ただ八八の嘘
黒い髪が波打った。
怜悧な眼差しが地上を見下ろす。黒い瞳に光の粒が反射した。宇宙に輝く星のように。空はもはや、月すら失われた暗闇だ。
頭上に右手を掲げる。その手にはステッキ――ではなく、マイクを握っていた。
歓声が鳴る。大きな音だ。けれど決してひとつには聞こえない。
不協和音。不調和。不縁。
個性とは名ばかり。孤立の言いかえに過ぎない。孤独を慰める寝処のお伽噺。
ひとは、目の前も見えない暗闇を恐れた。目を閉じて訪れるひとりぼっちを嫌悪した。他人の手で作られた空想だけが、夢すら見失った真夜中の迷子の手を引いた。
アイドルとは、偶像で、空想だ。
ゆえにこそ、描ける運命がある。
すべての縁が失われて、あらゆる自分を見失ったとしても。
空に光がない。そんな、〈世界〉だとしても。
ただひとりの希望が――たったひとりの夢が、世界を描き変える。
「さあ、叶えるよ、私の唯一のお星さま」
マイクに声は乗らない。だれの耳にも届かない。
それでも確かな宣言だった。
「夢は叶うんだ」
空に光はなく、地上に輝きが燈る。
それぞれの手には、ステッキにも似たライトが握られていた。天上へ救いを求めるように差し出されている。
されど、その先端に結ばれるのは、決して貌を見せることのない神なんかではない。
天と地の狭間に佇むただひとり。
黒い衣装の少女。
祈りが向けられる。
応えるように、頭上の手を下ろした。
「さあ――見せてあげる」
マイクを通した声が歌うように響く。
「偽物が本物を証明する、そんな希望論を!」
湧き上がる声は、鏡を割ったようだった。地上のだれもが求め喘ぐ。夢なき世界で夢を。二度と目覚めることのない、幸福な眠りを。
ゆえに少女は描く。
夢の失われた世界で、ひとりぼっちの夢が見せる。
夢と希望。
それが少女の魔法。
魔法少女の描く奇跡。
あるいは、だれもが描く物語の軌跡。
あまねく光に照らされる。
そこが彼女のステージだった。




