、光はやさしく遥をなめまわす。
自我が剥離する。
未練は忘却の彼方に。後悔は赦され、この世に生まれ落ちた瞬間から積み重ねたすべての罪過が清算される。
コスチュームがほどけ、体が花弁となって溶けていく。
自分の輪郭も名前もとうに忘れ去った。
恐怖などない。
そのまま貌まで失い、彼方に白い――、
「え」
壁があった。真っ白な壁だ。
そこに映像が投射されて、スクリーンだと理解する。
流れていく。命を手放す間際に脳内を駆け巡るという、人生のエンドロールのように。
魔法少女になった、その日の光景が。
梅雨の雨間に虹のかかった空を見上げて、奏は言った。
「私、魔法少女なんだよね」
「そう」
「もっと引いてほしいんだけど」
「だって、実際にそうじゃん」
紫の花が咲くような衣装を身にまとったその姿を、遥の瞳は映していた。
手に持ったステッキは、先端に月のような光を内包する球体が浮かんでおり、それを振るった先から光が生まれては、バレリーナの姿をした黒い影を飲み込んだ。
パンダの石膏だけが目立つ、街外れの公園での一幕だった。
拓けた空にかかる虹から視線をおろして、奏は言葉をこぼした。
「魔法少女はふつう見えないんだよ。見えるとしたら、同じ魔法少女か」
「魔法少女の素養がある子だね」
言葉を継ぐようにした音は、奏の影から聞こえた。
しゃぼん玉のようにぷかぷかと、透明な猫が浮かび上がっていた。
「おはよう、そしてはじめまして。夢の種子を抱くきみ」
「え、何? 猫、だよね……?」
「アトって言うらしいよ。正体は知らないし、当人もよくわかってないみたい」
ただ、と奏は続けた。
「魔法じゃないと叶えられないような夢を抱いた人に、魔法を与えてるんだって」
「それがボクの存在理由だからね」
「理由……?」
「能力だけを認識しているなら、それがボクのすべてなんだよ」
アトは言う。
「持ってる能力を使って存在を証明しないと、透明なボクはいないのと同じになっちゃうからね」
その言葉の通り、透明な体は日差しに目が眩むようにして遥の視界からたびたび消えていた。
「ボクという幻想を捉えることができるのは、夢を見据える魔法少女の眼差しだけ――どうかな、きみはその夢を叶えたくはないかい?」
「夢なんて……ないよ、わたしには」
「気づいてないんだよ、遥は。もしかしたら、気づかないようにしているのかもね」
「奏……」
「魔法じゃないと叶えられない夢って言うのは、つまりは実現不可能な夢ってことだよ。寝物語のようなものさ。夢想するだけで終わる。現実で挑むべき夢はいくらでもある」
ふわり、と目の前で少女が体を浮かび上がらせた。
「けど、魔法を知ってしまったら諦められない。不可能を実現するこの奇跡を手に収めたら、いつか叶うのではという幻想から抜け出せなくなる。叶わない夢を、諦められなくなる」
ステッキの、その先端が向けられる。
「そんな業に、遥は巻き込まれてほしくない」
もし魔法少女になるなら、と奏は言った。
「〈救済〉の魔法少女として、その夢と一緒にあなたを救済する」
「……救済されたら、どうなるの?」
「あなたの夢が叶う……そんな夢の世界に導いて、この世界から失われる……存在しなかったことになる。私の魔法は、そんな終点へと至る魔法だよ」
「むちゃくちゃだね」
「それが魔法で、それが私の望みなんだ」
「夢を叶える、夢、なんだね」
「だから、遥の夢だって叶えるよ。知らなくたって、その心に芽生えたものに嘘はつけない――それが、魔法少女って存在だから」
「なるよ」
「そう……じゃあね、遥。夢の終着点で、また逢おう」
救済の魔法が降りそそぐ。あらゆる罪過をそそぎ、肉体という檻を溶かし、夢だけを救いあげる光が遥を包み込んだ。
そうして、白が咲く。純白より純粋な、色を知らないような色彩をしたコスチュームに、遥は身をくるんでいた。
手折れぬ花のように、少女は立っていた。
「どう、して……」
「叶えたい夢なんて、やっぱりないんだよ」
奏の驚愕に、遥は小さくそう言った。
映像はそこで途切れた。
なぜ夢を持たないのに魔法少女になれたのか、それはいまだわからない。
けれど、わかっていた。見せつけられるまでもなく。
奏の夢を失わせたのは、遥だ。
〈救済〉の魔法少女として、奏は夢を叶えなければいけなかった。
存在の証明。叶えられない夢を見る魔法少女の夢すら叶えてしまう――この世界にあまねく夢を叶える夢が、奏の抱える業だった。
揺らぐ。夢を持たない存在に。夢を持つはずの魔法少女になってなお、叶えるべき夢を持たない遥に。
たったひとつの例外で望みを失ってしまうほど、儚い。浅慮ともいうべき意識の隙ですべてが瓦解する。
それは、少女の根底をなす小さな光だから。傷を知らない夢物語。幼き日の眠りのような、無垢なる幻想。
現実を重ねていくなかで思い出になる、大人になるための通過儀礼。
そうして少女を卒業していくだけなのに、魔法に魅入られた存在は違う。
魔法少女の夢は、いつかやぶれるためにある。
「少女の夢の果て。魔法少女の成れの果て」
信じ続けた夢を失い希望を見失って、自分自身を失くす。だから貌を失って、希望を失わせる〈失望〉になる。
「夢を叶えたいだけなのに、どうしてそんな存在になっちゃうのかな」
答えはない。代わりに応える声があった。
背後から、夏の香りがした。
「また逢えたね、遥」
振り返る。黒い椅子に座っていたのだと知る。
鏡写しのような顔が真後ろに腰かけていた。
「後ろを向くのはマナー違反だよ」
「声かけるのだってそうでしょ」
「じゃあ私たち、どっちも間違ってるね」
「ううん……間違ってるのは、わたしだよ。こんな都合のいい夢を見てさ」
「救われたっていいんだよ」
「それは、だめ……なんだ」
たとえ自分を失くしても、その思いだけは失えない。
劇場が崩れていく。剥き出しの白、救済の光が遥を囲んでいた。
白んだ視界のなかで、自分の輪郭は把握できない。
あるのかもわからない口を動かして、救済に飲み込まれる思考を語る。
「わたしは、あの日、手を取ったんだ」
飛び降りた奏を追って。
駆け抜けて、飛び越えて、蹴り出した。
ただただ落ちていく奏は、遥に助けなど求めてなかった。
それでも。
救うために伸ばされた手。受け入れられなかった手を、それでも取った。
「わたしは、わたしにとって奏は、手を差し伸べたい存在なんだ」
だれかを笑顔にしたくて笑顔でいた彼女に悲しみに、だれが寄り添ってあげられるか。
救い続けた彼女を、だれが赦してあげられるか。
傲慢と知りながら。
勝手と理解しながら。
求められてないとわかっていながら、空閑遥はそれを望まずにいられなかった。
すでに過ぎ去って、手遅れで、叶わぬ思いだ。
七夕の日。
隣にいても、奏と同じものは見れない。
だから、彼女の瞳を見ようと思った。
正面に立って、奏を見ていると伝えたかった。
『友達になろう』
友達でしょ、と笑った彼女は、遥に手を差し伸べ続けた。
告げた言葉は、奏に届かなかった。
そうだとしても――だからこそ。
「たとえ奏であっても、奏を傷つけることは許さない」
そしてすべてが光に包み込まれる。
自我は消え去って。
遥は、輪郭を取り戻す。
「え、」
呼吸より早く視界に飛び込んできた青の色に、遥は動転した。
「おう新入り、生きてるな」
青色が赤に陰る。
視界に飛び込んできた莉彩の顔に、遥の混乱はさらに深まった。
「どうして」
「希望を失わなかったんだろ。その光が鏡に届いて、おまえを映しとったんだ」
「意味わかんないんだけど」
「魔法なんてそういうもんだろ」
莉彩の後ろに浮かぶ鏡が、新品同様のまっさらなかたちとなっているのに気付いた。
そこに映り込んだ顔は、無表情な奏のまま。
遥の視線で莉彩も感づいたのか。
鏡に自らの顔を映して、
「相変わらず美しいなあたしは。世界一美しい。美しすぎて鬱陶しいな」
腕を振りぬいて、バラバラに割った。
「うだうだやるのは終わりだ。まだ決着はついてないんだからな」
鼻に突く夏の匂いをたどって起き上がれば、瑠依がひとり〈失望〉と交戦していた。
視界の端には天まで伸びた光の柱が映る。
「あれってどうなってるの?」
「伸びたままだ。動いたりかたちを変えたりはしねえ。さわれば飲み込まれそうだけどな」
柱から目を離し、〈失望〉へ向きなおる。
矢のように直線を走る銀の雨を、黒い花嫁や光の玉が受け止める。本体には魔法が届かない。
「飛べるか、新入り?」
問いかけられて、頭のなかに声が響いた。
――一緒に落ちてくれないんだね。
「未練は終わらせる……あの夏を、終わらせるんだ」
「それならいい」
鏡を躍らせる莉彩に倣って遥はステッキを構えた。
「雨は細かいのに、どうしてあんな的確に防げてるの」
「〈失望〉にとってこの世界の何もかもは、痛みの対象なんだ。希望を失っていない世界と、希望を失ってしまった自分。その差異は、負い目となって〈失望〉を蝕む。それが断罪であるように、この世界に存在するだけで軋み続けているのが〈失望〉なんだ」
「けどさっきは」
「あれは、いわば免疫からの攻撃だ。中身が勝手に破裂しただけ。気づけなかった。だけどもう、外敵と認められちまった」
「だったらどうやって倒すの?」
「魔法少女が転じた所以、希望を失くした理由がある。それを契約の印――トラウマって呼ぶ。その一点には痛みが通らねえ。そこを突かないと〈失望〉を討つことはできねえ」
「トラウマ……奏の……?」
「〈救済〉のが失った希望の象徴。思い当たるところはあるか?」
「そんなの――」
だれも救えない、だれもを救おうとした奏。
その思想をかたち作った頭は吹き飛ばされようと、何も起きなかった。
「心ってどこにあると思う?」
「そんなんかたちがあるもんか?」
「だよね」
「胸が痛むなんて言うけどよ、〈失望〉は物理的に痛んだみたいだったよ」
「そしたらもう、思いつかない、や……」
ふと。
風船のようにはじけて消える黒い花嫁を見て、つぶやく。
「ねえ、さっき言ってた銀色の魔法って、どういうことなの?」
その疑問に理解が及ばないというふうに言葉を詰まらせた莉彩は、遥の視線を追って「ああ」と喉を鳴らした。
「ちと説明はめんどうなんだけどよ。〈銀色の魔女〉の魔法は、言っちまえばレイヤーのオンオフだ。万物のかたちを変えないまま、物事の存在を拒むこともできる」
「拒む……」
何かが引っ掛かり、遥は目の前の戦闘をひたすらに目で追った。
ふたりの元へ一切の余波を出さない、遥には到底できない立ち回りだ。
光の玉が形なされる前に魔法で潰し――、
「手だ」
「あん?」
「あの手、魔法が迫っても一切ひるんでないよ」
〈失望〉から無数に生えた手。
苦しみにもがいているようにも、懇願するようにも見える腕。
けれど、自身を消滅させる魔法を、どこか受け入れているようでもあった。
「あれが全部そうだって?」
「いやたぶん、手が重要なんだ」
「は? ……いや、〈救済〉のは、すべてを救いたいと望んでいたな」
「けど、奏の救いをみんなが受け入れられるわけじゃない」
たとえ救済の魔法が問答無用であっても、その救いを当人が望んでいるかは別問題だ。
だから彼女は、こうこぼした。
――こんな私じゃ、だれも救えない。
夢を叶えることが彼女の定義する救済だった。しかし、それで救われているのは奏自身であった。
その理想は矛盾をはらんでいた。
だからあの夏の日の屋上で、彼女は夢を諦めてしまう前に命を絶とうとした。あるいは自身をその魔法で救済しようとしたのかもしれない。
それを遥が追いかけて、手を伸ばした。
自らの夢に準ずるのであれば、その手を取るべきではなかった。
――手を伸ばしてくれないんだね。
天音奏は、空閑遥の望みに応えることはできなかった。
――一緒に落ちてくれないんだね。
空閑遥は、天音奏と同じ夢を見ることはできなかった。
それでも、手のひらに熱が宿ったのは、救おうとする遥の望みを見捨てられなかったからだ。
自身を救おうとする手を取って、彼女は思い知った。
だれかの夢が叶うことを幸いとするのではなく、そうすることでしか救われない自身のために行動していたのだと、痛切に思い知らされた。
それは彼女にとって、描いていた夢を裏切る行為だった。
言葉だけだった苦悩が、現実となった。
そうして奏は、希望を失った。
「救済の魔法……あの光が、そうなのよね」
「問答無用に夢を奪っちまう。存在ごとな。一方的にすくいとって、あいつの描く楽園で管理される。そこは、夢が叶う世界なんだってよ。それが、天音奏の救済だ」
それは、殺戮と何が異なるのだろうか。
遥はそう思うと同時に、納得も抱いていた。
〈失望〉の見るも無残な姿を見据える。
「魔法少女の夢がやぶれるためにあるなら……たしかにそれは救済だね」
でも、と遥は言う。
「そうしたら、奏のことはだれが救ってあげられたの?」
みんなを救って。
残るのは、奏ひとり。
救う相手を失った彼女の救済は、彼女を救わない。
「……わたしは、奏と一緒にいられるだけで救われてたんだよ」
願いはもはや遠く。
流れ星のように刹那に消えゆく。
光年先の輝きを追い求めても、追いつくことはないのだ。
「だから決着をつけなきゃ。もう、間違えないように」
「あたしも返さなきゃならねえ借りが貯まってるんだ」
散らばった破片が集まり、ひずんだ鏡が生まれる。
鏡面に瑠依が映し出され、接敵する少女の姿が忽然と消え、鏡のなかから本人が飛び出てきた。
「〈銀〉の。あいつの印は手だ」
「……そう」
「やるぞ」
「わかってる」
光に、目がくらんだ。
瑠依が離れたことで、救済の光が再び形なされる。
それに呼応して、天高く伸びた光の柱が揺らいだ。
世界が陰る。頭上を見上げると、枝葉を広げる樹のように救済の光が空を覆っていた。
そして降りそそぐ。緩やかに。ひらひら舞い落ちる光の粒は季節外れで、蝉の声に矛盾する。
そのひとつひとつが、あまねく夢を叶える奇跡の結晶。
ゆえにこの〈世界〉の名は、≪永遠の救済≫。
「新入りっ!」
莉彩の声に応えて、遥はステッキを頭上へと振るった。
無数の星屑が空に躍り出て、救済の光を穿つべく前進する。
しかし光にふれた途端、溶けるようにそのかたちを崩してしまう。
わずかに速度を落とすことは叶ったが、そのものを消し去ることはできない。
「短期決戦だ。懐に飛ばすぞ」
瑠依の背中が割れた鏡に映り込む。その延長線上には〈失望〉がいた。
鏡面がパズルのように入れ替わり、二者が限りなく近づく。それが現実となる。
破れたドレスの裾に紛れるように銀色が姿を現す。
〈失望〉の感覚器に苦痛が迸り、腕がもだえた。
瑠依はステッキを振るった。
首から垂れた腕を溶かそうと銀色の雨が迫る。
その射線を、どこからともなく集まった黒い花嫁が傘を模倣して封じようとする。
しかして黒い花嫁は、鏡の破片に貫かれて霧散した。
ふれるを拒む冷たき雨が、蠢く腕のことごとくを消滅させた。
光の球体が落ち、ガラス玉のようにはじけた。そして――、
「……」
放射状に砕けた光の玉が、蛇がのたうつように三人へ迫った。
足元からコンマ秒で迫る救済。
空を飛ぼうにも遅い。
コスチュームが燃え尽きた。
燃え尽きた、だけだった。
三人ともコスチュームはやぶけたものの、体への負傷はない。
「未完成ってわけか」
背中を大きく露出させた莉彩が不機嫌そうに言った。
その視線の先。〈失望〉の露出した首から、蠢くイソギンチャクのような動きで手が再生した。
「失敗?」
〈失望〉の懐から退いた瑠依が、顕わになった胸元を隠そうともしないで首をひねる。蛍みたいな光が集って早くもコスチュームの修復が始まっていた。
「奏が最初に取り損ねた手は――」
遥は〈失望〉から目をそらさない。
「莉彩!」
肩口を露出させながら遥は叫んだ。
左右の瞳には、それぞれ違う光が映っている。
刻々と距離を詰める光の粒は視界にない。
見ているのは自らの生み出す星屑の光、そして、
「救済の光を反射させて!」
高く伸びる光の柱だ。
「あいつの救済は問答無用だって、おまえもわかっただろ。んなむちゃくちゃ通用するかよ」
「無理でも無茶でも道理を捻じ曲げて。少女の魔法は夢と希望でできてるんでしょ!」
「言ってくれるじゃねえか」
挑みかかるような遥の言葉に莉彩の声色は色めき立った。
「……それで?」
「めいっぱい屈折させてわたしにちょうだい」
遥はステッキを回す。その先端を追って星屑が廻天した。軌跡は星座盤のように円を描き、そのなかを星屑たちが染めていく。
名を失った星の欠片たちが互いを埋め合って、新しい星になっていく。
焼けついた背中の修復を終えた莉彩は、楽しげな笑みを刻み、瑠依へ視線を向けた。
「だとよ、〈銀〉の、次は手伝えよ」
「……次、なんて……」
苦虫を噛み潰したようなつぶやきを聞かなかったことにして、莉彩は魔法を躍らせる。破片と、手鏡ほどのサイズになった鏡面が、瑠依にたかるように円を描く。
様々な角度から姿を映し出される。千差万別の鏡が同一の表情を目に映す。
どんな表情をしているのか、突きつけられる。
認めたくないことも、認めざるを得なくなる。
その光景のすべてを拒絶してしまえば楽だ。しかし、それをしてしまえば瑠依は、奏からもらったものも拒絶することになってしまう。
出口はたったひとつだけ――見えているのなら、膝を抱えてしまえばいい。
遥が手を差し伸べるように告げる。
「皆森さん、あなたがどう思おうと、わたしは奏を終わらせる」
「そ、れは」
「もう気づいてるんでしょ? わたしが気づいて、あなたが気づいていないなんてありえない」
その言葉が決定的であった。
暗闇の迷路に差し込む強い光。それは希望の道しるべだ。
暗闇を迷うことこそ心の安らぎであった瑠依には、閉ざしたまぶたの裏まで焼き尽くす残酷な光だった。
せめて光を直視しないようにと瑠依はうつむいて、ステッキを回した。鏡面をなぞるように雨が吹きすさぶ。
鏡面が銀色の魔法でコーティングされる。それを認めて、莉彩はステッキを空へと向けた。
その指示に従って、鏡と、その破片が空を舞う。
破片は割れた光へ。
手鏡ははしごのように伸びる光の幹を駆け巡り、その頂点へと。
鏡面に光がふれる。拒絶と反射により、接触不能の光が曲げられる。
空想の雷光を描くように屈折を繰り返して、一点で交わった。
一条の光が、裁きのごとく遥へ降る。
光が近づくにつれて視界が閉ざされていく。
その最中に遥は、瑠依へわずかに目を配った。差し迫る光を、彼女は望洋と眺めている。
その変わらぬ表情が、遥にはどうしてか、懐かしいものに感じられた。
やがてそれも、白く溶けていく。
遥は、光へステッキを掲げた。
その先端を追って、名もない星が躍り出る。光へと飲み込まれていく。さらに、描けるだけの星屑を放った。
光のなかで星と星屑がぶつかり合って、溶けて、結合して。
天球を廻る天の川が生まれる。
遥は体をひねる。その動きに連動して、光の帯が動いた。
あまねく救済の粒すら飲み込んで、彼方から此方へ、道をつけるように〈失望〉めがけて放つ。
「とど――」
光にふれる〈失望〉の全身が裂けた。
その内側から無数の手が嵐のようにうぞうぞ伸びる。
掌が、光をやさしく受け止める。
遥はさらに星屑を吐き出した。
ユニフォームのかたちを保つ魔力も回し、ありったけの希望を込めて。
「けええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
掌が星を手に入れて、次々と落ちては消えていく。光の飲まれた体躯がほどけていく。
そのなかに、指を組んで祈りを捧げるような対の手があった。
数多に希望を灯した光は、もはや細まっていた。
天の川の先端がわずかにふれ、
「っ」
ようとしたところで燃え尽きる。
あと一歩。あとひとつの煌めきが足りない。
夢に欠けている。
だから、
「は」
遥は走った。
その姿は、足元から戻り始めていた。
上履きで地面を踏みしめ、スカートをひるがえし。
ブレザーがはためいて、手にはもうステッキの感触はない。
空いた両手で、祈る手を抱える。
コスチュームの守護がない無防備な心に失望が染み込む。
夢への期待。理屈のない無条件の希望が失われて、胸の中心がからっぽになる感覚に襲われる。
都合がいい、と思った。
そのまま屋上のふちを蹴り、飛び降りた。
希望が失われれば恐怖などない。
眼前に光が舞って、空に吸い込まれていく。奏の顔が剥がれているのだと、鏡を見なくても遥にはわかった。
浮遊感に自身の輪郭を自覚する。
自由は、不自由への限界を提示する。
回転する風景。
青。
空も地上の境目なく、果てなく続く青色。
地上はなく、屋上すらもはや見えず、ただただ青色だけが広がっていた。
その光景を儚いと思った。
なんて輝かしい夢だと。
目がつぶれてしまいそうなほどに純粋だ。
天音奏に自他の壁はなかった。だからこそ、すべての人の救済が自己の救済になった。
それが間違いだと、遥は言いたくなかった。
でも。
あの時、伝えなかった言葉がある。
自分の思いなのに、奏のためだと思い込んで。
どうせまた届かない、なんて勝手に裏切られた気持ちになって。
そのくせ明日もあると無条件に信じて、届けられなくなってから後悔している。
失っていくばかりだ。
夏の暑さにはふれられない。蝉の鳴き声はもう聞こえない。
届かなかった言葉ですら、過去になっていく。
それでも。
伝えたいと望んだ自分が、ここにいた。
青い空に、かすかに天の川の軌跡が見えた。
あの日は曇り空で、けれど雨は降らなかったから、きっと逢瀬は叶ったのだろう。
その星合のようには、交わることができずとも。
認め合う友達には、なれなかったのだとしても。
「生きててほしい……生きててほしかったよ、奏」
遠く、届かぬとも見守らせてほしかった。
祈る手が空想のように掻き消える。
残ったのは、飛ぶことすらできない矮小な個人。
このまま永劫の落下を続ける。
そう、遥は思わなかった。
浮遊感が消失して、遥は足裏に固い感触を味わった。
視線の先に、凄惨に破けたコスチュームをまとう莉彩が立っていた。
血まみれと錯覚するほど悲惨なのに、どこまでも美しいと遥は思った。
「無茶したな」
「だって美しくないんでしょ?」
その言葉に莉彩は目を見開いた。
口が裂けんばかりの笑みを刻む。
「言うじゃねえか」
「皆森さんは?」
「ま、この通りだ」
莉彩は、赤色の光で修復されていくコスチュームを見せびらかした。
「おまえの魔法が途絶えたから、後始末をしようとした矢先に襲われた」
「止めちゃったんだ」
「だから逃げた」
それは瑠依が、あの〈失望〉を奏だと認めたということだ。
「希望を失わなきゃいいけれど……」
それは、遥自身にも返ってくる。
魔法少女になった理由は成就した。
なのに、遥はまだ夢が見つからなかった。
どうしたいという希望も失くしては、末路は決まっている。
遥の迷いを知らず、莉彩は雲混じりの空を見上げた。
「しないさ。〈銀〉のは――」
その言葉を聞き終える前に、
「あ」
意識がくらむ。
眠気にも似た意識の閉塞が遥を襲う。
暗転する視界の向こう側には、見知った街並みがあった。
薄れゆく意識のなかで充足を覚えながら、遥は倒れた。