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スターリィシネマ・ダイアローグ  作者: 綾埼空
Fairymirror Festival
29/50

メイクアップ・ターンオーバー

 熱を失った手のなかにステッキが宿る。希望を描く絵筆で世界を変える。

 遥の視線をなぞるようにして星が空気を貫いた。

 直線上の赤い芸術家が、鏡でできた遺影を掲げる。

 何も映してはいなかった鏡面が、自らに迫る星を捉える。

 死した。星はあとかたもなく消え失せる。鏡には何も残らない。

 そして、遥が映る。


「――っ!」


 現象を理屈づける前に、ステッキを眼前に振り上げた。

 爆発。

 炸裂した星が鏡を塗りつぶす。光に飲まれた鏡面が対象を見失った。

 遥は死角へ飛ぶ。それは遺影から逸れる行為だ。芸術家に目はない。耳もない。既製品(レディメイド)を飾るマネキン。揺蕩うくらげのようにゆらめく赤が、ひとのようなかたちをしているだけ――しかしそんな姿がどうしようもなく瞳に焼きつく。なのに、目を離せば消えてしまう。錯覚だろうと、そう感じさせる。

 美。

 ならば、それを体現する存在は、芸術家にほかならない。

 赤い芸術家に向けてステッキを振り下ろす。星が横合いに食らいついた。

 しかし、変化はない。


「……だよね!」


 歯噛みする遥を追従して、マネキンが踊るように足先を変える。

 鏡の遺影に捉えられる前に、光をぶつけた。

 相性が悪いわけじゃない。けれど決定打があるわけではない。そして、それは赤い芸術家も同様だ。

 状況は膠着。しかしてここは、だれの〈世界〉か。

 世界は錯覚する。

 妖精の落ちる彗星からひらりと光の粒が降る。緩やかに。季節を先どった結晶に景色が霞む。

 その鏡は、あの光を映していた。

 ゆえに、≪永遠の救済(ルクスエテルナ)≫――天使の慈悲のような、楽園への片道切符が降りそそぐ。


「なんでもありすぎでしょ――っ!」


 ステッキを振り上げようとして、腕に感覚がないと知覚する。

 飴が、体を覆っていた。目を凝らす。霞んだ視界は光のせいじゃない。

 霧。

 そして、瞳に至る失望。

 ゆえに、≪魔女の夜(ヘクセンナハト)≫――花開く傘のような、魔女の揺籃が再演する。

 遥の内側から放たれた星が飴の外殻を突き破る。自由を手にした少女の眼前に救済が差し迫っていた。

 ステッキは間に合わない。星では遅い。思考だけが奔り、これから訪れる救済を夢に見る。

 最後に思い出すのは、この世界で再開した奏の後ろ姿――、


「救済は与えられるものじゃない」


 孤独に寄り添う声がした。夜明けの瑠璃色が救済を振り払う。

 霧が銀のひとしずくに収斂する。その夜の(あるじ)の帰参を礼賛するように。

 魔女――しかしもう、彼女はそう呼ばれる存在ではない。

 ≪魔女の夜≫は夜明けに巻き取られる。そうして球形となった。


「る、い……?」


 遥は困惑を声に乗せた。これまでの皆森瑠依と何かが違う。姿かたちでなく、もっと根底が――鈍い色をしていたものが澄んだような、美しい魔法。

 あるいは、舞台上の絶世こそが彼女になっていると形容するべきか。

 演じられた虚構が現実となる。己の運命を美と名づけた少女が降り立ったと見まがう。そんな気配を、舞台上から感じる。

 赤い芸術家の真横、いつの間にか銀色の魔法少女が卑近していた。


「魔女の真似事なんて、ずいぶんと芸がない――莉彩」


 瑠依がステッキを振るう。指揮棒に従うようにして、瑠璃色の球体が走った。

 赤い芸術家が正対する。死した存在と錯覚させる鏡の遺影。

 球体はほころび、消え失せる――そのはずなのに、色褪せもしない。存在の主張だけが確かだった。

 平たい円盤に構築される。まるで夜空を切り抜いたような一枚。

 構造を変えたのは、それこそが本質だからだ。


「瑠依は、空虚に紡ぐ〈伽〉の魔法少女」


 不形の幻想。物語がただのひとつとして同じ瞬間がないように――読まれ、語られ、演じられ、紡がれて――体験するひとが同じ瞬間を過ごさないからこそ、常に一ページ目は新しい。

 それは、無限の可能性。つまりは、魔法少女という生き物の心そのものだ。

 魔法少女はやぶれない。その心が死すことはない。

 すべてを拒絶する少女の魔法は、すべての夢を言祝(ことほ)ぐ魔法へと変貌した。


「おまえはだれか、その鏡で確かめればいい」


 円盤が鏡に激突する。破砕音を甲高く響かせて、鏡面が宙を舞った。


「はるか」

「……うんっ」


 銀色の後ろ姿に呼びかけられて、意図を手繰り寄せる。照明にきらきらと反射する破片、赤い芸術家を押し出す夜空の模型――空閑遥は、〈星〉の魔法少女だ。

 ステッキを振るった。かたちをもたない光が欠片に付与される。

 星に似る輝きを蓄えて遥の背に並ぶ。死を強制する鏡は、希望へと転換した。その意味は、遥次第で描き変えられる。

 ふわりと浮かび、瑠依が横に並ぶ。その表情は、いつもと変わらない。

 ただ、その海溝のような瞳にどこか、居心地のよさを感じた。


「莉彩が〈失貌〉するほどの自分を持ってたとは思わない」


 瑠依が名を呼ぶことに違和を覚えなかった。含意は理解できる。消えてしまう赤色を少しでも引き延ばそうとする行為だ。


「あれも鏡で再現された魔女の真似事……この世界の機序もそう。なら、この〈世界〉はだれの失望?」

「莉彩……この世界の、莉彩だよ」

「……そう、鏡写しの同じ魂。世界を錯覚させた」

「自分を否定することで、透明に消え失せようとしていた莉彩を、赤く繋ぎとめてくれたんだ」

「ならあれは、空虚な人形」

「その奥底に莉彩はいる。わたしたちは、鏡に映るものばかり見ていた……けど、その前に立つひとを見るんだ」

「いないとしても?」

「見つけてみせるよ。もらった言葉は確かだから」

「生きるってそういうこと。簡単に、消えたりなんてできない」


 瑠依は眼下の、不動の赤い芸術家へ宣告する。


「失われれば傷になる。瑠依は、思い出を未来に連れていく。もう喪失を拒んだりしない。傷と一緒に、生きていく」

「届かせてみせるよ、莉彩。同じ傷は抱えられなくたって、一緒に生きていけるって信じてるから」


 不形の幻想が瑠依のステッキに従う。遥は背後の星に心を託す。

 踊る星々が夜空に並んだ。星座盤プラニスフィア。輝きの配列に何を見いだすか。心を映し出す鏡だ。

 ふたりはステッキを差し向ける。先端が重なった。その延長線上に、赤い芸術家は佇む。


「行ってくるよ、伝えに」

「道は作る」


 涼やかな音が鳴る。銀色がステッキの先端でかたちをなす。


「生き方を変えても、生まれは変わらない。呪いかもしれない。けど、だから届くこともある――瑠依は、銀色の鍵」


 涙を形成した銀に光が宿り――落ちる。

 夜明けの流れ星。その一条にこそ見いだす希望も存在する。


「押しつけてきた好悪のお返し……ぜんぶまとめて清算する」


 星が貫き、揺蕩う赤色が固定された。


「目がないからって……見ようとしなくたって!」


 遥は叫ぶ。星座盤が眼前に躍り出た。


「そこに確かにいるんだ! だったら、鏡はあなたを映す――わたしの瞳が、莉彩を見つける!!」


 そして〈星〉の魔法少女は、全天の鏡へその身を落とした。

 呼応して、すべてが裏返る。

 この〈世界〉の何もかもが、星座盤へと飲み込まれていく。

 彗星も、赤い空も、莉彩も。

 風景が消え失せた劇場には、水槽だけがただ並ぶ。


「アンコール」


 空虚な世界の中心で、瑠依はつぶやいた。


「〈雪白の妖精姫〉の再演……主役は莉彩」


 水槽の中で、水月(くらげ)は咲き誇る。




 ☆ ★ ☆ ☆




 星の終末のような赤色だった。展望することのできない空。彗星はもはや落ちていない。

 地面は小石で埋め尽くされている。薄く張った水が靴裏を浸していた。遥は歩き出す。すぐ近くに、鏡があった。

 古ぼけた三面鏡だ。左右には、顔のない日本人形が映っていた。

 中心だけが、切り分けられたように風景だけを描写している。


「莉彩」


 確信をもって呼びかける。長い溜息が返ってきた。


「こんなとこまできやがって……おせっかいどもがよ」


 浮かび上がるようにして赤色が現れる。鏡の向こう。伸ばした手は、ただ固い鏡面にふれた。


「思ってたより……すぐに会えてよかった」

「あんだけのことしといてよく言うぜ。〈銀〉の……じゃねえのか。役割変えたなら、ま、瑠依でいいか。あいつもおまえも、隠しごとどんどん暴いてく魔法で厄介この上ねえよ」


 水槽を遡って過去を見つけられたのは、星の魔法が鏡に感応して照らし出したからだ。

 伽の魔法がどのようなものか遥はわかっていないが、この状況が成り立っているのは瑠依のおかげだと理解していた。


「こっちはとっくに未練なんかなく抜け殻なんだ。墓漁って力比べなんて申し込まれても、そもそも成り立たねえだろ」

「帰ろう、莉彩」

「嫌だよ、めんどうくせえ」


 赤髪を掻きあげて、心底冷え切った声でつぶやいた。


「莉彩って席はあいつに譲ったんだ。〈失貌〉しやがったけど、おまえらの魔法なら戻せんだろ」

「なんでそんなこと……」

「ターンオーバーってやつだよ。古いもんは入れ替わるんだ。絵なんかも一緒で、いつか修繕される。あたしが莉彩になったように、いつかあたしは莉彩になる……そいつは希望的な話だって思わないか?」

「思わないよ。あなたがいないことが、希望的だなんて」

「ならおまえは、あいつのこと嫌いだったか?」

「そういう話じゃないでしょ」

「そういう話なんだよ。あいつはあたしの空想かもしんねえ。けどよ、本当なら先に生まれてきたはずだったんだ。そしたらあたしは存在しねえ。この世界が正しい運命なんだよ」

「運命……?」

「あの舞台の……瑠依が主役やってた舞台の脚本書いたの、おまえらのクラスメイトか?」

「え、うん」

「すげえやつだな。嫌味かってくらいよ」

「わたしは希望的なお話だって思ったけど……」

「そうだな、大半のやつはわからないまま……縁のないままだろうけど、あたしらは魔法少女だ。魔法少女の夢はやぶれるためにある……叶わない夢を描くからこそ、ハッピーエンドにはほど遠い。それでも生きていくだなんてさ……まぶしすぎたよ」


 莉彩は言う。


「あたしは幸せになりたかった」

「なれるよ……! なっていいんだ! わたしは、そのためにみんなの夢を守りたいって思ったんだよ!!」

「なあ、魔法少女。〈星〉の魔法少女。いくら応援してくれてもよ、叶っちまった夢は守りようがないだろ?」

「莉彩の、夢……」

「前に聞かれたな……こんな醜態をさらすなんて思ってなかったから答えなかったけどよ。あたしはさ、魔法少女になりたかったんだよ」

「魔法、少女に……?」

「あのひとを……お母さんを笑顔にしたかった。だからあたしの夢は、お伽噺に……魔法少女になることだったんだ」


 莉彩は、雲を抜けて山頂にたどり着いたような晴れ晴れとした表情を見せた。それが遥を追い詰める。

 現実では叶えられないような荒唐無稽な夢を描くために、魔法という奇跡を手にする。無垢なる幻想。寝処の夢こそが魔法少女の生き方だ。それがただ、母親の笑顔を望んでのことだった。それだけを捧げて、自らの存在を否定する。

 献身や自己犠牲、なんて言ってしまえば美しいのかもしれない。けれど、自傷行為にしか映らなかった。それもただ、自分を痛めつけることで自身を肯定するのではない。

 他人から――母親から与えられた傷を消さないためになぞり続ける。

 それが繋がりと信じるように。それが愛と錯覚するように。


「夢が叶った。じゃあ、もうよ、生きてる意味なんてないだろ?」


 莉彩はただ、愛されたかった。

 自分自身はそうなれなくても、自分が作り出した魔法(もの)が愛するひとを笑顔にした。

 だからその先はない――その先の人生は必要ない。

 莉彩の運命は、最果てに至った。


「……でもっ」


 わかっている。理解は及ばないと。外的な要因は遥を歪めなかった。いつだって自分の内側と世界の摩擦が痛みの根底だ。

 その不理解に佇んで、しかし、納得には至らない。


「意味なんて必要ない。生きるのに、意味とか理由か必要ないだろ!」


 遥は鏡面を殴りつけた。ひびは入らない。鏡台が揺れることもない。


「生まれたんだからさ、ただ生きろよ! 生きてくれよ! なんでそんなもんに価値を見いだすんだよ!!」

「生きて、生き続けてどうするんだよ」


 莉彩は呆れたように告げた。


「一生を懸けた夢が叶った。そのための人生だったんだから、他なんてねえ。もうとっくに燃え尽きたんだ。心臓は動いていても、呼吸をしてる実感がねえ」


 冷たく膜を張る隔絶に、それでも遥は諦めない。鏡面を叩き続ける。そこが探し求めていた扉だ。鍵は開いた。ドアノブがない。だから、響かせ続ける。


「それでも、生きててほしいって思ってるんだよ……ほかでもない莉彩に!」

「んでそんなに熱くなれるんだよ。会ってから半年も経ってねえんだぞ」

「理由なんてないよ! 意味もない! 出逢ったんだから、生きててほしいって思うんだよ!!」

「ならなおさら、あたしひとりにこだわる必要ねえだろ。これまでも、これからも、おまえは多くの人に会っていくんだ……そんななかで、かけがえない人にも出逢えるさ」

「替えがないから惜しむんじゃないんだ。ただ、いなくなることが悲しいんだ――だれだっていい! だれだってそうだ! きっと唯一無二のかけがえのない存在になんてなれない。でも、それでも。消えて失くなってほしくないんだよ」

「そいつは、なんにも選べないだけの……半端もんの意見だろ」

「わたしはもう、手放したくない。一度とった手を、離す気なんてないんだ!」

「たかだかふたりじゃねえか、その手で握れるのは」

「だからわたしは星になるんだ」


 遥は一等強く、宣言した。


「空を埋める輝きに。それがわたしの(エール)――ひとは、届くから星に手を伸ばすんじゃない。輝き(ゆめ)を握りしめるために手を伸ばすんだ」

「そいつは……」莉彩が言いよどむ。何を飲み込んだのか理解する。


 遥は言った。


「希望論だよ。わたしは、そんな理想(ゆめ)を諦めたくない!」


 いくら殴りつけても鏡は割れない。一方の思いだけでは届かない。想うだけではだめなのだ。

 遥は握っていた手を開き、差し出した。

 その手のひらを見て、赤い瞳が揺らぐ。


「おまえが信じてくれる莉彩(あたし)なんて、魔法でかたち作った偽物だぞ?」

「わたしの目に映る莉彩が本物だ」

「鏡に映らなきゃ消えちまうまがいもんだぞ」

「わたしがあなたを照らす! 手を掴んでよ、莉彩」

「……ずいぶんと、頼りねえ光だな」

「でも、確かにここにいる。わたしは消えて失くなったりしない」


 決然と遥は口にする。感情が瞳の星を輝かせた。


「莉彩にだって……莉彩との日々を失かったことになんてさせない」

「……とんだ光に見つかったもんだよ」


 莉彩が赤い唇を薄く伸ばす。それはいつも見るような鮮烈な笑みではなかったけれど、白に一本引いた見失うことのない彩りだった。

 手が近づく。彼女の色をした爪が鏡面をひっかき――そんな、安易な救済を許すほど、この世界は莉彩に慈悲を向けていない。

 遥の足元から笑いが沸き立った。無邪気な声。聞き覚えがある。

 妖精だ。

 音源に目を向けて、息を止める。

 小石だと踏んでいたもの。そのすべてが小蠅のような影に変容していた。

 それは莉彩の抱える自罰の具現化。救いを積む河原の子供。

 お伽噺は終わらない。過去は消えない。化膿した傷が致命に至る。

 遥はステッキを振り上げ星を展開する。赤い空の全天に。ありったけを込める。

 妖精が舞い上がる。そのすべてを貫くべく、ステッキを振り下ろし――、


「だめだよ」


 声に、制動する。耳から離れようのない響き。同じ音色を聞いていた。けれど、言葉が違う。


「その子たちも、あの子の心だから。失わせないで」

「でも――」

「だいじょうぶ、わたしが守ってみせる――作られた存在でも、お姉ちゃんだから」


 星を閉じる。赤い空が収斂していた。果てのない暗闇が広がっていく。

 ひとまとめの色彩は、球の形状をもって燦然と輝いた。陽だまりより暑い、真っ赤な太陽だ。


「それが運命だよ、莉彩。片割れがわたしが――担ってくれるなら、もう半分はあなたが手にして」


 言葉はない。迷う時間はない。妖精はすべてを飲み干そうとしている。

 答えが現出する。

 化粧台の魔法(メイクアップ)。赤い衣装が尾を引いて鏡から飛び出る。だれにもふれられない、穢れない赤い魔法少女が空に至る。

 ステッキの動きが赤い風を生んだ。妖精は巻き取られて、やがてひとつの矮星として太陽に並ぶ。黒い空に見失いそうな、不可視の連星。

 そのふたつが莉彩の運命だった。


「莉彩……!」


 降り立った赤い少女へ遥は喜悦を差し向ける。一日ほどしか経っていないだろうに、ずいぶんと長く見失っていた気がした。


「わりぃな、手間かけさせた」


 いつものごとく凄絶に笑う莉彩の表情に、遥は頷いた。


「帰れるん……だよね?」

「ぜんぶがぜんぶあたしの鏡の中だからな。出ようと思えば出れる……けど、このまま帰るわけにはいかねえだろ」


 そう言うと莉彩は、透明で底なしの水中を覗かせる地面を歩く。遥も追従した。ガラスの床のように靴裏に返ってくる感触がある。

 底なく、果てのない世界。ぽつりと三面鏡は佇んでいた。

 中心の鏡にふたりの色彩が映る。左右には変わらず、顔のない日本人形がいた。


「よう、莉彩」


 そしてそれこそが、〈鏡〉の魔法少女が空想した莉彩だった。

 赤い少女は続ける。


「おまえ、本当にこれでよかったのか?」

「よかったかなんて、結果論だよ、ね?」


 顔のない日本人形が、ないはずの口で発声する。


「今はこれで、いいんだ。一度くらい、あなたを世界から守ってみたかったし」

「つってもおまえ、これからもあたしのなかにいる感じだろ」


 その言葉に遥は頭上を仰ぐ。太陽の傍らに、見えにくくも球体が確かに存在していた。


「なんかそうっぽい、ね? そんなつもりなかったんだけど」

「あたしの作った世界を、自分の〈世界〉に上書きしたんだ。だれかの言葉引用するなら、傷は消えないってやつだ」

「痕跡残しちゃった、ね?」

「それこそ結果論だけどな。生まれてこれなかったんだからよ、ああやって生きてたなら、幸せになりゃよかったのにな」

「夢見た相手が悪かったね」

「同感だ。ったく……こうやって、ぴかぴかべたべた色をつけられたせいで消えられなかったけどよ。生きてくたってどうすりゃいいんだよ」


 心底嫌そうに顔を歪める莉彩に、莉彩は軽い調子で言った。


「生きてればいいことあるよ」

「む、っせきにんだな、おい」

「主役はあなただからね、莉彩。あなたの人生は、あなたがやっていくしかないんだよ」

「そういうふうに生きてきたなら、そういうふうに生きていくのも……まあ、しかたねえか」

「そう、諦めが大事だよ。そしたら、次の(ゆめ)だって見つかるよ」

「だからよぉ……んなの見つかんねえよ」


 吐き捨てるように赤い舌を覗かせた。


「魔法少女になってみて、痛切に思うんだ。生きるってことは、可能性が狭まっていくことだって。視力が落ちてから、虫歯になってから宇宙飛行士目指しても遅すぎるだろ? その夢を見つけたときに、それが実現可能な状況にあるのは、運がよかったって話だ」

「もう生き切ったから、夢はないんだよね。それでもいいと思う。夢がなきゃ生きられないわけでもないし、ね?」

「なら」

「でも必要なんでしょ、莉彩」


 魔法少女はまぶたをゆがませる。


「あなたはお母さんの夢を叶えて、あなたの夢を叶えた。なら次は、あなたがだれかに夢を見せる……そんな夢を見つければいいと思うよ」

「言うけどよ……それが目指せるかはわかんねえだろ。今度こそ、〈失貌〉すっかもしれねえ。だったら、遥みたいな生き方だって」

「我慢できないでしょ。あなたの運命は、あの太陽のように赤く熱い。どうしたって目を引くし、どうしたって動いちゃう。そういう生き方をしてる」

「だからって、生き方と環境が合うかはべつだろ」

「手遅れかもしれない。けど、それでも目指せるものはある。どんな環境からだって、どんな状況からだって、見ることができたなら、届く。ひとより時間や資源をかけなきゃいけないかもしれないけど、叶えちゃいけないなんてことはない」


 (りさ)は、笑うように言った。


「それって、夢と希望にあふれた話でしょ」

「……あたしが考えたよりこの姉、たちがわりぃんだけど」

「そういうものだよ。あなたが描いた絵だって、未来で見たら違って映ると思うよ」

「んなの居場所が変わってるだけだけどな」

「それがわかってるなら十分だよ……それをわかっててくれたから、あなたの心にわたしの居場所が生まれたんだし」

「ロックンロールってやつだな」


 莉彩は――自らの内側の赤い音を実感するように胸に手を置いた。


「いつだって、明日を生きようって応援してくれる音楽が胸ん中に響いてるんだ。裏切らないように、生きていくさ」

「いつだって応援してる。この世のすべてに望みを失っても、自分の声を聴いてあげて。内側で、わたしは歌ってるから」

「わ、わたしも応援してるよ、莉彩のこと!」


 身内のやり取りを見守って空気になっていた遥が、どうにか自己主張する。

 ふたりの莉彩が共鳴する。笑って、そして赤い少女は言った。


「わかってるよ……鼓膜が破れたって、おまえの声はいつだって聞こえてるさ」


 そうして〈鏡〉の魔法少女はステッキを掲げた。


「さあ、お伽噺は終わりだ。帰るぞ、現実に」


 振り下ろす。破砕音が響き渡った。

 世界がひび割れて、その風景の向こうに夕焼けが見える。

 空は暗く、夜の予感を招き寄せる。

 そして。そして。そして。

 瑠璃色の空に、星ひとつを魔法少女は見つけた。

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