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スターリィシネマ・ダイアローグ  作者: 綾埼空
Fairymirror Festival
23/50

人づての噂

 遥が瑠依と一緒に登校すると、黒板には昨夜の落書きが残っていた。〈月降祭(げっこうさい)〉とポップに描かれた周囲に、思い思いの言葉がカラフルに書き綴られている。

 ホームルームが始まり、教師は腕組み見守る姿勢で出入り口の横に控えた。


「月が降りる祭り。由来は、かつてこの地域一帯で点々と行われていた月光信仰によるお祭りよ」


 教壇に立つのは、文化祭実行委員クラス代表の櫻井早季であった。硬い表情で彼女は言う。


「この学校がそうであるように、街なかには坂が多い。近代化の折に山を開発して土地を広げてきたからね。窪地に村があるだけの場所を、主要都市に隣接するから繋げた。つまりそれまで、空は遠く高かったってこと」


 連なる声を皆どこか季節風を感じるように傾聴する。文化祭前の、この学校のお約束であった。


「月を乞う祭り――〈月乞祭(げっこうさい)〉。豊作を祝い、越冬を祈願する。日が短く夜が長くなる夏の終わりに、その安寧を月に乞う。みんなも参加しないまでも知ってはいるでしょ?」


 遥は軽く顎を引き肯定とした。瑠依の瞳がわずかに揺れるのを横目に見る。その水面に失われた命が泳いでいた。


「乞い、降りる――招き、迎え入れる。そうして秋の実りには神が宿ると考えられた。それを食し、ときに配ることであまねくに神は存在して、その光が冬から人々を守ると言われたの」


 早季が俯く。息を吸う音が聞こえた。顔があがる。笑っていた。


「つまり、降りてきた神さまを楽しませるために目いっぱいはしゃぎましょってのがこの文化祭の由来――さあ、本番! みんな、心の準備はできてる!?」

「おぉ!!」とクラス中が呼応する。準備開始を知らせるチャイムが重なった。

「〈月降祭〉、スタートよ!」




 ☆ ☆ ☆ ☆




 校門の開く十時を避けて、莉彩は昼過ぎに華々しく立てられたアーチをくぐった。この高校の文化祭は初日に一般開放がされ、二日目は学内でのみ行われるらしい。

 タイムスケジュールを把握すべくパンフレットを探すが、それらしいテントは父母でいまだ賑わっていた。窺うに井戸端会議だろう。迂回すれば一枚貰うのは容易だが、そこまでの熱意はない。どうせ瑠依の主役姿を冷やかしに来ただけだ。開始の時間は聞いている。


「体育館、だっけか。どこだ?」


 校舎に埋め込まれた時計を見上げる。時間はまだ早いものの、下見をするに越したことはない。適当に歩けば着くだろうと目算を立てて足を進める。

 外周は教職員以外の侵入を禁じる旨の柵が置かれている。事故防止だ。仕方ないので昇降口から入り込む。廊下にはシートが敷かれていて、ブーツで上がっても問題はなかった。

 蟻の這い出る隙間もない、というほどではないが、ネズミは苦労しそうだ。かなり混み合っている。老若男女問わずに狭い通路を行きかっていた。

 文化祭用の校内貨幣の換金所は長蛇の列だ。飲食や遊びに用向きはない。ステージを見るのにチケットの引き換え等は必要ないと聞いている。

 道は勝手に開けた。いつものことだ。わずかな歓声。赤くなる前は、蔑みであった。


(学校ってなると……めんどうなことも思い出すか)


 忘れ去ったはずの記憶がよみがえる。過去だ。今さら嫌な気持ちになったりなどはしないが、(つる)が絡むような倦怠感はある。抜け出すために、その根元を意識せざるを得ない。

 鏡が割れて赤くなった莉彩は、すべての認識を思うがままに描き変えることができた。

 そして莉彩(あね)がそこにいると世界を錯覚させた。

 かかわるすべてのひとが、莉彩(じぶん)を通り過ぎて、鏡に映る莉彩あねに語りかける。望まれたものにようやくなれた気がした。


『夢が叶ったその先の夢はどうするんだい、魔法少女?』


 透明な猫が無機質な声で言った。『どこにもねえよ』と答えた。問答は何度か続いた。

 ある魔法少女の噂は伝え聞いていた。いわく、あまねく夢を救済する魔法を使う、と。

 彼女がこの街で活動を再開したと知る。邂逅は望まずとも果たされた。

 夜。逆さに吊るされた愚者の笑みに似た月の夜だった。

 身を包む紫の衣装は、夜空に馴染まない。花弁から絞り出された毒のように莉彩の目に映った。


『はじめまして。割れ鏡の魔法少女と聞いているよ』


 怜悧な容貌に利発な笑みが浮かんでいた。水と油が混ざり合うように融和した表情が緊張をほぐして見せる。

 気に食わなくて、莉彩は食ってかかるようにステッキを振るった。

 割れた鏡面が紫の魔法少女を映し出す。命じると破砕して、そこに映る姿もばらばらになった。

 夜に溶ける黒髪は揺らぎもしない。


『魔法少女は魔法少女を傷つけられない……わかってるはずなのに、ずいぶんな挨拶だね。言葉は嫌いなの?』

『ひとのもん奪っておいてとんだ言い草じゃねえか』

『べつに、〈失望〉を討ったからって報酬があるわけじゃないだろ』

『横から手を出すのが気に食わねえって言ってんだよ』

『そう映ったのなら謝罪するよ。けど、きみもわかるだろ。むやみやたらに終わらせるより、夢を叶えて終わるほうがいいって』


 莉彩の瞳の裏にはまだ、光の残滓が残っていた。それに飲み込まれて、踊り狂い伝染させる〈失望〉は痕跡もなく消え去った。眼下にパンダの石膏が置かれた公園がある。


『夢を問答無用で叶える救済の魔法、か』

『そしてこれは、きみら魔法少女も救済する。〈失望〉もひとも関係ない。例外は魔法の根源に位置する魔女だけだよ』

『関係ない、ね』


 莉彩は自嘲の笑みを赤い唇に乗せた。


『じゃあ、叶っちまった夢もおまえの魔法は救済できんのか?』

『もちろん』


 逡巡ない返答だった。その少女は疑いを知らないような澄んだ瞳で赤色を映した。


『夢が叶ったその瞬間だけを閉じ込める。それ以前も、それ以降もない。苦しみはなく、ただ救われるんだ』

『あぁ……――そいつは、台無しな魔法だな』

『いいだろ、爆発みたいで』

『気に入らねえな』


 莉彩は裂けるような笑いを刻んだ。


『名前、なんて言うんだ?』

『奏。天音奏だよ』

『莉彩って呼べ。いつかおまえを、否定してやる』


 そんな出会いによって、莉彩は目的を手に入れた。

 五年後の夏にそれは失われた。


「……〈月降祭〉、ね」


 正体不明の感情が招く胸の痛みに現在を取り戻した莉彩は、だれに告げるでもなくつぶやいた。

 その名前は、ただの文化祭を意味しないと莉彩も知っている。かつて地域に根づいた慣例に由来する祭りは、年数古く由緒正しいこの高校で引き継がれた。ゆえに初日が一般開放日となっている。現代の物差しで由縁にどこまであやかるかは定かでないが。


「ずいぶんな名前がつけられてても、実際は子どもの発表会か。平和なもんだね」


 足先は無自覚のうちに階段を踏み重ねていた。屋上へつながる道は注意書きとともに塞がれている。水面に潜るようにひと波あふれる廊下を渡っていく。

 なんとなしに教室へ視線を流す。その端に、いつか空から降ってきた少女の姿が見えた気がした。笑顔だったのでいいことだと思った。

 階下へと降りる。熱量は均等、といったわけでもないが、どこもそれなりにこの空気を楽しんでいるように感じた。喧騒は肌に覚えがない。文化祭にいたことはあれど、参加したことはなかった。

 ひとつの制作物に打ち込んだり、だれかと同じ時間を過ごす体験が、莉彩の記憶にはなかった。

 それは排他の日々から連綿と。鏡の割れた日からは、錯覚の莉彩(あね)が参加していた。


「なあ、天音」


 莉彩はそう名を呼んだ。もはや奏は魔法少女ではない。


「おまえの救済は、こんな青春を守れたのか?」


 ひとりつぶやく。隣接したひとが怪訝な眼差しを向けるも、その貌に息を飲む。彼女の美は、そういった埒外(まほう)だ。

 二階に降り立ち散策していると、外へと伸びる渡り廊下に行き当たった。その先に大きな建物がある。体育館だ。どこも似たような外観である。

 ぴたりと季節を拒むように閉じられた扉から、乱雑なギターの音色が響いていた。


「軽音部ってやつか? ま、時間つぶしにはちょうどいいか」


 寒空を冷やかして向こう側へ渡る。スライド式のドアを開いた。



「世界は変わらない。ひとは変えられない。でも、自分は変えていける――この命を明日に持っていく権利は、だれでもないうちのものだ!」



 声がマイクに乗って空間を貫く。掻き乱した髪の内側が緑色だ。ひとりの少女が、汗をステージライトで星のごとく輝かせながら叫んでいた。

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