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絶縁体

 ここではない景色。眠りのなかの夢。記憶と錯覚が複雑な模様を描く絵画をまぶたの裏に見る。

 絶望と鏡。ふたりの魔法少女の戦いを、瑠依は認知していた。

 初めての事柄だった。

 現実と眠りの境界。脳波の波からはじき出されたような感覚だ。

 ここが奏の〈世界〉だからか。

 明晰夢であるかのような冷静さでそこまで考え、目を開くことを思い出す。

 上体を起こすのと衣装への換装は同時だった。

 白銀と瑠璃の光を置き去りに、少女は窓を開けることなく通り過ぎる。

 虚空を駆ける。目星はついていた。地上。心臓が零れ落ちたような赤色。


「莉彩」


 徒花の姿はない。咲き誇る場所を選ぶように根すら残されていない。

 アスファルトに乱れる赤は、やぶれた静脈を思わせる。

 肩を揺すってみても反応はない。


「……」


 莉彩の体を抱える。浮遊の要領で浮力を使えば体重は関係しない。

 行き先に迷いはなかった。自宅の床にその体を下ろす。

 遥を呼び出したのは、時計が正確なら未明の時間帯だ。

 話せど夢半分といった様相で路面を歩く少女も、実際を見れば寝惚けまなこを見開いた。


「……生きてる、よね?」

「心臓は動いてる」

「奏が、やったんだよね」

「瑠依は立ち会ってない。実証はできない。でも、見た」

「疑わないよ……莉彩だって、ああ言ってたわけだし」


 奏を終わらせる。莉彩の言葉に偽りは存在しない。そう宣言したのなら、実行は確実だった。

 その結果が、目の前にある。


「どうする」


 瑠依の問いかけに遥は逡巡を見せる。

 交わらない。それが意味するのがこれだ。

 放置をすれば、自らの世界が侵される。

 あらゆる解はひとつを選択することで次の問いへと運ばれる。多様さは絶滅への抵抗であるが、進化の天井は先鋭を以って超えるものだ。

 平行であることは、それぞれの命を担保しない。いずれどちらかは行きどまりに達する。

 自分の意見を通すのなら、他者の意見を取り込まなければいけない。たとえそれが封殺という結果になろうとも。

 奏には生きていてほしい。けれど、奏が生きることで身近なだれかの日々が途絶えていく。

 喉の奥が張り付くのは、冬の乾燥のせいではない。

 遥は、答えを見つけることができなかった。


「そう」


 瑠依は短く話題を切る。予期していた。明確な答えを出せる問いではない。

 決断をするほかないのだ。

 何を手にして、何を手放すか。

 瑠依は選んだ。〈伽〉の魔法少女であると決めたそのときから、生き方は変わらない。

 きっとそれは、遥もそうであるはずだ。〈星〉の魔法少女であること。失望を贈る≪魔女の夜(ヘクセンナハト)≫。それを照らすのは、それだけの希望が必要だ。

 しかし、この〈世界〉に星はない。あるいは、天音奏という存在は、空閑遥にとってそれほどまでにイレギュラーなのだ。

 同じ夢を見た。天音奏という少女の夢に、瑠依と遥は夢を見た。

 その夢を、瑠依は継いだ。終わったものを、けれど終わらせるのではなく、未来に運ぶことを選んだ。秋の花火に未練を見送って、星に願いを託した。

 夢の喪失が与える痛みを憎んだ魔女に相対したのは、夢が終わることを悲しむ魔法少女だった。

 叶うように応援する。歌い続けると、星は宣言した。

 遥があの日に見送ったのは、奏の死そのものだ。

 だから、生きていればすべてが覆る。台無しに。底が抜ける。

 刻限は、あと五日。選ばなければ、だれかの選択が解となる。

 時計の針だけが進む。状況は膠着する。

 そのはずだった。

 朝、瑠依と遥は別れて登校した。制服姿で合流したのは、正門前でだった。

 そして屋上から睥睨する奏を見つけた。

 声をかけられたわけではない。けれど、呼ばれていた。ふたりで頷き、階段を上った。

 扉を開く。

 暗い虚空の下、金網に背中を預けて、奏が待ち受けていた。

 視線を交えるまでもなく、勝手に絡み合う。


「おはよう」


 挨拶の言葉に、瑠依だけが声を返した。

 だから、続けるのもまた、銀髪の少女だった。


「何か用」

「用がなきゃ、会っちゃだめ?」

「少なくとも、今はそう」

「それもそっか」


 あっけらかんと奏は言う。同じトーンで告げた。


「莉彩は無事だよ」

「……奏」


 思わず、といった声音で遥はつぶやいた。


「少し、長い夢を見てもらってるだけだよ。いずれ、みんなそうなる」

「それが、奏の夢の完成なの?」

「完結だよ、遥」


 含めるようにして奏は語る。


「エンドロールが流れれば物語は終わる。あらゆる夢が叶えば、未来は必要ない。未来への絶縁――今という眠りこそ救いさ」


 交わらない。夢こそが命と捉える少女の価値観に、遥は同調できない。

 ならば、否定するべきか――魔法少女の夢を。

 〈終極の光〉。この世界に星はない。誓いをやぶろうと、仕方がない。


「……」


 そんなふうに諦めてしまえたらどれほどよかったのだろうか。

 生きてほしい、と叫んできた。目の前の悲しみを見過ごすことなんてできなかった。

 そうして、鼓動はふたつ。救ったなんてうぬぼれるつもりはない。それがどれほどの奇跡か、その眩しさに何度も目を細めてきた。

 けれど、確かに伝えた。

 夢を守ると。

 その希望を信じてくれた少女を、裏切ることなんてできない。

 伸ばした手を握り返してくれた。その温度を忘れ去るなんてできなかった。


「奏」

「なんだい、遥」

「あなたの夢は、これから生まれる希望や夢を摘み取る。わたしは、それを悲しいって思うんだ」

「それで?」

「けれど、あなたの夢も応援したい……叶うことがすべてでなくても、叶うのなら、それは輝かしいことなんだから」

「それが最後の輝きだとしても?」


 夢を叶えること。それがなぜ、光の終極を意味するのか。


「わかってる。夢はあるから光っている。その明滅を、奏は命と呼んだ……叶えば、それは現実として世界(そら)の一部になる」


 (ゆめ)を輝かせる世界(ステージ)に。叶った夢は、次の夢が光る宇宙という版図の一部になる。


「それでも、それを美しいって思うんだ」

「なら、見守ってくれるんだね」

「ううん……夢が叶ったあとの現実だって、命だ」


 遥はまっすぐに、奏の姿を見据えた。


「奏を死なせない」

「どうやって、ねえ、魔法少女」


 奏は鷹揚に腕を広げた。


「どうしたいか、どうなりたいか。この世界は、その行き止まりだ。叶ってしまったものは描き変えられない――魔法少女は魔法少女を傷つけられない。その法則の根底を、忘れ去ったわけではないでしょ」

「うん、叶えようとする姿を、夢そのものをわたしたちは否定できない」

「なら、どうやって?」

「知らないよ……けど、言わなきゃいけないって思った」


 決然と遥は言う。


「できるかできないかじゃなくて……そう思ったんだから」


 魔法が使えなくてずっと怯えていた。

 どうせ、何もかも叶わないと。

 どれだけあがいても、現実の残酷さには敵わないのだと。

 万能感に酔いしれていたのだ。魔法という奇跡に。思えばそれが叶うという、簡単な方法に。

 叶わない。夢は叶わない。

 そんな絶望が、単純明快、この世界の解だ。

 けれど、と。遥は自分に問う。

 何者か。自分は、何を世界に名乗ったのだったか。


「叶えるんだ。夢は、叶うんだから」


 そんな希望論。星に手を伸ばすような愚かしさ。

 届かないってわかっている。

 けれど、それを輝かしいと思ったのだ。

 それに、焦がれてしまったのだ。

 その思いを、封じ込めてしまう必要はない。

 手を伸ばせ。

 現実はいつだって理想論でしか超えられない。


「奏……今度こそ、この手をとってもらうよ」


 物理的な距離より、ほど遠い、黒髪の少女へ。


「あなたの隣に、たどり着いてみせる」


 遥は、刻み込むように告げた。


「…………そう」


 長く、まるで初めて口にするものの感触を確かめるように、奏は息を飲み、小さくこぼした。


「ねえ、ふたりとも」


 銀幕の女優が紫煙を吐くみたいに虚空を見上げる。


「空でも、見にいこっか」

「空、なんて……」遥も頭上を見る。「ここからでも、見れるじゃん」

「もっと高いところでだよ。私たちにとって縁深いでしょ」


 星を目指す魔法少女、だから――あるいは、その奇跡を手にする以前から。

 その場所こそが、運命の停留所であった。

 だから、きっと。


「わかった」と遥。


 瑠依は、静かにうなずいた。


「行こうか」


 奏はもう、笑っていなかった。

 だから――三人は、刻限より早い訣別を知っていた。




 ☆ ☆ ★ ☆




 空を行く。先行する黒い徒花を、瑠璃色のお伽噺が追う。

 遥は瑠依に抱えられていた。

 星の絶えた世界で魔法少女は変身できない。

 この〈世界〉の主役である〈空〉の魔法少女でないかぎり。


「例外はある」


 瑠依の言葉だった。


「〈失望(ボイド)〉としての〈世界〉。その境界に立つ魔女。そんな例外なら、描き変えることはできなくても、影響はできる」


 莉彩も偽物と呼ばれながら、魔女であった。

 遥だけが、十二月にこごえるただの少女だった。

 山頂。制服にコートを羽織っていようと貫く寒さに歯の根が鳴る。

 昼と呼ぶには早い時間。空は暗いままで感覚は薄いものの、無断欠席の事実が日常の感覚を麻痺させる。

 大小さまざまな石の混じった地面を踏む。震える体を抱えるようにさすって遥は頂上からの景色を見た。


「……」


 見知った街からは遠く離れた。それでも小さく映るようにも見える。きっとそれは、どこにも同じような営みがあるからだ。

 生きるとは、生きて暮らすとは、個人の感情を包括する。大きく包み込むからこそ、かたちは似ていく。

 それなのに、ひととひとは異なる。同じ枠組みにはいられなくて、すれ違っていく。

 ひとが作り出すものでは、あまねく人々は救えない。そんな絶望。だから、夢を叶えた世界という楽園を奏は作り出したのだ。

 ひとの願望は世界に収まりきらない。ならば、ひとの規格をすべて同じに変えるほかない。

 すべてが同じなら、もはやそれは個人だ。

 絶縁体。

 あらゆる縁を、世界との縁すら絶つ、摩擦のない魂。


「遥はさ、これだけで、わかってくれる。けどさ」


 隣で、同じ景色を瞳に映す黒髪の少女が言う。


「それでも、同じにはなれなかったんだ」

「それは……そうだよ」

「そうだね、違うから、かかわれる。友達だって思えた。友達ってさ、同じ時間を重ねていく関係を言うんだって、そう思うんだよ」

「うん」

「でも私たち、同じ時間を過ごせていなかったんだよね」

「うん」


 雲で覆われた星合の空に分かたれた関係。今日と同じように、同じ空を見ていない。


「時間ってさ、流れ星みたいに一方に流れていくものじゃないんだ」


 遥は、乾いた唇で懸命に紡ぐ。


「わたしたちの心が映す景色に、過去も未来もない。そう思い描いたものが体験できる。そんな可能性が、わたしたちにとっての時間なんだよ」


 震える舌に力を込めて言い切る。


「友達に、なりたかったよ、奏」

「私も、そうなれたらよかったと思うよ、遥」


 奏の視線を感じた。向き直り、正対する。

 徒花の魔法少女は、子どもが秘密のおもちゃをひっそり教えるみたいな表情で、衣装の胸をはだけた。

 露出される谷間に目を背ける――ことはできない。

 ぽっかりと空いた穴の奥。その虚空に、心臓のように蠢動する虹色の球体を見たから。


「かな……で?」

「この世界は、だれかの見た夢物語でしかなかった」


 遠くのものを見つめるまなざしで少女は語る。その黒い(まなこ)に、何を映してしまったのか。

 何を見てしまう目を持って生まれてきたのか。


「それは目覚めないってわかってた。死した赤子は二度と泣かない。ただ揺り籠だけがある。夢こそ彼の蕃審の墓標だった。ただ、それを利用する存在が、絶望の正体だって、なんとなく気づいていたんだ」


 奏の言葉が曇りガラスより微か、世界ひとつ隔ててしまっているかのようにこもって聴こえて認知ができない。


「私がこう生まれついたのは、死に捧ぐ花が必要だったから。その役割を、果たしたんだ」


 遥は、見えるものを目に映す。虹色の球体。よくよく見ていると、それは五色だった。七色であるのが自然と脳が叫んでいるのに、欠けた色彩がある事実に瞳孔が閉じていく。

 ゆえに、それこそが天音奏の命だった。


「命を懸けて夢を叶える――これは、それだけの話なんだ」


 落ちていく。落ちていく。落ちていく。

 存在が剥離していく。

 この感覚を知っている。

 失望と救済。

 すなわち、夢の完結。


「おやすみ、私の唯一のお星さま(マイオンリースター)。すべての終わりで、きみに夢を見せるよ」


 それが最後。

 空閑遥の心は、虚空に落ちた。




 ★ ☆ ★ ☆




 瑠依はすべてを見守っていた。

 もう答えは出ている。だから、目の前の景色に抗うことはしない。


「これでも、瑠依は私の夢を叶えるの?」


 問いかけに、迷う余地はない。


「瑠依は〈伽〉の魔法少女。痛みが過ぎるまでの一夜のお伽噺。千の夜を重ねるのなら、千の物語を――かなでの夢が叶うまで、傍にいる」

「私が救った命だから?」

「瑠依が選んだ命」

「そっか……ありがと。私たち、幸せになれないよ」

「いい。幸せになるために生きてるわけじゃない」


 瑠依は、横臥する遥を抱えた。その胸が上下するのを藍の瞳が映す。


「……生きていれば、それでいい」


 唱えるような言葉だった。


「私の運命はわかってるでしょ」

「見えてる」


 蠢動する虹色の球体。それが、境界の向こう側の、どうしようもない存在だと、銀色の魔女は認識していた。


「だから、叶える。ただ失われるのは、悲しい」

「私も、未練を残したまま忘れ去られるのは嫌だよ」


 黒い光が舞う。衣装を補修し、露出した胸もとを隠した。

 そして、虚空を仰いだ。


「さあ、叶えようか、あまねく夢を――だれかの見た夢から絶縁して、自分だけの夢を見られる世界にみんなを架けるよ」

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