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スターリィシネマ・ダイアローグ  作者: 綾埼空
Fairymirror Festival
26/50

きみがいる世界

 白昼の空に薄らいだ月が見える。蜃気楼のような幻を思わせても、たしかにそこにある。

 奏の笑顔も、そういったふうに遥の瞳に映った。


「どうしたの?」


 肩口でたわむ黒髪を視界に収めて、首をかしげたのだと気づく。疑問に歪んでも、型をくり抜いたように精巧なまぶたはかたちを損なわない。

 記憶を切り取った人形か。そう感じてしまうほどに、彼女は天音奏の姿をしていた。


「どう、したも何も……だって、奏……」


 呂律(ろれつ)が生き急ぐ。考えがまとまらないままに感情を取りこぼしていく。

 喜びも、悲しみも、怒りも、嬉しさも――あまねくは去来せずに、ただただ胸の空洞に不気味な音が反響している。

 自らの内側にあるものの正体もわからずに、遥は不規則な心音に身を任せた。

 喉から響いたのは、縋るような音だった。


「なんで奏がいるの……?」

「待ち合わせしたからでしょ」


 特別なことなど何ひとつないと宣告するみたいに奏は言う。よくできた芝居を見ている気分だった。短い言動が、遥の想像を超えて天音奏を提示していた。

 夢と判ずるには、鼻腔をくすぐる花の香りが鮮明だ。


「でも、奏は夏に飛び降りて……いなくなったよね」

「飛び降りたって何さ」気を悪くした素振りもなく、愉快そうに奏は笑う。「怪我なんてしてたらここにいないし、そんな危ないことしないって」

「いや、するでしょ」

「するけど、そしたらだれも救えなくなるじゃん」

「その夢は……叶わなかったでしょ、奏」

「何言ってるの。まだまだ進行形だよ」


 乾いた布から水分を絞り出すような遥の声音を笑い飛ばして、奏は利発に力こぶを作った。


「シンガーアイドル〈天音〉は絶好調だからね」

「そうだけど……そうじゃなくて」


 擦りむいた膝の傷を目の当たりにした目つきで遥は吐き出す。


「魔法少女として……奏の夢は失われちゃったよね」


 これがはたしてどういった機序による光景か、遥にはわからない。

 けれどそれだけは、少女にとっての真実だった。

 奏は面食らったように表情を消す。そしておずおずと口にした。


「魔法少女って何? 映画?」


 これが夢なら悪夢よりひどい。とんだ現実逃避だ。

 かといって、奏と別れる選択肢は遥にない。どうにか奥歯を食いしばって、口角をあげる。


「なんでもない。徹夜でそんなアニメ観てたから疲れてるのかも」

「遥がそこまでのめり込む内容とか気になるんだけど」


 ごまかしてもよかったが、手がないわけでもない。だが、その前に。


「わたしたち行かなくていいの?」

「あぁ、立ち話してたら遅刻しちゃうね」


 制服を身にまとっている。月のせいで時間は定かではなかったが、どうやら朝のようだった。

 直前の記憶は、瑠依たちがカーテンコールを終えて舞台袖に立ち去る姿。晩秋の早い夕暮れのはずだ。

 この半日に意味はあるのか――この現象の意味するところは何か。わからないが、足を止める理由にはならない。

 先を行く奏に追いついて、横に並ぶ。語るのは、ある夏の終わり。あまねく救済を夢見た魔法少女の喪失にまつわるお伽噺だ。


「――へー、ちょっと気になるかも。花火って爆発だし。動画サイトにあるの?」

「個人製作だから探すの大変かも」

「そっか。縁が合えば観れるかぁ」

「だといいね」


 なんて言い合っていると見慣れた校舎が目に入る。


「今日も余裕の登校ですな。私たち優秀ー」


 のんきな言葉に、わずかながら早く登校する学友がくすりとした。すれ違いざまに奏の名を親し気に口にする。それは見慣れた光景――二度と、見ることの叶わない光景。だったはずだ。

 言葉を耳に捉えながら、遥の目線は上空に留められた。

 その視線を追う奏の瞳には、ただ透き通った冬の青空だけが映っている。


「どうしたの、遥? 流れ星でも見えた?」

「んー……雨かも」

「雲ひとつないよ」

「涙かな」

「じゃあ救わないと」

「嬉し涙なら?」

「そっと立ち去るよ」

「なら、奏は先に行ってて」

「隠しごとなんてやーらしんだ」

「まさか、わたしが奏に隠しごとなんてするわけないじゃん」


 言葉が伝わらないことがあっても――そんな思い込みで、飲み込んでしまう言葉があるとしても。

 思いを偽ることだけはしてこなかった。


「そうだね。ま、困ったら声かけてよ」

「そのときはよろしく」


 昇降口へと遠のく少女を見送って、遥は校舎の横へと回る。まだ朝早くひとはまばらだ。一瞬の変身ならば見とがめるひとはいない。

 確信もあった。胸の奥に宿る光が消えていない。〈星〉の魔法少女としての希望は、実感を伴って灯っている。

 だから、ステッキが手のなかに現れた。体を蛍に似た光が包み込み、純白の花を咲かせる。

 空を飛ぶ。ひと息で屋上にたどり着いた。


「瑠依」


 遥は見逃すことのできない銀色を呼ぶ。転落防止の網目から、遠くでも海溝のような藍の瞳が目に入った。その視線に迷いは見えなかった。

 まっすぐな眼差しに確信する。喪失の共有こそがふたりを結びつける。そのほかはない。だから、彼女は同じであると。

 奏の失われた世界を知る、縁であると。


「かなでがいる」


 銀鈴の声が揺れる。瑠依は振り返らない。足跡を確かめるようにたたずんでいた。


「奏、だったよ……瑠依も、遠くからでもわかったよね」

「間違えるはずがない……瑠依の命――瑠依たちの夢」

「どういうことだと思う?」

「……〈鏡〉のを探そう」

「莉彩……そう、だよね……」


 否定しようにも、あらゆる材料が揃い踏みしていた。根底はわからずとも、物証が莉彩を浮き彫りにさせる。虚偽は信じることではない。目の前のかたちを見失えば、姿もまた見失う。

 莉彩を信じるのであれば、否定はできない。

 瑠依が告げる。


「きっと〈失貌〉した」

「……でもなんで、わたしたちは影響を受けてないの?」

「魔法少女は魔法少女を傷つけられない」


 瑠依は淡々と、その法則(ルール)を口にした。しかしそれは、ある希望的な前提のもと成り立つ。


「莉彩は、〈失望(ボイド)〉になってないの?」

化身(アバター)が発生しても、〈鏡〉のは魔法少女だった。何かが違う」


 あの妖精が莉彩の〈失貌〉から発生したと仮定すれば、それに抗う〈鏡〉の魔法は夢と希望でできている。


「それでもここは、〈鏡〉の〈世界(ステージ)〉だと思う」


 瑠依はその意見を疑うそぶりもなく、端的に言い切った。

 それに異を唱えるには、遥もまた疑惑を胸のうちに育てすぎた。


「でも、探そうにもわたしたち、莉彩の家も知らないんだよ」

「かなでなら知ってる」


 信頼の燈る声色だった。


「こっちのかなでもかなで。なら、絶対に知ってる」

「そうだね」


 天音奏とは、そういった存在であった。

 方針が固まり、瑠依が振り返る。


「はるかが聞いておいて」

「……会わなくていいの、瑠依は?」

「うん」


 端的に頷いた。


「かなでと会ったのは、はるか。なら、そういう巡り合わせ」

「うーん……そうなのかなぁ……?」

「それに、会えば瑠依の罪を奪い取る」


 眉根を寄せる遥に、瑠依は早朝の静寂に乗せて言った。


「生きていてくれるなら、しあわせ……けど、それは瑠依たちの世界の話じゃない。失われることが覆るなら、あらゆる夢はいつか叶う現象になる。瑠依は魔法少女として生きると決めた」


 〈銀色の魔女〉が招いた失望の夜の贖罪として、瑠依は夢を叶える生き方を選んだ。失われた夢の続きを描き、その命を永遠とすることで先の夢に希望を繋ぐと。

 いつかやぶれるために存在すると痛切に感じていても、魔法少女であることを選んだ。

 それで何が許されるわけではない。失われたものが戻らないように――行いは遡らない。与えた傷は残り続ける。

 それでも、瑠依はそこに希望を見いだした。希望を謳う〈星〉の魔法少女は、魔法少女の夢を応援している。


「そっか、わかった。莉彩について聞けたらまた来るね」

「任せた」


 瑠依と別れる。上履きに履き替えなければいけないので再び変身する。階下にだれもいないのを確認して飛び降りた。接地はふわりと。地に足を下ろし、制服に戻る。

 奏は昇降口で待っていてくれた。


「具合はどう?」

「上々」


 靴を履き替えて、横に並ぶ。上階への道を進む。


「ねえ、奏」


 その響きを本人へ口にできることへ喜びを感じながら、遥は訊ねた。


「莉彩って名前に聞き覚えあったりしない?」

「あるけど」


 奏は当然のように言った。魔法少女であることが彼女の特別性を担保しているわけではない。

 それを実感しながら、遥は言葉を重ねた。


「ちょっと用事があって……よかったら紹介してくれない?」

「紹介って……」


 階段の踊り場で折り返し、さらにさらに段を踏む。


「クラスメイトじゃんか」


 朗らかに笑いながら「遥らしいけどさー」と続ける。奏の動きを模倣するように三階まで歩数を積み重ねて、ようやく遥は意識を取り戻した。

 困惑を口にするより早く、奏が手を振った。


「あ、噂をすればだね。おはよう、莉彩」


 お手洗いか何かからの帰りか。廊下をひとりの少女が渡っていた。


「あ、あぁ……天音さん(、、、、)、お、おはよう」


 首のあたりで日本人形のように切り揃えられた黒髪が目に入る。

 下がったまなじりが柔和な印象を与えた。黒目が大きい。頬が次の季節を招き入れるように白い。唇に差すように桜色が乗っていた。晩秋は乾燥する。リップクリームだろう。

 奏が〈莉彩〉と呼ぶひとは、そんな。


「遥がなんか用事あるんだって」

「空閑さん?」


 肩をすぼめて困ったように笑う、そんな少女だった。

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