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スターリィシネマ・ダイアローグ  作者: 綾埼空
Fairymirror Festival
30/50

月降祭

 意識を取り戻したとき、遥はまばらな拍手を聞いていた。

 壇上では、クラスメイトが袖へと戻ってくるところだった。ひとり足並みのそろわない瑠依と目が合う。頷くと、彼女に伝わったようで迷わずステージから姿を消した。

 舞台上の小道具(セット)を崩すのは、遥たちの仕事だった。作って、整え、崩す。そうして世界は眼前から姿を消す。明日には忘れ去られているかもしれない。けれど、ひとりくらいは夜を越す勇気として受け取ってくれているかもしれない。そんな希望を、鏡をしまいながら考えた。

 〈月降祭〉の一日目は、まもなく終わりを迎える。

 まだまだ冷めやらぬ興奮が校内を温めているものの、遥たちのクラスはひと仕事終えた心地で自然と教室に集まっていた。


「なんかー、やり切ったって感じー」


 夕架璃が背伸びをしながら吐き出した。その言葉に呼応して、それぞれが所感をこぼす。

 充足がかたちをなす。空気の響きは穏やかだった。


「明日はー、これ以上にしっちゃかめっちゃかにしなきゃいけないのかー」

「そんな決まりないから。とはいえまあ、少しは羽目をはずしても許されるし、思いっきりやりたいわね」


 早季の宣告に盛りあがって、それぞれ勝手な案が行き交っていく。演目に関係なさすぎてどれも却下を食らった。


「手ごたえはどうだった、本番の舞台?」


 早季に水を向けられて、脚本担当の少女が呻く。


「なんか……こっちの感情とは裏腹に、盛り上がり切らなかったなって」

「まあ、あんま拍手なかったしな」「デリカシー」「デンプシー!?」


 片隅でのやりとりに苦笑いを誘われつつ、所在なく手に持った台本へ彼女は目を落とした。


「伝えるのはむずかしい……実感して、そのうえで伝わることがぜんぶじゃないとも思う。何かのきっかけになること……それがしたくて、いちばん遠い」

「夢はそういうもの」


 瑠依が言葉を差し込んだ。


「ゆめ……?」

「違う?」

「いや……考えたことも、なくて」

「やりたくて、叶わない。だから追いかける。それは夢」

「ただの能力不足を、夢なんて言っていいのかなぁ」

「大げさに考えなくたっていい。見たら、それはもう夢。叶っても、叶わなくても……進んだ先で自分に逢えるかもしれない。だから、追いかけてほしい」

「やりきった先でしか、どうしたいかは見つからない、か……」

「そこに何もなくたって、そこからでしか感じられないことは確かにある」

「ロックンロールとかねー」

「夕架璃も、悩みは解決した?」

「一個なくなったらー、また次の悩みってねー。ま、道連れはいるし、落ちるとこまで落ちてみるよー」

「おまえの道連れになった気はないんだけど」「幸せになる気しかないんですけどぉ」

「地獄の手前までは約束してくれたじゃんかー。ならもう、運命共同体でしょー」

「なんか巻き込み事故の予感」「明日で解散だねぇ」


 〈ホエールフォール〉が音楽性の違いで解散の危機を迎える横で、遥は窓から空を見上げた。

 黒い。太陽は姿を消して、影とかたちは同化する。降り募る静寂は、塗りつぶすような孤独の予感に心音が鎮まるからだ。

 だからひとは光で照らした。集まって音を増やした。――裏腹に、そんな孤独にこそ癒されるひとがいる。孤独にしか生きられず、だれにも気づかれず息を止めるひとがいる。

 すべては一面で語られず、多義を孕む。あるいは、陰と陽の二極でなく、あまねくを暗闇に沈めるからこそ、グラデーションが生まれると言うべきか。

 そんな世界を、月はやさしく見下ろしている。

 ――その月が、破れた。


「……え」


 アサガオが開くようにして、夜に月が咲く。めくれあがった風景には、空虚な暗闇が残っていた。

 まるで月が一枚の布地であったみたいに、裏側が空に広がっていく。皓々とした月は消えた。一番星も空虚に飲み込まれる。

 夜空から光が失われた――あるいは、それを夜空と呼んでいいのか。

 粘つく喉が息をせき止める。早鐘を打つ心臓が、その恐ろしい景色を現実だと証明する。

 おののく遥を異様に感じたのか、クラスメイトのひとりが語りかけた。


「どうしたの? 空に、何かあった?」

「何かって……え、今日って晴れてるよね?」

「うん、見ての通りだね」

「じゃあほら……月が」

「月って?」


 ――本日の〈虹稟祭(こうりんさい)〉のスケジュールは終了しました。

 スピーカーから聞きなれない名前が走る。それを、だれも気に留めていない。

 遥と、瑠依だけが目を見合わせた。

 すべてを合点する。ふたりはクラスメイトの困惑を置き去りに教室から飛び出た。

 階段をのぼる。そのたびに光が舞った。制服は、魔法少女の衣装(コスチューム)に変わる。

 それはだれの目にも見える。けれど世界を描き変えるから、目には留まらない。

 魔法。

 魔法少女。

 扉に手をかけて――どうしてか、夏の暑さを感じた。

 そして。そして。そして。


「おはよう、世界」


 羽化を見た。

 月は破られた。揺籃はめくりあげられて、出生する。

 彼女は通過儀礼を終えた。

 少女が女となるように。

 月から降り立つ。


「ここが夢の終わりだよ」


 寝処の夢。無垢なる幻想。そのすべてを失って、自分を見失った。

 しかしてなお、自分を失くしてもなお、夢だけが残ったのならば。

 もはやその存在に自己は必要ない。夢は見るものではない。夢が機能する。

 あまねくひとを救う夢を見た。

 ならば、そう。その夢は、こう呼ばれる。

 救世主、と。


「さあ、あまねくを救おうか」


 救世主は、永い、ながい夢から目覚める。

 ゆえにもう、救済は夢物語ではない。

 ただの、実現可能な現実だ。


「あらためて自己紹介を――遥、瑠依」


 一面の闇を背にして、その少女は謳った。

 漆黒の衣装を花開かせて笑う。


「私は――絶望を奏でる〈から〉の魔法少女」


 あらゆる希望を、その根源から絶つ絶望の名を冠する魔法少女。

 つまり。


「この虚空に、希望ほしの居場所はない」


 天音奏が、待ち構えていた。

 震える喉が言葉を探す。同時に、この景色に予感があった。

 それは遥にも、瑠依にとっても。


「どうして……」遥は宛てなくつぶやいた。「どうして、いるの?」

「ずいぶんと挨拶だね」

「なら、瑠依が聞き直す」

「いいよ」

「どうやって甦った」


 その言葉が胸の中心にしっくりと嵌った。

 そうだ。奏の命が失われたこと。それは、疑いようのない事実だ。

 それがまやかしであったのならば、あれほどの痛みを抱えるわけがない。


「瑠依たちは、かなでの〈失望〉を討った」

「抜け殻が迷惑をかけたようだね」

「抜け殻……?」


 瑠依の疑問に、遥も同調する。

 奏はなんてことないように告げた。


「私という〈失望〉に救済の魔法を残しておくことで、私という存在は楽園にたどり着いたんだよ」

「……〈失貌〉する自分を救うんじゃなくて、〈失望〉を救済したの?」

「そこらへんは順番があってね……そうだね、アト、どうせ見てるんでしょ」


 懐かしい名前だった。すべてが影の世界で、透明な猫は常にそこにいたように発生していた。


「やあ、久しいね、奏」

「きみの根源(ルーツ)、終わらせてきたよ」


 アトが沈黙を選ぶ。

 透明な猫は、自身の正体を知らない。ただ役割だけがあって、それを存在意義と捉えている。

 アトを知ること。それは、魔法少女を知ることに通じる。

 奏は、何を知っているのか。


「記述されず疎通されず認識不能な蕃神(ばんしん)……この世界のはじまりである〈空〉。その化身(アバター)……つまり、魔女の成れの果てがきみだよ、アト」


 かつて、銀色の魔女は、アトを境界そのものと化した魔女の化身だと捉えた。

 それを受けて、〈星〉の魔法少女は、災厄を閉じ込めた希望の箱(まほう)だと唱えた。

 そのどちらでもなく、魔女そのものこそ、アトだと言う。


「魔法少女の私を救済するだけじゃ楽園に至るだけだった。〈失貌〉すれば、〈空〉への道が繋がる。そこへ救済を橋架けた」


 暴論だ。しかし、それを可能とするのが魔法であって、天音奏だった。


「瑠依はきっと、私を助けてくれると信じていた。境界を開いて私を迎えに来てくれるってね。だから、戦うだけでよかった。〈空〉を、討つだけでよかった」

「瑠依が銀色の鍵だから、救われた?」


 その声音は、発した内容を何ひとつとして信じていないものだった。肯定するように奏は首を横に振った。


「順番は逆だね。瑠依と出逢って思いついたんだよ」


 奏の救済に計算はない。打算なく救い、それによる損失もまた救う。

 果てしない平等こそ、天音奏の救済だ。


「アトが魔女であるのも、瑠依と出逢って気づけた。与えるからこそ、拒める。魔女の魔法は世界に定義を贈ると知った。ならば、魔法を贈る存在は、魔女に他ならないとね」

「ボクが魔女ならば」緘黙していたアトが赤い舌をのぞかせる。「奏はボクをどうするんだい?」

「どうもしないよ」


 その怜悧な眼差しを細めて、少女は笑った。


「言ったでしょ。アトは魔女だって。それは境界を意味する。≪魔女の夜(ヘクセンナハト)≫によってきみは開かれた。そうして私は帰ってきたんだ――月の内側にある、私の楽園にね」

「つ、」遥がしゃっくりのような声をあげる。「月の、内側!?」

「もちろん、掘り進めて出てくるものでもないけど。場所を作るなら、場所を描き変えるのが楽だからね」


 奏は虚空を仰いだ。


「だから見てたよ。綺麗な花火だった……台無しにして、ごめんね」


 降りた表情が、謝意に歪んでいた。本当に、心の底から謝っている。だからといってそれが誤りとは受け止めず、自らの倫理に従う。

 すべてを台無しにする爆発。そんな生き方が、天音奏だ。

 それに目くじらを立てたりはしない。裏も表もなく、純粋にそんな命だとわかっているから。


「どうして今まで姿を見せなかった」


 瑠依の言葉が、遥を代弁していた。

 奏は、急に気まずそうに視線をそらした。


「いや~、ね? 肉体置き去りにしてたわけなんだよ。手がいっぱい生えちゃってさ、ずたぼろになってたわけで。きみらが見事討ち取ってくれたけど、ないものはないわけでね。その用意がねぇ……」

「んで、あたしの鏡を記録(セーブ)代わりにしてたってわけか」


 赤い声が降り立った。燃えさかる衣装を身にまとった魔法少女。


「や、やあ莉彩。元気そうだね」

「おかげさまでな」


 はっきりしない口調でもごもごと喋る奏に、莉彩は苛立った視線を向けた。


「おまえ、わかってて救わなかったんだろ」

「期待してたんだよ、友情に」

「心底そう思ってそうなのが、おまえのたちのわりぃとこだけどよ……」


 毒気を抜かれたようにして莉彩はため息をついた。

 そんな赤色へ、ふたりは駆け寄った。


「莉彩!」

「調子はどう」

「ばっちしだよ」


 振り向いた表情はいつも通りの笑みだった。


「おまえら帰るのを待ってようと思ってたんだけどよ……こんな空になっちまってよ。来てみりゃ、納得の顔がいやがった」


 太陽に似る瞳が利発な表情をすがめる。黒い衣装を見下ろして、短く溜息を吐いた。


「おまえさ、鏡ん中にいたときから演じてやがったんだろ」

「見守っていたって言ってほしいかなー」

「うっとうしいことこの上ねえな」

「ああ……」と得心が言ったように瑠依はつぶやいた。遥はいまだついていけていない。

「え、つまり、どういうことなの?」

「あの救済おたくがあたしの事情(わけ)に気づかねえわけがないんだ。つまり、今回みたいになるって見越して、体を捨てやがった。んで、目論見通り、あたしらが出てくるのと一緒に出てきたってわけだよ」

「向こうの私が体を明け渡してくれるかは賭けだったけど……まあ、結果は同じだからね。私なら、どんな私でも全力をもって救済する。魔法少女歴が長いから、合理に従って私が受け持ったわけさ」


 莉彩の鏡に映った自分が、いつか天音奏として肉体を得ると確信していた。救済した魂を宿し、そして月を破った。


「どうして……そこまでして、いったい何をしようと……」

「あまねく夢は失われる。それを呪いと考えたとき、その原因の排除を思いついたんだ」


 光のない虚空に奏は手を伸ばす。閉じ込めるようにして握りこんだ。


「失望……それこそが夢の癌さ。希望を失うから、ひとは夢を諦める。ならば絶つべきだ」

「希望なら、わたしが」

「いいや、必要ないよ。言っただろ。この虚空に、希望(ほし)の居場所はないと」


 困惑する遥に乗り継いで、莉彩が食らいつく。


「希望がないなら、どう夢を目指すっていうんだよ」

「目指す必要はない。見ればいいんだからね」

「……そう、奏」瑠依がつぶやく。「すべてを夢を、叶えるんだ」

「さすが。話が早いね、瑠依」

「そっか」今度は遥も、その思考に追いつけた。「奏が、夢になろうとしてるんだね」

「遥のおかげで目が覚めたからね」


 奏が手を下ろす。宝物を自慢するようにして腕を差し出した。開いた指のなかには、何もない。


「夢がない。そんなひともいるんだね。そして、だれかを応援することを命とするひとも――違うんだよ。夢を叶えること……その輝きこそが、命だ」

「そんなはずない。夢を追いかけること、夢を応援すること……そのすべてが輝きだ。それは命の放つ光で、命はただここに存在しているんだよ」


 遥は自らの脈動を示すように、胸を叩く。


「夢を叶えることだけが命なんて、絶対にない」


 遥はステッキを奏に向けた。同調を示すようにして、もうふたつのステッキが差し向けられる。


「相容れないね」


 奏は表情を動かさない。わかってもらえない――その自認を凌ぐ、夢へ殉ずる思考。

 共通しない言語が存在する。そこにこそ不理解がある。


「ううん、そんなことない。そんなはずない」


 歩み寄るには、語り合うしかない。

 夏に途絶えたはずの縁――どんな因果か、まだ切れていなかったのなら。


「届いてみせる――届けてみせる。もう二度と、離さないから……奏!」

「いいや、すべての因果は清算する」


 断ち切るようにして、奏は伸ばした腕を引き戻した。胸の前に抱えた手にステッキが現れる。

 それは、ねじれた白。先端には、何もない。


「あまねく夢を救いあげる。夢を見れないのなら、私が夢になる――願いを、見せつけてあげよう」


 声音は祝福を孕んでいた。


「望む必要はないよ。すべては私が叶えるから」


 どこまでも慈悲深く、どこまでも果てしなく――逃げ場がない。


「私の歌で、世界に夢を贈ろう」

「奏、きみは……」アトが無感情に言う。「〈空〉を討つことでその役割を奪った。そうして、境界に立ったのか」

「奏は魔女」

「そう、だね……」


 遥は、わかっていた。

 自らをその魔法にて救済し、楽園にて見た夢はしかし、彼女を救わない。

 あまねく救済という夢に焼かれた魂は、たかだかひとつの楽園せかいを満たすだけでは救われないと、わかっていた。

 この宇宙の片隅に、欠片でも夢があるのなら。

 叶えずにはいられない。

 それはきっと、自身に巡る血の一滴を選べないように。

 どうしようもなく、天音奏はそういう生き物だった。

 実現不可能な、荒唐無稽な夢。

 そのために、魔法という業に手を伸ばした。

 しかし、魔法少女――では足りない。

 夢見る存在では、足りない。

 ひとである以上、個人的な欲求が夢を遮る。

 不純で淀んだ魂では、渇望を潤すことはできない。

 ゆえに、その解答は、明瞭に澄んていた。

 魔女。

 幻想(ゆめ)の根源へと、その少女は羽化した。


「わたしが歪めた夢だ――だから、わたしが止める」

「おかしなことを言うね。だってねぇ、遥――〈星〉の魔法少女。きみは、魔法少女の夢を応援してくれるんでしょ?」


 魔女の魔法によって、自らに絶望を贈った〈空〉の魔法少女は言う。


「遥のおかげで、私は私の夢を叶えられる」


 奏はステッキを振るった。闇色の光が彼女を隠して――遥は、首すじに温かな息を感じた。


「救済を始めましょう。私の夢を応援してね、私の唯一のお星さま(マイオンリースター)


 どろりと、感情を煮詰めた声が耳の奥でわだかまった。

 振り向く、間もなく。

 空――虚空が落ちる。

 それは、ひとつの星が終わるようにして。

 闇が世界を沈める。


「この現実を、瑠依は認めない」


 瑠璃色に、空が塗り替わる。虚空は払い除けられた。不形の幻想。そのキャンバスに、遥は星を散りばめた。


「ならまあ、あたしは月でも作るか」


 莉彩がステッキを頭上へ掲げる。二枚(、、)の鏡が宙を踊った。その一枚は、ひび割れている。もう一枚は、美しい鏡面を誇っていた。


「さあ、描いてやるよ、あたしの世界を!」


 二枚の鏡が互いを映しながら天上へと昇る。錯覚と認識。相克が世界を染め上げる。

 夜に皓々と、月の慈悲が広がった。


「お伽噺に描き変える魔法、か」


 奏はいつの間にか元の位置に戻っていた。


「瑠依は、空虚に紡ぐ〈伽〉の魔法少女……聞いていたはず」

「うん……そして、変わらず美しい瞳だね、瑠依。涙の跡は、悲しみだけを残さないんだね」

「悲しみの先に、ひとは行ける。瑠依はそう信じている」

「予想外の成長で嬉しいけど……おかげで、今日この瞬間に夢を叶えるのはむずかしそうだ」

「諦める」

「夢は叶えるものさ。その救済に、神は必要ない。私が、七日で世界を救うよ。完全に、完璧に、ね」


 ふわりと、奏は浮き上がった。


「どこへ行く」

「きみらの攻略法を考えなきゃ。この空は、私の〈世界(ステージ)〉じゃない」

「明日、文化祭に参加するべき」


 とんでもない発言に、遥は目を剥いた。莉彩もぽかんと口を開けている。


「明日は、学内だけ。かなでが参加しても、おかしくない」

「私の席は残っているの?」

「もちろん」

「なら……え、いや、え?」


 困惑して、離れていた靴底が地面に着いた。


「いやさ、あの、私ってたぶん行方不明になってるって言うかぁ……なんなら死亡扱いみたいな空気、みたいな?」

「瑠依の魔法がある。莉彩もいる」

「あたし詐欺はちょっとなぁ」

「前科だらけだろ! ……それより、なんでか聞いていい、瑠依?」

「舞台、観てほしい。瑠依が、主役」

「あー……まあ、それは、頼まれなくたって、観たいなぁ」

「じゃあ明日、やくそく」

「わかったよ、約束だね」


 すんなりと停戦が結ばれる。


「じゃあ明日、〈月降祭〉で」


 今度こそ、奏は夜に溶ける。

 その背を追うことはしない。何もかもが精いっぱいで、手いっぱいだった。

 衣装を脱ぐ。制服と私服。それぞれの姿に戻る。

 夜空は変わらない。月は見えている。満天の星だけが消えた。


「とりあえず」


 急に何もかもが押し寄せてきて、感情が追いついていない。

 遥は、奏の去っていった空に手を伸ばす。


「また明日、だね」


 瑠依も、莉彩も、同じ空を見上げていた。

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