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流れ星が頭上に落ちてくる確率を求めよ

 スカートを揺らす。

 厚手のブレザーが身分を示す。内側に着込んだカーディガンが

季節を知らせた。

 冬が足先をかすめて忍び込んでくるとしても、ひざ丈の長さは譲ってはいけない。少女が先達と仰ぐ赤い女の言葉だった。

 空閑(くが)(はるか)は女子高生だった。

 美容室で染めなおした茶色い髪が肩ではずむ。

 眼差しはまっすぐ前に。そばかすはコンシーラーが覆い隠した。

 ローファーでアスファルトを鳴らして歩く。開かれた門扉を通れば石畳に。昇降口は混雑していた。

 三年生の側の下駄箱はどんよりと空気が重苦しい。

 果実が色づくような笑い声が並ぶ一年生とは対照的。

 その間に挟まれて、二年生は未来を思う。

 そして遥は、進路希望表に夢を書いていない。

 空虚な言葉は存在しないのと同じだった。紙飛行機に折って空に飛ばしたほうがまだ前に進むだろう。

 つまり歩みは前進ではなく、いつも通り。少女は階段を上っていた。教室へ向かう。

 変わらない日々のままの景色が扉の向こうに待っている。そう信じていたのは、いったいいつまでだっただろうか。

 喪失の実感が、蝉の声の幻聴を生む。夏は終わった。終わらせた。

 迎えた秋に、喪失を拒んだ。暗闇のなか、星に手を伸ばす迷子の手を離さないと決めた。

 訪れた冬。これまでを台無しにするような救済が、目の前に存在した。


「おはよ、遥」


 あたりまえに。

 当然に。

 夏に失われたはずの命が――天音(あまね)(かなで)が、彼女自身の座席に存在した。

 錯覚だと思った。黒い髪も、怜悧な瞳も。すべてが作られた夢なのだと。鏡の世界に再び捉えられたのだと、納得しようとした。

 それでも彼女は、たしかな温度をもって存在していた。

 どのような方法を使ったのかはわからない。

 わかるのは――天音奏が、魔法を使っていないこと。

 世界を思うがままに描き変える奇跡を手にしながら、その絵筆を振るわない。

 使用すれば、だれの傷もなかったことにできると知っているはずなのに。

 喪失の責任をとるようにして、彼女はありのままでみんなの前に姿を見せた。

 奇跡や感動を踏破して、現実に至る。

 その困難は、乾いた傷に刃を立てる愚行だ。潔白を証明しない。

 行方不明の少女との前ぶれのない再開は、安堵より困惑を突きつける。

 生死不明。現実は空想を超えない。

 いくつもの悪意が想定された。いくつもの悲劇が紡がれた。

 何事もなく――何事もないはずもなく――少女は、自らの健全を唱えた。

 あらゆる検査が施された。あらゆる記憶が精査された。

 そのうえで、ただひとつ。

 なぜ、と。

 加害者はなかった。被害者こそが選んだ道だった。

 なぜ、少女は失踪したのか。

 どう答えたのか、遥は知らない。

 聞くまでもない。語れない真実を、知っているから。

 ゆえにこそ、大切なのは言葉のかたちではなく。


「……おはよ、奏」


 空気。

 教室の空気が、春のように朗らかだった。

 夏の暑さも、秋の深さも――忘れたわけではない。

 ゆえにこそ、冬は厳しく冷たいはずだったのに。

 許されてしまった。

 救済されてしまった。

 台無しに。

 陳腐な奇跡に成り果てた。

 子供が寝処で見る十二月の夢物語を連夜綴るような浅ましさ。

 あまりに都合のいい言葉――その内容。

 聞くまでもない。聞きたくもない。

 少女の魔法は夢と希望でできている。

 現実を描き変えなくても、現実を贈ることはできる。

 どこまでも――あるいは、至ってしまった。

 人々の救済を夢見る少女は、無自覚に他者を救う言葉を紡いできた。

 けれど、決して現実離れはしていなかった。

 ケーキの上に乗る砂糖菓子のような甘ったるい言葉で、ひとを包み夢を見せることはしなかった。

 そんな存在に、天音奏は成り果てた。

 だからこそ。

 彼女が選んだ方法が、遥には受け入れられなかった。

 チャイムが響く。予鈴だ。

 着座する。机は、ひとつを挟んで奏の隣。窓際の席。

 隣の席は、いまだ空白だった。

 隙間がある。秒針が進む。じんわりと汗がにじむ感覚がした。暖房が効いているのにいまさら気づく。ブレザーを脱いで、椅子の背にかけた。

 銀色が、流れ星のようになびいた。

 本鈴を引き連れて、ひとりの少女がスカートを揺らす。

 溝を埋めるようにして、遥と奏の間に座った。


「おはよう」


 鈴の鳴るような声だった。


「はるか、かなで」


 しりとりでもするように名を紡ぐ。


「おはよう、瑠依(るい)。今日もいい瞳だね」奏が言うのに遅れて、遥も返事をする。「お、おはよう。寝坊?」

「ひとに会ってた」


 重ねる言葉は、教師の始めたホームルームによって打ち切られる。

 些細で、なんてことない伝達事項。

 重ねてきた日々を、さらに織り重ねるような平穏。

 その中に平然と混ざり微笑む、黒い髪の少女によってもはや世界はかたちを崩しているなど知らずに。

 一度目の宣戦布告は退けた。

 二度目は向き合った時点で、決定していた。

 屋上。夜。それはかつての繰り返し。

 意味なんてなくても、意味を見いだすようにして。


「やあひさしぶり……なんて、期間は空いてないけどね」


 奏は、魔法少女を集めた。

 空には、月。

 それが錯覚によって紡がれたお伽噺だと、みな知っている。

 自然に存在していた月は、少女の羽化によってやぶられた。

 魔女。

 魔法少女の、根源。

 魔法少女という希望を描いた、夢物語。

 成り果てたのは、そんな存在。

 魔法少女では足りなかった。

 魔法少女では微睡んでいた。

 夢を見て、その夢を他者に見せる彼女は、目を覚まさなければいけなかった。

 天音奏の夢を叶えるには、彼女自身を捨て去る必要があった。

 望みを失って、自分を見失って。

 そうして、夢だけが残った。

 だからもう、奏の生命を証明する手段はない。そして、彼女自身がそれを拒んだ。

 ゆえに、わかり合えないと奏は言う。


「状況も落ち着いて、さ……いろいろと、動けるなって思ったんだよ」


 奏の内側から発光するように暗い色が生まれる。

 虚空。

 何もかもを飲み込み、失わせるような色。

 夜空をなお染めるような黒色の衣装(コスチューム)が花開く。

 あるいはそれは、月夜にしか咲かない罪深きアサガオのように。

 ひらひらと、ひれのようなスカートは、声を失った歌姫のように。

 ただただ祝福の鐘を一身に受ける、孤高の花嫁のドレスのように。

 絶望を奏で――あまねく希望を絶つ〈(から)〉の魔法少女。


「だから……私の夢を叶えることにした」


 黒い少女は、白いステッキを右手に握る。

 お伽の月へ、穿つようにして、何もないその先端を向けた。


「この世界に、(きぼう)は必要ない。夢の輝きだけが、世界を照らす命のきらめきだ」


 赤い少女がステッキを振るい、ふたつの鏡を宙に螺旋させた。

 真実を映す鏡面と、錯覚を生む割れ鏡。

 そのふたつをもって、虚構は現実となる。

 そして、涙色の瞳をした銀色の少女もまた、ステッキを掲げた。

 不形の幻想が躍り出る。果てのない寝処の夢。ただひとりの孤独を慰める伽が虚空を染め上げる。

 それはいつかの再演。果てのない螺階のように繰り返されるだけの景色。


「答えを出さずに、きみらを相手にするわけないでしょ」


 奏の声が無情に響く。

 そして、そう。

 〈星〉の魔法少女である遥は、何もできない。

 希望を絶つ虚空において、星の居場所はない。

 どれだけステッキに願っても、現実は描き変わらない。


「ひとはただ、自分の内側で夢を見る」


 奏は歌うようにして言葉を重ねる。


「物語は必要ない。理想は現実となる。夢は命だ――この世界では、すべての夢が叶う」


 少女の魔法。魔女の法。

 錯覚を塗りつぶされた。お伽噺は却下された。

 夢物語が現実となる。虚構は零落する。

 すなわち、虚空(そら)に星はない。

| 宣戦布告はとうに行われていた。ここに至り、再度の宣告はない。

 もう、天音奏の魔法は世界を描き変えていた。

 霽月せいげつはやぶれた。

 ひとが空に手を伸ばすことはない。夢はもはや叶っているのだから。

 ゆえにこそ、≪永遠の救済(ルクスエテルナ)≫などとうに抜け殻。


「さあ、七日で世界を作った創造主のように――私は、七日であまねく人々を救済しよう」


 言葉が実現される。

 それこそが、天音奏。

 だれもが知り、そしてだれもが救われる少女の姿。

 救世主。

 そして。そして。そして。

 教師からの連絡事項が終わる。ほとんどが遥の耳を通り過ぎた。

 意味はあったのかもしれない。けれど、それを受け入れてどうすればいいのだろうか。

 窓際の席。

 視線はずっと、外の世界を見つめていた。

 空の色。

 時計は一限を予告しているのに。

 真っ暗。

 どこまでも果てしなく、底なく。

 光ひとつない虚空に、だれも違和感を抱いていない。

 ゆえにこの〈世界(ステージ)〉の名は、≪終極の光(セプテムルミナ)≫。

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