スターリィシネマ・ダイアローグ
赤い魔法少女は、その風景を俯瞰していた。
〈鏡〉の魔法少女がこの〈世界〉で与えられた演目はない。裏方として、ひたすらに照明をステージ上へ向けることだけに専心する。
一度は敗北した身空。伝えるべきを通せなかった証左だ。
その灼熱の瞳が瑠璃色の空を収める。燃えさかる夕景が沈んだがゆえの夜。これをはじまりと定義するのなら、明るさはたしかに終わりである。
終極とは、何もかもが灰もなく燃え尽きた虚空。使い果たされた情報が飽和し、世界が絶対零度に固定されることこそが完結だった。
「なあ、莉彩」
鏡の中の姉へ問いかける。
「生きるってなんなんだろうな」
夢を叶えるために走ってきた。赤き拍動の臨界の先が虚空であった。魔法少女の夢がやぶれるためにあるのなら、その虚しさは共通するだろう。
叶えど、叶わねど、あまねく夢は終わる。
「わからないよ。答えがないんじゃない。解答がいくつもあるはずだから」
鏡の中に座す日本人形は――作られた命は滔々と話す。
「憧れたものを忘れないために魔法少女は夢を叶える。でも同じくらい、後悔をしないために生きているひとだっている。夢を見る暇なく、わからない未来のために生きてる。その精一杯だって心臓をいま動かしてるはずだよ」
「そうか……なら」
莉彩は赤い髪を撫ぜる。夜に並ぶ五線譜のように空に流れた。
それを莉彩は肯定する。
「生きようとする以上に――わたしたちは、生きてていいんだ」
☆ ☆ ☆ ☆
夜色の魔法少女は、その光景を眺めていた。
〈伽〉の魔法少女がこの〈世界〉で与えられた演目はない。この舞台を証明するため、脚本を紡いできた。
級友の顔を思い出す。脚本家を志す少女がいた。彼女の夢は≪終極の光≫にて叶い、その認識のなかどう活躍をしているのかをつぶさに聞いて、ここまでのラインを引いてきた。
すべてがアドリブ。プロットを投げ捨てる前提の伏線を張り巡らせた。人間関係とは、個人に操りきれるような紋様をしていなかった。まして瑠依だ。他者からよりもっと深い自認として、機微に疎い自信があった。
海溝のような藍の瞳が瑠璃色の空を収める。ロックンロールは止んでいた。音楽も流れていない。ただ描き変えた結果だけがあった。
地上には、先ほどまでの歓声はない。光の波は夜に沈んだ。だれもまだ、この世界に実在はしていない。目を覚まそうと、≪終極の光≫が導いた楽園から抜け出せるわけではない。
夢の叶った世界。都合のいい救済。そんな楽園に別れをすぐに告げられるほど、かつての世界は希望的ではない。
苦しみがあった。多くの苦しみに喉を締められて、それでも夢は叶わない。死を織り重ねて、毎日自分の死体を眺めながら眠りにつき、死ぬために目を覚ます。そんな繰り返しは、地獄の何圏か。
夢のない世界で夢を。夢がなくても眠ろうと思える夢物語を。
それを示さないかぎり、この世界はかつてのかたちを取り戻さない。
「叶うかな、瑠依の夢は」
隣、ライム色をしたインナーカラーを入れた少女に問う。
「どうだろうねー」
いつものごとく、切り裂く歌声から想像できない間延びした声で夕架璃は応える。
「生と死は自由だしー。いつか死ぬんだからー、いま生きることを終わらせることを止める権利はだれにもないよねー。止めたならー、その責任だってあるしー」
「……」
「でもー、瑠依は終わってほしくないんでしょー」
「うん」
「じゃあーいんじゃないー。自分の望みを知れたんだからー。嘘つく必要はないでしょー」
自分の望み。そう。この場所は間違いなく、瑠依が夢見たステージだった。
どれほど夢のない現実に苛まれたって、この向こうに望む景色を信じた。
「あたしたちにできるのはー、生きてたらいいことあるよーって歌うだけー。根拠なんてなくてもねー。じゃなきゃ、こんな世界ばからしいじゃん」
冷たい刃のように鋭い声が鳴る。
「でも、負ける気はない。だから歌うんだよ。夢と希望を――空転する空想を、心の底からばかみたく信じるんだ」
ああ、それは。なんと呼ぶか、迷いはない。瑠依が浮かべた言葉ひとつ。流星の尾のように薄い笑みを唇に刻み、夕架璃はその音を作った。
「ロックでしょー」
☆ ☆ ☆ ☆
どの背景にも主張しない色をした魔法少女は、ただ目の当たりにした。
〈星〉の魔法少女が主役の演目。けれど、ここへ至るにひとりの力では立てていない。この舞台を照らし、証明する少女たち。顔はわからず想像するほかないもうひとりの役者。謳った希望に応えてくれた光だって、そのひと粒も蔑ろにはできない。
ただ孤独に光る星々が結ばれる。その縁がこの〈世界〉のかたちを結んだ。縁を結ぶために必要なもの――だから、遥はそれを証明しなければいけない。
「ここで終わりだよ、奏。届かなくても、結んでやる」
宣戦布告を受け、出戻った少女は静かに言う。
「でもさ、遥。瞳、星がないよ」
一瞬――隙を致命にすべく。
魔女は唱えた。
「おかしな星屑。金平糖にでもして食べちゃおうか。私の中でドロドロに溶かして失くしてあげるよ」
奏の身にまとうアイドル衣装が黒く澱む。お伽噺には程遠い魔女の似姿。切り取られた憧憬はどこにもない。かつて向けられた憎しみの果実をすり潰して、にじみ出た果汁で染色するような紫がかった黒が現実を描く。
ただ、可愛らしく。あるいは、無邪気に。
甘やかで綿菓子のようなふわふわとした姿に似合わぬ残酷さが視覚を責め立てる。
そして、降る。
ふわふわと。白く。
瑠璃色の空に穴をあけるようにして、目をくらます光が降りそそぐ。
緩やかに。枝葉を広げる樹のごとく空を覆い尽くす様子は過ぎた季節を思わせる。しかし落ちゆく白に過ごす季節を思い、聖夜の奇跡を夢想する。
瑠璃色の空に穴を開けるようにして、目をくらます光が降りそそぐ。
そのひとつひとつが、あまねく夢を叶える奇跡の結晶。
ゆえにこの〈世界〉の名は、≪永遠の救済≫。
「さあ、最期の救済をはじめましょう、私の唯一のお星さま」
「――っ」
魔法少女ではない。奏がそうでないのは感じ取れた。
ならば何か。わかる。これは、≪魔女の夜≫を贈った瑠依と同じ気配。描き変える。その根本原理を忠実になぞる魔法。新しい意味を贈り、世界のかたちを描き変える魔女の魔法。
その存在は、何によって魔女に至ったのか。
〈失貌〉する自らを救済する。それによって境界を超えたのではなかったか。
すなわち、ここにあるは希望と絶望の境界。その名は救済。
ひとつの夢にやぶれても、また次の夢が見つかる。そのすべてにやぶれても、自分の後に続く存在が新しい夢を追ってくれる。 そうしてひとりの見た夢は叶わずとも、いつか夢は叶う。
そんな希望的な/絶望的な繰り返しを、個人の夢を強制的に叶えることで断ち切る。すべての夢が叶う楽園に人々を導くもの。
〈救済〉の魔女。
ただ希望を失わせようとする怨嗟である〈失望〉でなく、その根源。
光のひと粒が従うは重力による自由落下でなく、魔女の従える法則だ。
「サービスだよ。合わせてあげる」
奏が虚空に手を降る。その掌に、捻じれた白の杖が握られた。もはや原形はない。それでもステッキであると示すがごとく、頭上へと掲げた。
「来なよ、魔法少女。その希望をすくいとって、この世界を救済する」
〈星〉の魔法少女が走り出すのと、〈救済〉の魔女がステッキを振り下ろすのは同時だった。
迫りくる光に星をかざす。蒸発。問答無用なのは変わらない。
速度が緩やかなのが救い――いや、と遥が考えを改めたのと同時に、光が軋んだ。
この場のみの極めて狭い空間とはいえ、既存の〈世界〉に上塗りする。
規格外。
ならば、自分の夢の体現すら自由自在に操れる。
緩やかに降りゆく光は横殴りに。その速度を加速させる。
吹雪く。
逃げ場はない。凝視しなければ選別できないような小さなひと粒だって、その形象は救済の魔法だ。
ふれれば台無しに、すべての人生がそそがれる。例外はない。そして迫りくる雪の波を、遥は躱せない。
飲み込まれる。あらゆる罪過がそそがれ、自我が溶解する。強制的に〈失貌〉へと導かれ、残った夢が楽園に回収される。贖い。原罪を償うため、果実をつけていくような行い。その上り坂の先にあるのは、希望か絶望か。
だから、その光の中を遥は突破した。
「な――いや、この〈世界〉か!」
≪夢現の星座≫はいまだこの舞台の題字だ。
想像が創造させる。星と星を結んで星座を作るように、遥が失われてもその星を信じるひとがいる限り希望は失われない。
奏は視線を回した。観客席からこちらを見る視界。四人。魔法少女でなくとも今この場において夢と希望は目の当たりになる。夢を叶えた世界において、そのふたつは実在の概念だ。完結した≪終極の光≫によって夕架璃も早季もこの奇跡を目の当たりにしている。一夜の、微睡みの中の夢物語だとしても。
空閑遥の魔法が奏に迫る。
それをステッキのひと振りで防ぐ。やり過ごすのは簡単だ。しかし、それでは決着がない。
卑近する希望へ救済を風のように吹かせて吹き飛ばす。
遥は消えない。視界を消さないかぎり。それは不能だ。
魔法少女ふたりを救うことはできる。しかし、終極に至った命は掬えない。
叶いきった夢を叶えることはできない。
「なら」
だからこそ、でもある。
〈世界〉とは、〈失望〉になった証。いかな奇跡で戻ってきたとしても、そこへ至る契約の印は消え去らない。
それだけは、例外のない致命。そして逆説的に、遥の狙いも読めた。
「互いに弱みは知ってるよね」
奏の言葉から、その真意を遥はくみ取る。隠し事はない。傷を探って弱点を突く。
「喧嘩だよ、奏」
「は――まるで、友達みたいだね!」
「友達みたいだよ……ね!」
従えた星で自分の背中を押す。流星の速度で奏の懐へもぐりこんだ。
先端に蓄えた星ごとステッキを魔女の脇腹へぶつける。腕が差し込まれたが関係はない。爆発。前方へ突き抜ける衝撃によって奏が吹き飛んだ。
転がっていくもステッキは離さない。明滅してるであろう意識の隙を縫って救済に指示を出す。それによって遥の追撃は中断させられた。
やぶれた衣装を引きずって奏は立ち上がる。
「物理攻撃かい」
「それしか知らないし」
「そう……ま、いいけど」
示し合わせたように、ふたりはステッキを差し向ける。
「終わりにするよ、遥」
「はじめるんだよ、奏」
魔法が世界を描き変える。
奏のトラウマは、その手で救えない存在がいたこと。
遥のトラウマは、その手を取ってもらえなかったこと。
だから、そう。
救済と星。ふたつの魔法が混ざりあって夢現に描かれるのは、いつかの景色。
夢か現実か。その境は曖昧だ。閉じ切った劇場。最前列でひとり眺める銀幕のように境界が溶ける。
果てはない。始まりも終わりも数価で記述可能。宇宙の法則は数式によって紐解かれる。
ゆえに無限の中では、はじまりも終わりも自らが定められる。
落ちていく。
飛び降りるのを追って飛び降りた。
羽はない。だから落下していく。奇跡は使い果たした。
少女ふたり。
十七歳。
ひらめくブレザーにスカート、ローファーを鳴らして――制服姿。
ここにあるのはそんな存在。手足にふれるものはない。ただ夜の中を落ちていくだけ。
届くのは、言葉だけだった。
「きみは希望を謳うね、遥」
「うん」
「それは確かにまぶしい。美しいよ。夢への道しるべは、暗澹たる道中では目指すべき星だ。けどね、消えようとする命には、それは強すぎる。傷に刃を立てる行いだよ。その絶望的な罪を、私は糾弾する」
「そうだね。それを否定しない。わたしとは違う道も照らし出す星になる……それは、必ずだれかを傷つける。でも、それでも死んでしまうくらいなら、傷つける」
「死ぬより酷い痛みを与えるとしても?」
「死んだら可能性が失くなる。幸せになれるかもしれないんだから、自分の心を手放してほしくない」
「生きてたらいいことがあるなんて、希望的というよりただの我儘だね」
「ううん……生きてて苦しんでるんだから、そんなことは信じられないよ」
「希望を捨てるのかい?」
「死ななければ少しだけいいことがあった。それくらいの希望は、だれだって抱いていいはずだよ」
「都合がいいね。お伽噺でももう少し弁えているよ」
「わきまえる必要なんてないから。わがままだっていいじゃん。大切なひとの命なんだから」
「でも、自分の命じゃない。思うがまま、望むままにふるまってほしいなんて残酷だよね」
「それでも、生きててほしい。死んでほしくない。何もかも放り投げてめちゃくちゃにしたくなっても、どうにかやってきた先が地獄だとしても、それでもあなたが幸せに生きてほしい。そのためだったらどんな力も貸す。わたしはそう思うし、そう思えるひとがこの世界にはいる。その縁は捨て去ってしまうほど儚いものではないし、命を絶ってしまうほどの絶望じゃないはずだよ」
「遥は……一緒に落ちてくれないんだね」
「奏は……手を伸ばしてくれないんだね」
「平行線でしょ、私たち」
「知ってる。一瞬でも、交わった日を」
「友達じゃないよ」
「友達にはなれなくたって、過ごした日々が嘘になるわけじゃないよ。笑いあった日々とか、涙を見た日とか、こうして喧嘩してることとか。上辺だけのものじゃ断じてないんだ」
「わかり、合えないんだよ」
「うん。悲しいよね。悲しい。理解してほしいひとに理解されないことも、理解したいひとのことが理解できないことも」
「この道の先には別れしかないよ」
「大切であるから永遠じゃないし、大切だからって一緒にいなきゃいけないわけじゃないんだよ……時間の数だけがわたしたちを叶えるわけじゃない」
「それを希望って、遥は言えるの?」
「うん。だってさ、奏。絆は存在するんだよ。関係に名前がなくたって、わたしたちのこれまでを失くしてしまう必要はないんだよ。それって、希望的でしょ」
「……」
「だから、絶縁なんてしなくていい。死んでしまうなんて言わないで、奏」
「…………」
「死にたくなくなった日のために生きよう」
手を差し伸べる。落下する風景は平行。さかさまの景色。だから、追いつく必要はない。
伸ばしてもらえれば届く。
「別れても、わたしたちはひとりじゃない。顔をあげたその場所に星はいる。だから、奏もいてほしい。この世界のどこかで、だれかを救ってるって信じさせて」
ただひと言。伝えるためにここまで来た。
「奏の夢だって、わたしは応援してるよ」
「……そっか」
だから、ただ。
きっと、これまでのあがきは。
奏は、理解されたかった――理解できないと知って、それでも、まぶしい星に理解されたかった。
理解されないのなら、その夢を見せればいいと考えて。
そんな願望を、遥を通して見たのだった。
交わらない道。ただ一瞬、すれ違うだけの交差点。赤になってしまえばおしまい。そんな通り道でふと、中指がぶつかった。
小指を絡めるには恥ずかしく、薬指にふれるような運命ではない。人差し指は憧れを示して、親指は届かない。
中指がわずかにふれ、交わる。
少女ふたり。
そんな距離感が、精一杯だった。
「これからどうするの?」
黒髪の少女が問う。
「エンドロールだよ」
茶髪の少女が応えた。
「≪夢幻の星座≫なんだから……この空に、みんなの希望を描くよ!」
ステッキで空を示す。ふたつ並ぶ。
「奏にとっての希望は何?」
夢は命だった。少女の魔法は夢と希望でできている。はじまりのはじまり。夢見た場所へどうやってたどり着こうとしたのだったか。
「……喜ぶ顔だね。うん、夢を叶えたひとが嬉しそうだったのが、私にはまぶしく見えたんだ」
光がひとつ、遠くに見えた。無限落下の虚無の中、目指すべき外の世界。その架け橋。
魔法少女は空を飛ぶ。羽なんかなくていい。翼が生えてなくても、空を飛べる。夢を追うための翼がある。
希望。暗闇の中でその輝きは何よりも信じるに値する道しるべだ。虫が光に寄るように、ひとは希望を求める生き物なのだ。
だからふたりは飛んだ。何度落ちたって飛んでみせる。そんな希望を尾と刻んで。
飛び出た先の景色は、瑠璃色の夜。
「あ」
声を漏らしたのは奏だった。遥が言う。
「いちばんぼーしみーつけた」
空の一点、ただただ輝かしいもの。
名前はない。
ただ自ら見いだしたもの。
それを希望と呼ぶのだ。
「繋げるよ」
遥が宣言する。〈星〉の魔法少女が言う。希望が謳う。
その瞳に、星が光った。
「思い描いて、みんなの希望を!!」
反響する声に感応して、自在に空に描かれる。
連鎖する星の創造。
想像された希望が空を埋めていく。
ひとつひとつは小さい。輝きはそれぞれ。
満天に至れば、ただ唯一の特別なんてない。
自分だけの星。自分だけの希望。
あまねくを手繰れば、世界を光で埋め尽くす。
「孤独でも、孤立じゃない。きみが生きていることが、遠いだれかの励ましになるんだ」
ひとりぼっちがただひとりひとり息をしてるだけ。その生存は否定しない。でも、それでも。ひとりきりではない。
だれかの手指が星を結ぶ。想像される物語が、そのひとの空っぽを慰める。
隣り合ったってわかり合えないのに、それを見るひとはその価値基準において意味を見いだす。そのひとが持つ世界観において解釈する。
贈られた意味。やがてそれは定義となる。解釈されて。それができるのは、今から未来へ生きるひとのみ。
世界が続く。繋げていくことで希望は永遠に至る。
終わりの先。続編でなくとも、新しい物語が生まれる。そんな縁の繋がりが必ず、世界を照らす。
そしてそれは、新しい心を――可能性を育んでいく。
世界が広がっていく。
それぞれの見る八八の並び。無限に届くほどの選択肢は果てしない。きっとひとりでは見渡せない。
「ねえ、奏。この世界はさ、ひとりで救うには広すぎるんだよ」
音楽が鳴った。神のいない空。ロックンロールは鳴り止まない。
「奏の夢は終わらない……だから、この世界で続けていこ」
同じものは見れなくて、同じ時間を重ねることはできないのだろう。
それでも同じ世界を生きて、隣り合う関係でいられるのなら。
絆を信じられるのなら。
「夢を叶えてしまうんじゃなくて、わたしたちを叶えていくために」
どうしたいか、どうなりたいか。
夢と希望の果てで、それを失わないために。
「あたりまえの日々を続けていこう」
繋いだ中指の温度にはとうに慣れきって。
わずかに強まった力に返してはあげない。
求めるもの。遥は、その星の瞳で奏の黒い瞳を見つめた。
目をそらすも、諦めたようにわずかに瞑目して、開く。
口。
「生きるよ。繋いだこの指が離れても、この感触が私を繋ぎとめるって思える……だから、少し、息を続けてみるよ」
言葉を、聞き届けて。
遥はようやく肩の力が抜けるとばかりに弛緩して。
頬を緩めた。
「――」奏は目を丸くする。そして、憑き物を落とすように息を吐いた。「まったく、生きるってたいへんだ」
その表情は、奏がずっと見たいと望んだ笑顔だった。
この夜に、だれの頭上にも祝福があらんことを。




